144話 皇女達の陰謀遊戯【前編】
――遡ること、一週間前。
フリーダにとっての悩みの種が増えた。
それは、現国王――フリーダの実父――の後妻が、加齢による美貌の衰えを酷く気にするようになり、連日寝込むようになってしまったことだ。
既にフリーダの実母である先妻は他界してしまったが、フリーダはフリーダなりに後妻――義母を家族のように接しようと努力し、義母もまた実の娘――第三皇女――フリーダとは腹違いの妹――のようにフリーダと第一皇女――フリーダの姉――を愛してくれた。
フリーダは澱みの無い足取りで、義母の寝室に赴き、ドアの前に控えている侍女に声をかけた。
「おはようございます。義母上の様子は如何でしょうか?」
「おはようございます、フリーダ様。本日も寝込んでおられます。夜の間もずっと、魘されているようで……」
「そうですか……お部屋に入っても?」
「申し訳ございません、「誰も部屋に入れるな」とのご命令を受けております」
「……分かりました、では」
顔を合わせることすら出来ないほど、深刻化しているらしい。
フリーダは侍女に一礼して、踵を返した。
どうすれば、義母上は元気になってくれるのか……フリーダはその事ばかり考えていた。
しかし原因が加齢に伴う肉体の衰えでは、避けようがない。
老化はどうしようもない、されど折り合いを付けることは出来るはずだ。
どうしたものかと、後宮の廊下を歩いていると。
「あら、おはようございます。フリーダ姉様」
すると向かいから、侍女を従えた金髪と紅眼の少女――第三皇女である『リリナ』が声をかけてきた。
「おはよう、リリナ」
実のところフリーダは、リリナのことが少し苦手だった。
「本日も朝から、お母様のご機嫌伺いですの?」
「えぇ……門前払いされてしまったけど」
リリナ本人の気質もあるのだろう、会話をする度にその声に棘があるように聞こえるのだ。
幼い頃はそんな風に感じなかったものだが……リリナが十五歳――王位継承権を認められるようになってからか、やけに自分に対する言葉遣いに棘を含むようになったように感じるのだ。
「そうでしたの?やはりお母様にとって、寄り添って欲しいのは、実の娘である私なのでしょうね」
まるで――私と貴女は違うと、暗にそう言われているように思えてしまう。
「……えぇ、私では無理だったけれど、リリナなら顔を合わせてくれるかもしれないわね」
それじゃぁ、とフリーダは足早に廊下を歩き去っていく。
――そのフリーダのマントを翻す背中を、リリナは見送り続けていた。
そうしてフリーダが次に向かった先は。
「姉上、フリーダです」
コンコンとドアをノックすると、「どうぞ」と言う声が返ってくるのを確認して、きっかり二秒後にドアを開ける。
「失礼いたします」
一礼して入室。
「おはようございます、姉上。お加減はいかがでしょうか」
フリーダが姉上と呼んだ先にいるのは、ベッドの上で上体を起こしている、桃色の髪と、フリーダと同じ青い瞳を持つ美女とも言うべき、嫋やかな女性だった。
彼女こそが第一皇女にしてフリーダの実姉である、『レウィシア』だ。
「おはよう、フリーダ。身体自体は元気なつもりなのだけどね」
「そう言ってお外に出て、途端に体調を悪くしたこと、忘れたのですか?」
「そうなのよねぇ」
「もう、姉上はご自身が持病を持っていることをもっと自覚してください」
呆れたように溜め息をつくフリーダに、くすくすと小さく笑うレウィシア。
「義母様は?」
「今日もダメでした。リリナが上手く話を聞いてくれればいいのですが」
「気持ちは分かるけど、お外に出ないと老化は進む一方なのだけどねぇ」
リリナとは隔たりを感じてしまうが、レウィシアとは昔からこのように話し合えることに、フリーダは少し安心する。
「っと、そろそろ調練の時間ですね。では姉上、私はこれで失礼いたします」
「えぇ、しっかり頑張るのよ」
レウィシアに見送られて、フリーダは気持ちよく退室しようとすると、ドアノックがされる。
「はい、どなたでしょう?」
フリーダが代わりに応対すると、
「フリーダ姉様、リリナです」
一瞬、フリーダは顔をしかめかけて、すぐに取り繕った。
「リリナ?姉上に何か?」
「いいえ、フリーダ姉様に言伝です」
言伝とは何だろうかと、フリーダはとりあえずドアを開けた。
リリナはぺこりと一礼してから。
「おはようございます、レウィシア姉様」
「おはよう、リリナちゃん。今日も可愛いわね」
「お褒めに預かり光栄ですわ。レウィシア姉様も、お美しい限りです」
「あらあら、嬉しいことを言ってくれるのね」
やはりと言うべきなのか、レウィシアの方がリリナとの接し方に慣れている。
こう言うところを見習わなくては、と密かに学ぶフリーダ。
するとリリナはフリーダに向き直って。
「先ほど、お母様から"若返りの薬“が欲しいとお願いされてしまいましたの。そう言ったお薬に何か心当たりは無いかと……」
「若返りの薬?いいえ、私には。姉上は?」
レウィシアにも話を振ると、
「若返りの薬、ねぇ……それ、危ないお薬じゃない?」
「安全に越したことはないですの。ですが、都内で若返りの薬と呼べるようなものは無いそうで……確か、王国領のバビロード登山道の山頂部の町に、エルフの魔法薬師がいたはずですの。その御方ならきっと……」
バビロード登山道の山頂部の町。
確かに遠いが、早馬を飛ばせば一日かそこらで着くはずの距離だったはず、とフリーダは記憶していた。




