118話 ★圧倒的槍さばき
ギカントオークの攻撃を躱しつつ、奴の股下を潜り抜けるように背後を取り、一目散にトンネルの外へと走る。
オークは鈍重な魔物である、とはよく言うものの、それは小型のオークだからそう言えるのだ。
ギカントオークは小型のオークの三倍近い体躯の持ち主だ、足の回転が遅くとも、一歩一歩が大きいため、鈍重に見えて実際の速度自体はそれなりに早い、油断するとすぐに追い付かれるだろう。
加えて、このトンネル内は暗い上に足元が悪い、段差や石などに躓いて転んだらおしまいだ。
くっそー、簡単な薬草採取依頼かと思ったらそんなことはなかったぜ……ッ!
背後からの重圧に竦みそうになりつつも、なんとかトンネルの出口が見えてきた。
松明をその場で捨てて、外に飛び出す。
「リオ殿!」
外で待ってくれていたらしい、フリーダさんが手を振ってくれている。
だが、これでゴールじゃない。
フリーダさんと合流し――すぐに背後に向き直る。
トンネルから、怒り心頭と言ったギカントオークが這い出てくる。
さて、走りに走って消耗したところで第二ラウンドか……
「リオ殿、あとは私にお任せを」
「ぜー、はー、フ……フリーダさん?」
息を切らしながらもロングソードを抜こうとしたら、フリーダさんが一歩前に出て制止してきた。
背負っていた、見事な造りの長槍――ジャベリンを抜き、演武のごとく振り回し、構える。
「エンペラル帝国軍近衛騎士団団長の力、とくとご覧あれ!」
あぁ、疲弊している俺の代わりに戦ってくれるって言うのか。
白い竜胆なんて大層な異名もあるようだし、ギカントオークぐらいなら彼女一人でもなんとかなるだろう。
危なくなったら俺が加勢すればいいし。
――なんて思っていた数秒前の俺の目は節穴だったとしか言いようが無かった。
圧 倒 的 す ぎ る 。
魔術によって身体能力を強化しているわけでもないのに、その速さはまさに疾風迅雷。
「ふっ!はっ!せぇぃっ!りゃあぁッ!」
動きの速さだけではない、ジャベリンを振るうその力もまた相応のものだ。
薙ぎ払い、袈裟懸け斬り、回転斬り、突き出し、突き上げ、叩き付けて一閃……まるで演武のように流麗な――だが剣を振るう者なら分かる、その一振り一突きが、ギカントオークの強固な骨肉を容易に斬り、裂き、貫き、砕く、必殺の一撃の数々だ。
対するギカントオークの反撃は、そもそもフリーダさんとの速度が違いすぎて掠めすらしない。
フリーダさんの黒髪が靡き、マントがひらり舞う度に、ギカントオークの重厚な巨躯に明確な傷を刻み付けていく。
逃げるだけの弱い人間だと思い込んでいただろうギカントオークからすれば、あまりにも予想外過ぎる反撃だろう。
破れかぶれに石斧を振り回すギカントオーク、しかしフリーダさんは冷静に距離を取り、無駄な動作による隙を文字通りジャベリンで突くと、ギカントオークの右手から石斧がこぼれ落ちる。
唯一のよりどころと言っても良い石斧を失ったギカントオークは怯えたように後退り――
フリーダさんの構えるジャベリンに、バチバチと稲妻が迸る。雷属性を纏わせているらしい。
「必殺――『雷神槍』!!」
踏み込みと同時に放たれる、神速の一閃。
まさしく神の雷そのものと言える一閃は、ギカントオークのダボついた胴体を深々と斬り裂き、斬り裂いた部位をさらに稲妻が引き裂き、焼き焦がす。
ブグオォォォォォ、と野太い断末魔と共にギカントオークは背中から仰向けに倒れ、ズズゥンと地を揺るがして絶命した。
ギカントオーク、撃破だ。
「――ふぅっ」
ギカントオークが動かなくなったのを確かめて、フリーダさんは息を吐き出してジャベリンを背中に戻した。
「お見事でした、フリーダさん」
俺は少し手持ち無沙汰だったが、フリーダさんがしっかり倒してくれたので良しとしよう。
「リオ殿、お待たせ致しました。お怪我はありませんか?」
「いや、全く。ちょっと疲れただけです」
ちょっと、とは言ったが。
昨日の夜は不寝番だったし、途中で少し眠ったとはいえ、異常発達ブルーベアと戦ったりもしたので、実は結構しんどい……
女性陣が風呂から上がってくるまでの時間潰しのはずが、とんでもない"おつかい“になったな。
が、すぐさまフリーダさんは頭を下げてきた。
「申し訳ありません、私を先に外へ逃がすためにとはいえ、囮を買っていただいて」
「いやいや、そんな頭下げないでくださいよ。こう言うのには慣れてますから」
アンドリューさんの商隊に関わるようになってから、『誰かを先に逃がすために身体を張る』ことが増えた気がする。もちろん、それは全然悪くないんだが。
「しかし、元はと言えばこれは私の私用にあなたを巻き込んでしまったようなものです。ですから、」
「あー、そう言うのはいいですから、早いところ帰りましょう。じゃないと遅くなりますから」
無意味な謝礼合戦になる前に切り上げる。
それもあるが、一国の第二皇女殿下に頭を下げられるのは、あまりにも気が引けるからな……
フリーダさんは少し納得してなさそうな顔をしていたが、すぐに「わかりました」と頷いてくれた。すいませんね。




