122話 目覚めない聖女
「――カナコはまだ目覚めないのか!?」
アバローナ王国後宮の聖女の寝室にて、第一王子であるフルスは、己が愛する聖女――カナコが昏々と眠るベッドの周りにいる主治医や魔法薬師、鑑定士らに詰め寄り怒鳴り散らしていた。
三日前から、カナコは目が覚めなくなった。
確かにそれ以前からカナコは、よく悪夢を見るようになり、あまりよく眠れない日が続いていると言っていたが、それでも自身の毎日の聖女の務めだけは欠かさずに行っていた。
寝不足による過労がついに祟ってしまったのか、とフルスはあまり深く考えずにカナコを寝かせていた。
が、それが丸一日過ぎてもなお続けば、いい加減に何かおかしいと思い始める。
途中で起きたりすることもなく、ベッドの上から降りた形跡もない。
そろそろ起きた方がいい、と声をかけて揺すって見ても、一切起きる気配がなく――ここに至ってようやく事態を重く見たフルスは、まずは主治医に診断させ、過労以外と考えるならば原因不明。
次に魔法薬師に、昏睡状態にある者を目覚めさせるための魔法薬を処方させ、接種させたものの効果は現れず。
つい昨日には、対人物に特化した【鑑定】スキル持ちの鑑定士にカナコを鑑定させたが、鑑定結果は"不明・鑑定不可能“と言うものだった。
主治医も魔法薬師も鑑定士も、尽くせるだけの手段の限りを尽くしたものの、事態は変わらないまま。
「……過去に確認された、昏睡状態に該当する症状との共通点は、やはり見当たりません」
「これ以上の薬品の投与は、人体への悪影響を及ぼす恐れがあり、推奨致しかねます」
「何度鑑定しても、不明か鑑定不可能と言う結果しか出ませんな。何故と言われても、自分ではなんとも」
王都でも指折りの専門家達が、揃って「知らんもんは知らん」と匙を投げだす始末だ。
「えぇぃ、役に立たん奴らめ!」
落ち着きようもなく頻りに聖女の寝室を歩き回るフルス。
そこへドアノックが届く。
「なんだ!」
「失礼いたします、フルス様。例の呪術師の方をお連れしました」
カナコ御付きの侍女が、ドア越しから用件を伝えてきた。
主治医、魔法薬師、鑑定士でも事態の解決を望めないため、何かしらの"呪い“の類いではないかと言う意見を聞いてすぐに呪術師を呼び寄せたのだ。
「おぉ、来たか!早く通せ!」
「かしこまりました」
かしこまりましたと告げてきっかり二秒後にドアが開かれ、侍女が妙齢の呪術師の老婆を連れてきた。
「お初にお目にかかります、フルス殿下。私は、」
「御託はいい、早く聖女を、カナコのことを調べろ!」
「……やれやれ、王族貴族ってのは気が短くていけないねぇ。こう言う時だからこそ、腰を据えにゃならんと言うのに」
まぁいいさね、と呪術師はそれ以上フルスに目を向けることもなく、ベッドで眠り続けるカナコに歩み寄ると、「聖女さんよ、ちょいと失礼するねぇ」と額に指先を乗せて魔法陣を顕現し、詠唱を開始する。
「ふむ……む?これは……呪いではない……もっと別の……むぅ……」
そこで一度詠唱を止めて、魔法陣を消失させた。
「何か分かったのか?呪いは解けるのか?」
「やかましいねぇ、王子殿下とあろうものがそんな調子でどうすんだい。いいからそこで偉そうにふんぞり返っとれ、いつもそうしてるみたいに」
「貴様!誰に向かってそんな口を!」
不敬な発言に怒るフルスだが、呪術師がすぐに別の魔法陣を顕現し、詠唱を開始するのを見て押し黙る。
「・・・」
呪術師の全身が鈍く輝き、それはカナコへと注ぎ込むように伝わらせていく。
――すると、
目を閉じたまま動かないカナコが、動かないそのままの体制のままで浮かび上がり始めた。
「なっ、い、一体何を……!?」
カナコに何をしたのかと呪術師を問い詰めようとするフルスだが、
『――何者だ。我が愛し子の眠りを妨げるのは』
カナコの口と目が開かれたと思えば、カナコのそれとは思えないほど尊大な口調と、黄金色の瞳が爛々と輝いていた。
「カナコ!?……いや違う、貴様はカナコではない!誰だ!?」
びしすと人差し指をカナコ (?)に向けるフルスだが、
『――黙せよ、愚物が』
暖かな輝きを放ちながらもひどく冷ややかで無機質な声に、「ヒッ!?」とフルスは尻餅をついて股間を湿らせる。
主治医、魔法薬師、鑑定士も何が何だかと困惑しながらも、目の前にいる聖女が尋常のそれではないことに押し黙るしかない。
『私は聖龍アウラオーレ。即ち、聖女の番であり、聖女そのもの』
「せいりゅ、アウ、つが……?な、何を、言っているんだ……カナコは私の、婚」
『黙せよと言ったはずだぞ、愚物』
複数の光弾を生み出すと、尻餅をついているフルスに当てないように四方に着弾、バジゥンッと音を立てて炸裂する。
「ひいぃぃぃぃぃっ!?」
小さな雷が落ちたかのように、赤絨毯が焼け焦がしたそれは、生身で受ければ感電どころではすまないだろう。
もはや股間を湿らすものさえ出し切ったフルスはただ怯えるしかない。
『全く……この三千年、聖女から恵みと叡智を享受しておきながら、ヒトは今日まで何をしていたのだ。しかも、このような卑小な愚物が聖女の番を騙ろうとは……実に愚かしい』
ふぅ、と溜め息をついて。
『世界など、ヒトの身には余り過ぎると言うのか。導き合い、支え合う……そのような簡単なことさえ、出来ぬと言うのであれば……』




