123話 三日ぶりの目覚め
――結果として、カナコは三日ぶりに目覚めた。
カナコが目覚めるその少し前――彼女に憑依していた聖龍アウラオーレは、怯えきったフルスに向かってこう言い放った。
『貴様もまた聖女の祈りによって幸福を与えられていると知れ。聖女の喜怒哀楽は私の喜怒哀楽であると知れ。それを忘れ、聖女を我が物にせんとするならば……』
「す、する、ならば……?」
『聖女はこの世界を見放すだろう。そして、聖女の祈りを失った世界は荒廃し、あの邪龍の封印も解かれ、彼奴が望んだ、ヒトも魔物も等しくあるべき世界……弱きは強きに食われるを良しとするが、全ての理になろう』
それ即ち、"弱肉強食“。
人類は魔物に食われる"弱者“として怯えながら子々孫々を紡いでいくことになると言う。
冒険者?食うも眠るもままならない世界で、強大な魔物を狩るための力など、如何ほどの物があろうものか。
今のヒトの文化的かつ文明的な暮らしは、聖女の恵みと叡智ありきのものだ。
その恵みと叡智が失われた世界で、ヒトは自らの手でゼロから恵みと叡智を作り出していかなければならない。
果たしてそれは、何百、何千年もの時を要するだろうか。
『私の愛し子、聖女は決して貴様の物ではない。聖女は世界の為にあり、世界はヒトの為ある。・・・肝に命じておくが良かろう』
「は、ははは、はひっ……」
ガクガクと震えながら狂ったように首を上下するフルス。
それを確かめたかのように、アウラオーレが憑依したカナコの黄金色の瞳が閉じられ、ふわりとベッドの上に安置される。
そして、
「んん、ぅ……?」
カナコの目が再び開かれると、黄金色のそれではない、いつもの黒い瞳だった。
「カナコッ、目を覚まし……っ」
愛しのカナコが三日ぶりに目覚めたことに身を乗りだしかけたフルスだが、そのいつもの黒い瞳の内側に、あの神々しくも恐ろしい黄金色が見え隠れしているように見えてしまい、思わず後ずさった。
カナコの傍らにいた呪術師も魔法陣を消失させ、背伸びした。
「ふいぃ……久々の大仕事だったわ。聖女さんや、三日ぶりのお目覚めの気分はどうだい?」
「み、かぁ……?んん……?」
むくりと上体を起こし、目を擦るカナコ。
三日ぶりのお目覚めとはどう言うことかと訊く。
最初はフルスが説明しようとしてくれたが、要領を得ない意味不明な説明だったので、主治医、魔法薬師、鑑定士、呪術師の話を順番に話を聞くと。
「み……三日も爆睡してたんですか……!?」
「そ、そうだ、丸一日経っても起きないものだから、心配で仕方なかったのだぞ」
なんとかいつもの体裁を取り繕おうとしているフルスだが、股間と言うか下腹部から下がビチャビチャになっているので色々台無しである。
カナコも、フルスの股間から下が台無しになっていることに気付いたものの、ハッキリ言ってしまうと彼の尊厳とかを考慮すると、言いにくいものがあった。
それを察した聖女専属侍女が、「聖女様にはまず湯浴みをしていただきます」と進言したことで、フルスを含めた男性らと呪術師もぞろぞろと寝室を後にしていく。
「(二度と起きなくていいくらいぐっすり寝たいとは言ったけど、まさか三日も爆睡するとは思わなかった……)」
侍女が湯浴みの準備を手早く整えていく間、カナコは最後に眠る直前のことを思い出していた。
あの、聖龍アウラオーレなる存在の声。
先ほどの話を聞く限り、自分は眠っている間にそのアウラオーレに憑依されて、あれこれと何か喋っていたようなのだが、そんな記憶は一切ない。
しかしいつもなら、最近ちょっとヤンヘラ要素が表面化してきてヤベーと思っていたフルス王子が、今日に限って何故か大人しかった。・・・"お漏らし“していたことを悟られてほしくなかっただけかもしれないが。
主治医も魔法薬師も鑑定士も何やら怯えたような顔をしていたし、呪術師のお婆さんだけが唯一普通に話しかけてくれた。
自分が知らない間に一体何を喋らされたのか。
「何それ、こわっ」と小さく呟いて、湯浴みの用意が出来るまで待つことにした。
湯浴みを終えて、昼食 (と言っても三日も飲まず食わずの身体なので、少量のスープぐらいだが)を済ませた後は、心配をかけてごめんなさいと関係各所に頭を下げて回り、それから聖堂に赴いて、女神像の前に跪いていつものお祈り。
それも済んだ頃にはもう夕方だ。
三日も昏々と眠っていたからか、寝起き特有の身体の怠さはまだあるものの、久々にすっきりした気がする。
三日前以前は、"ざまぁ“されて殺される夢ばかり見ていたのだから、尚更だ。
窓際に立ち、深呼吸をして。
「……大丈夫、あれは夢、現実じゃない、私は聖女、何かあればアウラオーレが、恐らくきっと多分守ってくれるかもしれないらしい信じてメイビー」
悪夢を見るのはどうしようもないが、もし本当にアイリスの運命の番である邪龍がブチギレてお礼参りとして自分を殺しに来るのだとしても、アウラオーレが守ってくれるはずだと、自分に言い聞かせ続ける。
――王国と帝国が一触即発の状態にあることなど、想像することも出来ずに。




