107話 ★冷たくてプニプニ?
夕食後、俺は不寝番の準備にかかる。
砂漠の夜ほど冷え込みはしないものの、山の中だけあって日が沈むと少し肌寒いが、焚き火があれば問題ないだろう。
夕食の後片付けや身辺整理などが済み次第、眠りについていく商隊員。
そんな中、今晩俺と一緒に不寝番として一夜を過ごしてくれるのは。
「リオさま、今夜はよろしくお願いします!」
「なんか誤解招きそうな言い方だな……」
「?」
ムイであった。
最初は、以前のサンドロ砂漠のオアシスでの野営ではアイリスが不寝番を買って出てくれたのもあって、じゃぁ次は自分がとシャルルが買って出ようとしたのだが、「このムイにお任せくださいませ!」と言うムイの威勢の良さにかき消されてしまった。
まぁ、今後も不寝番をすることは多々あるだろうからやらせてみよう、と言うことでムイが不寝番の相方になってくれたのだ。
そして夜も更けた頃になって。
「それじゃぁリオ、ムイ。今夜は頼むぞ」
アンドリューさんもそろそろ就寝のようだ。
「任せてください」
「お任せあれです!」
眠そうに欠伸をしながら、自分のベッドのある馬車へ向かうアンドリューさんを見送り、いよいよ起きているのは俺とムイの二人だけになる。
パチパチと音を立てて燃える焚き火を前に、ムイと二人で座る。
「スライムだった頃は、こんなに夜遅くまで起きてるなんて無かったので、なんだかわくわくします」
焚き火に枯れ枝やら落ち葉やらを入れて、細やかな火遊びをするムイは、それらが静かに燃えていく様を見てきゃっきゃと喜ぶ。
スライムだった頃、ねぇ。今もスライムと言えばスライムなんだが……
「そりゃ人間と違って、夜行性でもない限り起きなきゃならない理由なんて無いだろうしな」
人間だって元を辿れば類人猿……本来は昼行性の生き物なんだが、仕事や趣味の時間を作るために睡眠時間を削ると言う、"選択”が出来てしまうが故の弊害だな。
しばらくの間、焚き火を維持する目的も兼ねて火遊びをしていたムイだったが、ふと俺に向き直った。
「リオさま」
「ん?なんだムイ」
「ムイのようなスライムを受け入れてくれて、ありがとうございます」
いつものキラッキラした目ではない、真剣で、
けれどどこか物悲しそうな笑みだった。
「受け入れたのは俺じゃなくて、アンドリューさんだけどな」
「ですけど、ムイがリオさまにご奉仕したいですと言った時、リオさまは自分の一存だけで勝手に決めるわけにはいかないと言いつつも、スライムであるムイのことを嫌がったりしませんでした」
「そりゃ……最初は君が、あの時サンドイッチをあげたスライムだったなんて信じられなかったこともある」
何なら今だって半信半疑なくらいだ。なんだよ、「お星さまにいっぱいお願いしたら人間になれました!」って。
「でも、スライムが人間になったからって驚きはしても、最後には「それがどうした」って話なんだよな。ムイはみんなのために働いてくれているし、いざって時は俺達と一緒に戦ってくれる。元がスライムだろうが、最初から人間だろうが、そこは変わらないだろ?」
「もちろんです!ムイはリオさまだけでなく、みなさまのためにも頑張る。それが、隊長さまとの約束です、……けど」
最初は威勢良かったのに、最後の方で声が尻すぼみしてしまった。
「それでもムイは、スライムで、とっても弱いスライムなんです。だから、リオさまから、みなさまから、今度こそ見捨てられないように、頑張らなくちゃいけないんです」
今度こそ見捨てられないように、と言う言葉で思い出した。
そうだ……ムイは元々は【テイマー】の冒険者にテイムされた野生のスライムで、そのテイマーの「もっと強い魔物をテイムしたい」と言う身勝手な理由から、捨てられてしまった。
俺と同じなんだ。
いや俺の場合は、ルイン達は (過程と結果は別にして)善意から俺をパーティから抜こうとしていただけで、本気で俺のこと疎んじていたわけじゃなかった。
が、ムイの場合はもっとひどい。
ただ単に「もういらないから」なんて、ゴミのように扱われたんだ。
ムイはそれに怒るどころか、「自分が弱いから悪いんだ」と我慢して自ら身を退いて……
「ですからリオさま、ムイに出来ることなら何でも言ってください。ムイはリオさまのためなら、命だって捨てま……」
「バカなこと言うなっ!」
命だって捨てます、だと?
ふざけるなよ、そんなこと俺や商隊のみんなが望むわけないだろうが。
「えっ、ムイ、何か変なことを……?」
「変なことじゃない、バカなことを言ったんだ!」
思わず、ムイを抱き締めた。
「わわわっ、リ、リオさま……?」
「死なせない。犠牲になんてさせないからな、ムイ」
きっとムイのことだから、誰かを救うために自分の命を軽々しく捨てることだって躊躇いなく出来てしまうだろう。
そんなこと、絶対にさせない。
「あぁそうだ。俺への恩返しだって、全然返し足りてないぞ。恩を仇で返すな、ちゃんと恩で返してくれ」
我ながら、ずるい言い方だ。
こうやって、ムイを断れないように縛り付けるなんて。
「リオ、さま……なんだか、あったかいです」
「ムイの方があったかいさ」
「リオさまの方があったかいです!ムイはほら、スライムですから……冷たくてプニプニです!」
これっぽっちも冷たくもプニプニもしてないけどな。
「でも……ありがとうございます、リオさま」
ぎゅっと、ムイが抱きしめ返してきた。
冷たくてプニプニとか言う割には、その暖かさは女の子のそれだった。




