106話 討ち取るには至れずとも
【タイム連打】スキルによる時の一時停止と再生を何度も繰り返し、奴の攻撃を捌き、反撃していくものの、こいつも相当手練れているようで、なかなか決定打を与えられない。
意識はこいつに集中しつつも、後ろから聞こえてくる声や音からして、みんな善戦してくれているようだ。
ならあとは俺がこいつを仕留めるだけ……と思いきや、弾き返し合うなり、奴は煙幕を撒き散らし、即座に踵を返して逃走した。
手下だか部下だか知らないが、それが全滅したのなら、数的不利になるのはバカでも分かる。俺があいつの立場なら間違いなくそうするだろう。
まぁ、逃げると言うのなら深追いする必要もない。無論、煙幕が晴れるまではロングソードを構えて警戒はするが。
煙幕が晴れ、伏兵などがいないか注意深く確かめてから、背後を見やる。
アイリス達は全員怪我もなく、周りは死屍累々、商隊の馬車も火矢が刺さって燃えた部分以外は損害は無し、どうにか事なきを得たと言ったところか。
「みんな無事か?」
アンドリューさんが先頭の馬車から出てきて、事態を確認するが、ナイフを隠し持っている辺り、いざとなれば隊長自ら身体を張って戦うつもりだったようだ。そう言えばカイツールにいた時にアイリスから聞いたが、並みの冒険者ぐらいなら素手でぶっ飛ばせるような人だったな?
「すいません、アンドリューさん。討ち取るには至れませんでした」
他のみんなは一人か二人は倒しているのに、俺だけ逃げられてしまったからな。
「構わんよ、お前さんに怪我が無いことの方が大事だし、馬車の損害もごく軽微、それだけで十分だ」
謝る必要がどこにある、と笑ってみせるアンドリューさん。この人ホントいい人だよ。
そこに、リーゼさんも歩み寄ってきた。
「リオくんお疲れ様。私が見た感じ、あの首領が頭ひとつ抜けた実力者みたいだし、むしろそんなの相手に無傷で撃退出来た方がすごいと思うな」
「そんなもんですかね」
確かにあの男の力量、技量は油断ならないほどだった。
俺に【タイム連打】って言う、ある意味で反則技があったから食い下がれて、奴が撤退を決め込むまでの時間を稼ぐことが出来たとも言える。
もし【タイム連打】無しの真っ向勝負だったら、少なくとも無傷では済まなかっただろう。
・・・だが、あの男の攻撃ひとつひとつに、殺意を感じられなかったのが不可解ではある。
自分が矢面に立ち、手下だか部下だかに他をやらせるつもりだったのか?そう言う目論みだったとしたら、見当違いも甚だしいが。
ともかく大きな問題も無く済んだので、死屍累々と倒れている冒険者達から身ぐるみや武器などを剥ぎ取って、遺体はその場に放っておく。
こっちは襲われた側だからな、哀れみも同情もしない、せいぜい魔物のエサにでもなってくれ。
さて、時間を取られてしまった、さっさと先へ急ぐとしよう。
――が、先へ急ごうと思った矢先のことだった。
進路の先に見えたのは、何やら神妙そうな顔で崖を見下ろしている、怪盗ハートクイーンの姿だった。
「……おや、つい昨日ぶりですね」
先頭にいた俺とシャルルに気付いて、怪盗ハートクイーンは会釈してきた。
「どうも。昨夜あんたが言っていたように、闇ギルドらしい冒険者連中が襲ってきたよ」
まぁ事も無く退けることは出来たが、と付け足して。
「それは良かった。ふふふ、ワタシとしても忠告した甲斐があったと言うものです」
「……ひとつ訊きたい。さっきここを、紅い髪の男が通らなかったか?闇ギルド連中の首領らしいんだが」
あの男が逃走してからそれほど時間は経っていない、怪盗ハートクイーンがここにいるなら、出会したとは思うんだが……
「モーゼスと言う男のことかい?それならついさっきまでここにいましたね」
あの男、モーゼスと言うのか。覚えておこう。
しかし、と怪盗ハートクイーンは断崖絶壁を見下ろした。
「あと一歩のところで奴を捕えられるはずだったんだけどね、まさかこの崖から飛び降りるとは思いませんでした」
この崖から飛び降りたのか?
「……ここから落ちたら、死なないか?」
「普通は死ぬでしょうねぇ、運が良ければ死なないでしょうけど、大怪我は避けられないかと」
だが遺体は確かめられそうにないので、怪盗ハートクイーンも仕留めたとは言えないようだ。
「まぁともあれ、ワタシに出来るのはここまで。ではさらば!」
すると怪盗ハートクイーンは跳躍し――木々から木々へと飛び移って去っていく。もちろん「はーっはっはっはーっ!」と言う高笑いもセットで。
それを見送って。
「前にも思ったけど、よく分かんない人だっての」
シャルルは若干呆れ顔で、林の奥へ消えていった怪盗ハートクイーンを見やっていた。
「違いない」
それに対して俺はなんとも言えずに苦笑するしかなかった。
それから、登山道をもう少し進んだところで、比較的見晴らしのいい場所に出た。
日の位置を見ればそろそろ夕焼けになりそうな頃合いなので、ここを野営地として一晩過ごすのがいいだろう。
「よぉし、ここを野営地にするか」
アンドリューさんがそう決定したことで、早速野営の準備に取りかかる。
馬車を山肌に寄せて一ヶ所に固め、それらを半包囲するような形で焚き火を複数作る。
さて、俺はもちろん今夜の不寝番担当だが、もう一人は誰が就いてくれるだろうか。




