130話 ★ベケスーキッラ
夕立が止んだその日の夜。
夕食時、怪盗ハートクイーンはシャオメイが作ってくれた簡単な食事を取ると、すぐさま眠ってしまった。
複数ある闇ギルドの拠点に、連日ゲリラ的に襲撃を行っていたらしいので、疲労もかなり嵩んでいたようだし、怪我のせいもあるだろう。
あの様子だと、朝まで起きてこないかもしれない。
まぁもし夜中に起きたら起きたで、今晩の不寝番である俺とシャルルが対応すればいいか。
問題なのは。
「今夜は焚き火の維持が難しいな……」
そう。
さっきの夕立で、枯れ葉や枯れ枝などは濡れてしまっているだろう。
火に当てれば燃えるのは燃えるのだが、水分を蒸発させて、それから燃え始めるために時間がかかり、下手に放り込んでも逆に火を消してしまいかねない。
焚き火の点火はムイのファイアボール (弱)にしてもらったが、もし火が消えてしまったらムイを起こして火を点け直してもらうのは少し忍びないし、薪の数も限りがあるので、必要以上に使うわけにもいかない。
さてどうするかと懸念を挙げていると。
「大丈夫、あたしに任せてっての」
シャルルが自信ありげに頷いた。
「任せてって、どうするんだ?」
「まぁ、見ててっての」
そう言ってシャルルはチャクラムを手にその場を離れて、雑草が生い茂っている場所で足を止めて、「この辺でいいかな……」と呟くと、チャクラムを構え、風属性の魔力を纏わせると。
「――烈風閃!」
烈風閃を放った。
小さな竜巻となったチャクラムは、伸び放題になっている雑草を刈り取っていく。
なるほど、普通に雑草を刈り取るのは疲れるが、あれなら簡単に草刈りが出来るわけだ。
それを何度か行うと、シャルルはチャクラムと、刈り散らばった雑草を拾い集めて持ってきた。
「はい、これ焚き火に当てて乾かしといて」
どっさりと一抱えはある雑草の山を俺に押し付けてきた。
「おぅ、ありがとな」
俺がそれを受け取ると、シャルルはまたその場から離れて、今度は樹木に近付く。
木でも倒すのかと思ったが、シャルルは上の方を見上げて目を凝らし……「よしっ」と頷くと、やはり烈風閃を放ち――枝の先の方を切り落としていく。
枝の先の方だけを狙っているのは、自然破壊を抑えて……と言うよりは、伸び過ぎているものを短くカットしているのだろう。
ドサドサと枝が落ちてきたのを拾ってきては、俺に押し付けて、また雑草や枝を刈り取りにいく……を何度か繰り返す。
風を吹き付けているから、僅かながらも水分を吹き飛ばしているだろうし、風属性ってこう言う時にも便利だな。
「これだけあれば、朝まで保つっしょ」
運んできた雑草や枝を焚き火に近付けて乾かしていくシャルル。
「おつかれさん」
乾いてきた雑草や枝は随時焚き火に放り込んで火を強くして、まだ湿っているものを乾かしていく。
一仕事を終えたシャルルは、砥石でチャクラムの刃を研いでいく。風属性付きとは言え、刃による物理的な刈り取りにもなっただろうしな。
それを見倣って、俺も自分のロングソードを砥石で研ぎ澄ましていく。ここまでの長旅で、ロングソードの刃も草臥れてきているかもしれないな、帝都に着いたら鍛冶屋に預けて鍛え直してもらおう。
シュリシュリと武器を研ぐ音と、焚き火がパチパチと枝を弾けさせる音だけが、静かに響く。
研ぎ終えたら、布切れで刀身に付着している砥石の粉を拭き取り、俺もシャルルも自分の武器の手入れを終えたところで。
「何か飲み物いるか?」
「あ、じゃぁあたしココアで」
「ココアだな、了解」
食料庫の馬車から、加工されたコーヒーとココアの粉末の袋を引っ張り出し、マグカップに粉を注いで、スプーンも用意して、薬缶に飲み水を入れてから、焚き火に戻ってくる。
物干し竿に薬缶を吊るして、焚き火の上に乗せて、沸騰するのを待つ間。
「明日には、帝都に着くんだよね」
シャルルの方から話しかけてきた。
「メルキューレ……ってか、実質的にはネオライトからか。そこからここまで、随分な回り道だった」
ここまでの道のりは一ヶ月近くだ。
メルキューレで海路が使えれば簡単に帝都に着いたんだけどなぁ……
「そうだね。……っと、そろそろお湯沸くかな」
薬缶が音をヒュルヒュルと鳴らし始めたのを聞いて、シャルルは薬缶の持ち手を手に取り――パキッと燃えていた枝が破裂して火の粉を撒き散らした。
「熱っ、あっ、やばっ……」
火の粉が腕に当たり、シャルルは思わず薬缶を手離し――やばい!
「シャルルッ」
咄嗟に彼女を抱き寄せて――一拍置いて、手離した薬缶が地面に落ちて、熱湯をぶちまけた。
「あっぶね……火傷してないか?」
「う、うん、だ、大丈夫、だっての……」
「ならよかった」
ふー、間一髪だ。危ない危ない。
「…………あの、リオ?」
「何だ?」
シャルルの顔が赤いと言うか、戸惑っている?
「や、だから、その……いつまで触ってんのよ、あたしの、胸……」
「え?……うわっ」
今気が付いたらこの状況、俺がシャルルの胸を思いっきり鷲掴みしてる……!?
慌てて手を離して、引っ込めて。
「す、すまん、そんなつもりじゃなかった……」
「いいっての、気にしない気にしない、……」
「「…………」」
な、なんだこの雰囲気、気まずい。
「その、なんかごめんね?リーゼさんとか、シャオメイみたいに大きくなくて……」
「いや、その、偶然とは言え、役得だったと言うか、思ったより柔らかかったと言うか……」
「っっっ、そう言うこと言うんじゃないっての!」
「わ、悪かった、本当にすまん」
これは怒られても仕方ない……
「もう……それより、もう一回水汲んでこなきゃっての」
ひょいと薬缶を拾って、食料庫へ駆けていくシャルル。
びっくりした……けど、
「……柔らかかったな」
手にこびりついたあの感触は、しばらく忘れられそうになかった。




