141話 ★この人絶対正気じゃねぇ!?
リオがマヌアコングの討伐数のノルマを達成し、拠点へと戻っている時を同じくして。
「………………もう、臭いませんか?」
「うん……多分大丈夫だと思うっての……」
アイリスとシャルルはこの世の終わりのような顔をしながら、周囲に死屍累々と転がるマヌアコングの群れを睥睨していた。
その足元には、大量の消臭剤の空容器。
――水辺沿いに探索を開始した二人は、順調にマヌアコングを間引いていた。
懸念しまくっていた、フンや放屁などの悪臭攻撃を喰らうことなく、これなら大丈夫だと二人とも水辺を進んでいた……の、だが、その安心が慢心だったことに気付いた時には既に遅かった。
少し道が狭くなる地点で、不意打ちを受け、さらに囲まれてしまったのだ。
数は三頭、囲まれている状態で戦うのは危険が大きい。
ここは一度退いて体勢を立て直すべき、と二人とも一時撤退を選択したのだが、
ブブウゥッ ベチョオォッ
増援らしいもう二頭のマヌアコングが背後から現れ、それぞれ放屁とフンを直撃したのだ。
しかもそれを見た他のマヌアコングも、まるで面白がるように次々に二人にフンを投げ付けては放屁をかまし……
うら若く清らかな乙女の尊厳を踏みにじられたどころか、文字通り汚物をぶっかけられまくった二人は、完全にキレた。
五頭のマヌアコングの群れを瞬殺するなり、即座に買い込んだ消臭剤をお互いにぶちまけまくった。
髪や装備などにこびりついたフンを川の水でこそぎ落として、その上からさらに消臭剤をぶちまけて……
――ようやく今に至る。
アイリスとシャルル、お互いに見た限り、付着した汚物は残っていないし、悪臭の方も消臭剤を何本も使い切ったので、"消臭剤の匂い“しかしなくなっているのだが。
「さ、さぁシャルルさん、剥ぎ取りましょうか……」
「うん……」
のろのろと剥ぎ取りナイフを抜いて、マヌアコング達の魔石だけ剥ぎ取ってすぐに離れる。
もう二度とマヌアコングの討伐依頼なんて受けない。
二人はそう無言で固く誓い合った。
リオと合わせれば、これでマヌアコング二十頭の殲滅……ではなく、討伐依頼は完了。
あとはリオと合流して、剥ぎ取った魔石の数が20個あるのを確認したら、さっさと帰還。ギルドに達成報告と報酬の受け取りだけ済ませたら、宿屋の風呂に直行だ。
「シャルルさん、大丈夫ですか?臭くないですか?」
「へーきへーき、大丈夫だっての」
拠点に戻るまでの間、三十秒に一回、お互いに悪臭が残ってないかを確認しあっていた。
先に拠点に戻ってきているだろうリオに、「なんか臭くないか?」なんて言われてしまった日には、二度と立ち上がれなくなるかもしれない。
いや、優しく気遣いの出来る彼なら、面と向かって「臭い」なんて言ったりしないだろうが……
だとしても、自分が懸想している男性から臭いと思われてしまうのは何より堪えられないものだ。
魔物が入ってこれないような狭い道を通って、ようやく拠点のテントが見えた。
しかし、何やらテントの中から騒がしい物音が聞こえてくる。
「ちょっ、うわっ……どうしっ、や、やめろぉ……っ!」
リオの声、しかも何やら事態が紛糾している!?
それを聞いたアイリスとシャルルは顔を見合わすなり、すぐに駆け出してテントに近付いた。
「リオさんっ、大丈夫ですか!?」
「リオっ、今助けるっての!」
開けられたままの天幕の中を見れば。
「ア、アイリス!シャルルッ!助けてくれぇっ!」
「ハァッ、ハァッ、フフゥッ……んえぇ……?」
今この状況を有り体に言えば。
半裸のフリーダが興奮しながら、リオをベッドに押し倒して彼のジャケットを脱がそうとしている瞬間だった。
「なっ、なっ、な……何をしているのですかお二人ともぉぉぉぉぉッ!!」
アイリスの絶叫が拠点に響き渡った。
――時を少しだけ、二分ほど遡らせると。
拠点のベッドに横たわり、上気した顔でハァハァと荒い呼吸を繰り返すフリーダさん。
何故彼女がここにいるのか、と言う疑問は一旦後回しにして、俺はベッドに駆け寄る。
「フリーダさんっ、大丈夫ですか!?」
怪我か?病気か?逸る気持ちを落ち着かせつつ、努めて落ち着いてフリーダさんの状態を確かめていく。
装備は薄汚れているが、彼女自身に外傷などは無さそうだ。
だとしたらこの発熱は病によるものか。
「ハァッ、ハァッ……う、ぅ……っ?」
フリーダさんの目が開く。意識はあるみたいだ。
「良かった。俺です、リオです」
「ハァ……ハッ、ハァ……ハッ……」
なんだ?俺の顔を見た瞬間、フリーダさんはさらに呼吸が荒く……というか、なんか興奮してないか?
「なん、か……身体が、熱ぅぃ……」
すると……俺の前でいきなり甲冑を外し始めた?
「ちょっ、フリーダさん、何を……」
フリーダさんが一体何をしているのか、困惑している内にも、彼女は上半身の甲冑を外して放り出して……さらにその下のインナーまで脱ぎ始めたァ!?
止めさせるべきか、それともテントの外に出た方がいいのか、そうこうしている内にもフリーダさんはインナーを完全に脱ぎ捨てて――その下の汗に濡れた肌が露になる……やばいやばいやばいっ、この人絶対正気じゃねぇ!?
「リオ、殿ぉ……ッ」
ぎらん、とまるで獲物を見つけた肉食竜のように俺の腕を掴み、ベッドに引き摺り込まれてしまった。
「ちょっ、うわっ……どうしっ、や、やめろぉ……っ!」
しかもその上から押し倒されて、押さえ付けられて……つか、力強っ……!?
「リオさんっ、大丈夫ですか!?」
「リオっ、今助けるっての!」
そこに、アイリスとシャルルが戻ってきてくれた、助かった!
「ア、アイリス!シャルルッ!助けてくれぇっ!」
「ハァッ、ハァッ、フフゥッ……んえぇ……?」
次の瞬間、アイリスの絶叫が拠点に響き渡るのだった。




