116話 聖女伝説
――今からおよそ三千年前。
「世界はヒトの手によって保たれるべき」として人類に恵みと叡智を与えようと考えた聖龍アウラオーレ。
反対に、「ヒトもまた魔物の一部であるべき」として人類と魔物の生存競争を促す邪龍ダンケルハイト。
互いの正義は相容れられることなく、ついに両龍は大陸を股にかけて激しい戦いを始めました。
戦いが始まって七日七晩が過ぎ、もはや両龍の戦いは泥沼化すると思ったその時、世界に突如、彗星のごとく現れた"聖女“『マリアンヌ』が戦いに介入、アウラオーレの側に付くと、瞬く間に決着がつきました。
傷付いたダンケルハイトに、マリアンヌは封印を言い渡し、アウラオーレはそれに了承、ダンケルハイトを"ソンブルーヨ島“に封じ込めました。
マリアンヌの力添えによって、ダンケルハイトとの死闘に勝利したアウラオーレは、自らが提唱した通りに、人類に恵みと叡智を与えました。
そしてマリアンヌは、アウラオーレがもたらした恵みと叡智を正しく振るうために、世界に祈りを捧げ続けました。
与えられた恵みと叡智は、祈りによって世界を優しく包み込み、人々はいつまでも豊かに、そして健やかに過ごしましたとさ。
めでたしめでたし――。
「――というのが、大まかな内容です」
フリーダさんは俺の不勉強に何を言うでもなく、律儀に教えてくれた。
なるほど、あの壁画の白い龍――聖龍アウラオーレとか言うのに乗っていたのは、やはり聖女だったのか。
「ありがとうございます。何と言うか、童話みたいな内容ですね?」
「えぇ、実存する伝記には聖龍アウラオーレと邪龍ダンケルハイトの生い立ちや、聖女マリアンヌのその後なども詳しく残されているのですが、今話した内容は、大衆向けに分かりやすく纏め直したものです」
ついでに言うと、旧国境線は両龍の戦いに巻き込まれた際に修復不可能なまでに壊されてしまったからなのと、平和の新しい象徴も兼ねて、今の新しい国境線が作られたらしい。
「なるほど」
ところで、と一言挟んでから。
「フリーダさんは、今の王国に聖女がいることは知っていますか?」
「存じています。……ですが、私が聞く限りだと、「昨今の風土悪化や異常気象は、王国の聖女が引き起こしているのではないか」と言う声も聞こえます」
帝国の人間の目から見ても、そう映るか。
「俺の商隊の仲間からは、歓楽街ネオライトの悪徳領主に対する制裁じゃないかって意見もありますけど、帝国としてはそうじゃないと?」
「風土悪化や異常気象は、帝国領地でも発生しています。にも関わらず、王国領の、それも王都周辺にだけそう言った事が起きていないともなれば、疑ってしまうのも無理からぬことかと」
それはまぁ、分かる。
他のみんなが苦しんでいるのに、そいつだけいつも通りみたいな顔をしていたら、「なんでお前だけ平気なんだよ、何かおかしくないか?」って疑うのは、ある意味当然か。
「それに……最近では、国境線付近で散発的な小競り合いが多発し、帝国、王国の双方の緊張が煽られています。国境線に詰めている兵士達にも、国境侵犯をしないようにと言い聞かせてはいますが、いつ暴発するか分からない、一触即発の状態が続いています」
「散発的な小競り合いって……王国が帝国を挑発しているってことですか?」
「兵達の話を聞く分には、正体不明の武装勢力がこちらに攻撃を仕掛けた後は、決まって王国領へ逃げていくようなので、山賊を装った王国軍ではないか、と思われています。現段階では、王国からの武力挑発なのか、それとも本物の山賊なのかの判断がつきません」
今のフリーダさんの話を聞く限り、王国側が武力をチラつかせて帝国を挑発――軍事的な衝突を誘発しているらしい。
……リーゼさんが言っていた"戦争“は、これの事だったのか?
風土悪化や異常気象で苦しむ帝国を挑発し、帝国民の不満や怒りの矛先を自国へ向けさせて、戦争状態に持ち込ませる、というのが王国のシナリオか?
「でも、仮にもしも王国が帝国に戦争で勝って、領土を切り取ったとしても、風土悪化や異常気象が解決するわけでもない。王国としては、戦争に勝っても旨味が少ないんじゃ?」
政治や戦争に関しては全くの素人の俺でも、それくらいは分かるつもりだ。
「えぇ、だからこそ王国が戦争を望んでいるのだとしても、その真意が読めないのです」
今の帝国と王国が戦争を始めたとしても、損得勘定で言えばどっちが勝っても損のほうが大きい、とフリーダさんは言うのだ。
損したさにわざわざ戦争したがる奴なんて、戦争そのものが大好きなクソ野郎ぐらいのものだろう。
「まぁ……ここでそれを考えても答えは出ませんし、とりあえずやることをきっちりしましょうかね」
俺とフリーダさんがここに来たのは落日草探しのためだ、歴史の勉強に来たんじゃない。
「そうですね……そうしましょう」
フリーダさんも意識を切り替えて、旧国境線の地下を見やる。
蟻の巣のようにいくつも分岐した溝に続いているトンネルの中、そこに落日草が自生しているらしい。
ちゃちゃっと行って帰ってくるつもりだったが、そう簡単にはいかなさそうだ。




