108話 異常発達個体
――そろそろ夜明けだな。
東の空が微かに明るみ始めるのを見て、俺はそう確信する。
「すぅー、くぅー……すぅー、くぅー……」
俺の膝に頭を乗せて、安心しきった顔で寝ているのは、ムイ。
不寝番なのに何故寝ているのかと言うと。
日付が変わりそうな頃合いになって、眠そうに目を擦り始めたの見て、寝ていてもいいぞと言ってやると、「ですけど……ムイは今夜、ずっと起きてなきゃですぅ……」とか言いながら船を漕いでいると……程無くして俺の膝に頭を乗せて眠り始めた。
不寝番を全うしようとする意志はあったのだが、心よりも身体の方が先に眠気に負けてしまったらしい。
しかも途中で慌てて起きるような様子もなく、完全にぐっすりだ。
まぁ仕方ない、元・野生のスライムだ。昨日まで夜に寝て朝に起きるのが当たり前だったのだから、いきなり一晩中起きているのは無理みたいだ。
すると、馬車のひとつの幌が開けられ、中からシャオメイが出てきた。
「オ疲れサマです、リオサ、ン?」
俺の膝で寝ているムイに気付いたのか、シャオメイの視線がそちらに向けられる。
人差し指を口許に添えて「寝かせてやってくれ」とジェスチャー。
シャオメイも分かってくれたらしく、こくりと頷くだけに留めて、朝食作りに取り掛かってくれる。
――ムイが気持ち良く起きた頃には、もう朝食が並べられて商隊のみんなも起きている頃だったので、はわわと慌てながら謝ってきた。
朝食の後片付けを済ませたら、直ちに再出発だ。
昨夜は途中で眠ってしまったことへの挽回として、ムイが俺の代わりに先頭の守りに就くと買って出てくれた。
俺は問題ないし気にしてもいないのだが、ムイのやる気を無下にするのもなんだかなぁとは思いつつ、それに甘えさせてもらう形で午前中は眠らせてもらうことにした。
おやすみ。
………………
…………
……
そうして昼頃になったら起きて、昼食を食べたら戦列に復帰、ムイと交代して先頭の守りに就く。
日が沈む前に今日の野営地を定めて、俺は今夜も不寝番を担当する。
今夜こそは不寝番を全うしてみせますとムイは意気込みを見せていたが、多分また途中で寝落ちするのは目に見えていたので、今夜はシャルルと不寝番だ。
シャルルと一緒に一晩を過ごしたら、朝食作りに起きてきたシャオメイの手伝いをする。
登山道に入って今日で三日目、予定通りなら今日の昼過ぎ当たりに山頂部の町に到着するはずだ。
今夜は宿屋のベッドでゆっくり休めると思うと、自然と身体が軽くなると言うものだ。
意気揚々と先頭の守りに就いて、いざ再出発だ。
――と、思ったら。
そろそろ山頂部の町に着きそうだと言う時になって、前方が騒がしい。
魔物の咆哮のような音が聞こえる辺り、縄張り争いか、魔物と戦闘中の冒険者がいるのか。
どちらにせよこのまま馬車を進ませては、巻き込まれる可能性がある。
「む、何やら騒がしいな?」
アンドリューさんもそれに気付いたようで、馬車馬を一時停止させる。
「俺が様子を見てきます」
すぐに抜けるようにロングソードの柄に右手を添えつつ、騒音の元凶へ向かう。
進路の先。
最初に見えたのは若い女――少女くらいの冒険者二人が、青い毛並みの熊の大型の魔物である『ブルーベア』に追われていると言う光景だが……
ブルーベア自体は、大型の魔物の中でも比較的危険度が低く、青銅級から赤銅級への昇級試験として選ばれることが多い程度にはポピュラーな魔物だ。
大方、昇級試験で初めての大型の魔物との戦闘で苦戦しているのか。
が……あのブルーベア、明らかに様子がおかしい。
俺が知っているブルーベアと比べても、異常なまでに肥大化しており、遠目から見るだけでも極度の興奮状態なのが見て取れる。
どう見ても普通じゃないぞ、アレ。
あの二人をすぐに助けに行きたいが、そこを堪えて踵を返して、待ってくれている商隊の元へ急いで戻る。
駆け戻って来た俺の様子から、ただ事じゃないことが起きていると思ってくれたか、アンドリューさん、シャルル、アイリス、リーゼさん、ムイが駆け寄ってきた。
「リオ、何があった?」
呼吸を整えて、努めて落ち着いて事態を説明する。
「ブルーベアに追われている冒険者がいるんですけど、そのブルーベアが異常発達した個体みたいなんです」
「異常発達したブルーベア?」
それを聞いて、真っ先にリーゼさんが反応した。
「ブルーベアにして大きすぎるし、極度に興奮していてかなり危険な状態です」
「……とても興味深いけど、それどころじゃないね」
リーゼさんは少し思案してから、采配を振るう。
「リオくん、アイリスさん、シャルルさんの三人が先行して、その冒険者の救助に向かって。エトナちゃんにそのブルーベアを鑑定してもらって、そこから私も援護に回る。ムイちゃんは馬車の守りをお願い」
まずは俺とアイリス、シャルルの三人で先行か。
馬車の守りはムイなら任せられる。
「了解です。アイリス、シャルル、行くぞ!」
「分かりました!」
「よーしっ、行くっての!」
異常発達したブルーベアと、冒険者二人の元へ急ぐ。間に合ってくれよ……!




