124話 惚れ薬
翌朝。
ここまでの旅の疲れを癒すためと、物資の補充のために、もう一日この山頂部の町に滞在して、それから国境線へ向かう。
ショーンさんの魔法薬店の開店に合わせて、フリーダさんは例の魔法薬を受け取りに来ており、俺とアイリスは見送りのために同行している。
「ふあぁぁぁ……おはよぉ、フリーダさんん……」
開店時間になるなり、ショーンさんはまだ半分くらい寝てるんじゃないかってくらいの半目を開けながらドアを開けてきた。
「おはようございます、店主殿。例の魔法薬の受け取りに参りました」
「はいはぃ……ちゃんと用意してるからねぇ……」
あ、その前に、とショーンさんは俺とアイリスに目を向けると。
「リオ君とそこのお嬢さんは、ちょっと外で待っててくれるかな。ちょっと大事な説明をするからねぇ……」
そう言って手招きするショーンさんに、フリーダさんは「ではお二人とも、少々お待ちを」と会釈してから、店の中に入っていく。
「大事な説明って、何のことでしょうか?」
アイリスはきょとんとした顔で、フリーダさんが潜っていったドアを見つめている。
「女性のデリケートな問題だから、俺には話してもらえなかったんだが、まぁ大事な話なんだろ」
まさかショーンさんがフリーダさんを騙して、あんなことやこんなことをやらかすとは思えないし、フリーダさんも昨日は「ちゃんと薬の概要について説明する」と公言していたから、特に何もないだろう。
ややあってから、ドアからフリーダさんとショーンさんが出てきた。
「誠にありがとうございます、薬師殿」
「うん。何か必要な魔法薬があるなら、いつでも相談に来てねぇ」
頭を下げて感謝するフリーダさんに、ショーンさんはニコニコと頷いている。あの様子だと、本当に魔法薬に関する説明だけ受けたって感じだな。
ショーンさんが欠伸をかましながら店に戻るのを見てから。
これから帝都に帰還すると言うフリーダさんを見送るために、俺とアイリスは外門近くにまで来ていた。
「フリーダ姉様、どうかお気を付けて」
「あなたもね、アイリス」
預けていた立派な白馬に、颯爽と乗り込むフリーダさん。サマになってるなぁ。
するとフリーダさんの視線が俺に向けられると。
「リオ殿、此度は私の私用にご協力いただき、感謝致します」
「いえいえこちらこそ……俺達も、明日から数日かけて帝都に向かうから、また近い内に会うかもな」
「そうなのですか?では、その時にまた。失礼致します」
ニコリと微笑んで一礼して、フリーダさんは外門を潜り――白馬を走らせていった。
瞬く間に遠くなっていくフリーダさんの黒髪とマントを見送って。
「フリーダ姉様、元気そうで良かったです」
アイリスは俺に話しかけるようにそう呟いた。
「もう少し一緒にいたかったか?」
「いえ、フリーダ姉様も急いでいるようでしたから、無理に引き留められません。それに、帝都に着けば会うことも出来るでしょうし」
それにしても、とアイリスはもう見えなくなってしまったフリーダさんの駆けていった方向を見つめながら。
「フリーダ姉様、一体どんなお薬をいただいたのでしょうか?」
「少なくとも、非合法な薬では無いことだけは確かみたいだがな」
いや、もしかしたら非合法スレスレかもしれないが、何とかギリギリで合法の内に収まったような代物なのかもしれないが。
「さて、それじゃみんなの元に戻って、物資の補充の手伝いでもしに行きますか」
「そうですね」
今日一日ゆっくり休んだら、明日からまた旅の再開だ。
リオとアイリスに見送られてから。
白馬を走らせながら、フリーダは先ほどのショーンとの会話――どのような魔法薬かの説明を思い出していた。
「――それで薬師殿、どのような魔法薬を処方されたのでしょうか?」
ショーンの店に入って、フリーダは真っ先にそれを訊いた。
女性のデリケートな問題とは言え、余人を介さない話なのだ。
用法用量や取り扱いを必ず厳守しなければ、重大な問題になりかねないほどの劇薬なのか、とフリーダは内心で警戒したが。
「んー、そうだねぇ……"媚薬“とか、"催婬剤“とか、呼称は色々あるけど、簡単に言うとぉ……"惚れ薬“かな」
「ほ、惚れ薬、ですか?」
フリーダが予想していたものとは、微妙に斜め上なものだった。
「うん。『女の子は恋をすると綺麗になる』ってよく聞くでしょ?恋愛感情の本質は、性的欲求だからね。それを栄養学的に促す滋養強壮剤としての側面と、恋愛ホルモンと呼ばれる有機化合物質の分泌を魔法的に促す増強効果を含ませているんだ」
チョコレートやチーズ、ワイン、ココアなどにも含まれているものだよ、と付け足して。
「今回用意したのは、五日分。用法用量は、二日か三日に一本。一度に複数本飲むと……ちょっと大変なことになるから、気を付けてね」
「………………しょ、承知しました」
それはつまり、自分の両親が久方ぶりに"熱い夜“を過ごすことになることか、とフリーダは瞬時に理解した。気を抜くと羞恥に顔が真っ赤になりそうなのを必死に隠しながら――
何てことがありつつも。
とは言え、これを適度に飲んでもらえば、女性としての自信を取り戻すだろう。
早く届けなければとは思いつつも、馬の速度は変えずに飛ばしていく。
――この"惚れ薬“を手にしたことで、フリーダの運命を大きく変えてしまうことになるなど、今の彼女には知る由もなく。




