105話 返り討ち
リオとリーダー――モーゼスの一騎討ちとも言える戦いが始まってから。
モーゼスが引き連れていた手下――と言うよりは、モーゼスについて回って甘い汁を啜ろうと目論んでいる、傭兵や闇ギルドの冒険者の集まり、というのが、この集団の実態だ。
モーゼスの指示には従うものの、彼らは彼ら自身を味方や仲間と言えるほどの意識はない。
金や財産、女と言った、奪って手に入るものを求めているだけ――単なる利害一致だ。
故にモーゼスも、彼らが使えるなら使うし、そのための采配も振るってみせるが、戦闘後の略奪や虐殺、強姦などに一切口に出さないし関わるつもりはない。
好きにしろ、それだけだ。
その言葉の通りに、モーゼス以外の六人の内、男連中は、馬車を守ろうとする美女美少女達を捕えて"好き放題”してやろうと目論んでいるわけだが。
「なんだこいつら……ッ!」
そんな邪な考えは、交戦して僅か十秒足らずで砕かれ、むしろこの場からどうやって逃げ出すかを必死に考えなければならないことになった。
レイピアやチャクラムを振るう年半ばの美少女や、エルフの美女、何故か魔物のスライムに変身する少女ら四人の練度が恐ろしく高い、あまりにも実戦慣れし過ぎているのだ。
適当に無力化したら武器を突き付け抵抗出来なくして、その場で"情事”を致すだけの相手のはずが、いつの間にか――ではなく最初からだが――命を脅かす相手になっていた。
下手に背を向けて逃げ出そうものなら、即座に攻撃魔術やチャクラムが背後から襲い掛かってくるのは火を見るより明らかだ、彼女らは既に被害を受けているのだから、背を向けた自分達をおめおめと見逃すはずがない。
「プキューッ!」
スライムに変身した少女は、振り下ろされた剣の一撃をひらりと躱す――と同時に弾丸のような体当たりを闇ギルドの冒険者の顔面にぶち込むと、
「ぶべっ ガッ」
そいつの首が、『曲がったらよくないところまで曲がった』。言うまでもない、首の骨が折れたのだ。
その光景を見た瞬間、自分が女であるが故に商隊の構成員を強姦するなど最初から考えていない、魔術師クラスの闇ギルドの女冒険者は、相手が自分達より遥かに格上であることを察し、余計な欲などかかずに早々に逃げ出す算段を立てようとしていたが、
「――シャドーボール。――シャドーボール。――シャドーボール。――シャドーボール。――シャドーボール」
相対していた女エルフの冒険者から間断無く放たれるシャドーボールが、抵抗することも逃げることも許してくれない。
魔術障壁――『マジックバリア』の展開によって闇属性のエネルギー体に肉体を破壊されることは、今のところ防げてはいるものの、何十発もののシャドーボールがマジックバリアを食い破らんと殺到してくるので、障壁の維持のためには魔力を消費し続けなければならないし、下手に動けば障壁が乱れ、そこから一気に穴を開けられる。
自身の魔力が尽きればマジックバリアもまた消失するので、そうなった瞬間多数のシャドーボールに全身をぶち抜かれる。
すると、ピタリとシャドーボールの弾幕が止んだ。どうやら、向こうの魔力が尽きる方が先だったようだ。
しめた、と女冒険者はすぐさまマジックバリアを解除、踵を返そうとしたその時、
「ごめんね?――『ネガティブバースト』」
ニッコリと――一切目の笑っていない微笑みを向けられたと思った次の瞬間、バチバチと黒紫色の光を迸らせたドーム状のソレに閉じ込められ、
「ゔ ぎ ゃ" ぁ" ぁ" ぁ" ぁ" ぁ" !?!?!?」
身体の外側は焼かれるように熱いのに、内側はひどく冷たくなっていく矛盾を感じながら――意識を手放した。
――彼らは知る由も無いが、アイリス達は商隊の護衛と言う性質上、常日頃から魔物や破落戸連中、冒険者崩れの闇ギルドの構成員とも戦っているのだ。
アイリス達としても、そう楽に御せる相手ではないが、普段の延長線上――無論、想定外なども起こり得ることは承知した上で――程度にしか捉えていない。
必要なだけの緊張はするが、必死になるような相手でもない。つまりはいつもと同じなのだ。
これまで他者を殺し、物を奪うことで食い繋いで来た彼らは、一方的に殺される痛さと怖さを存分に味わいながら、一人、また一人と息の根を止められていった。
「(これまでだな)」
手下どもが全滅したのを目視確認したモーゼスは、これ以上の戦闘継続は無意味どころか、むしろ危険であると即断し、リオの振るうロングソードを弾き返すと同時に飛び下がり、懐から拳大のそれを取り出し様に地面に投げ付けた。
ポンッと小気味良い破裂音ともに、灰色の煙を撒き散らしたそれは、煙幕だ。
踵を返すついでに後ろ目にリオの挙動を見やり、追撃してくる様子が無いことを確かめるなり、モーゼスはバスターソードを背中の鞘に納め、一目散に逃走した。
「(半分以上は勘だが、奴の【タイム連打】スキルの中身もまぁ、見えた。ゼリウスの奴に報告するには十分だろう)」
しかし、と思考を別の方向に向けて。
「(帝国と王国を戦争させるまでは分かるが、奴の本懐は見えん。奴は戦争をダシにして何をするつもりだ?)」
「おやおや、そんなに急いでどこへ行こうと言うのです?」
「ぬっ?」
聞き覚えのある声が前方から聞こえた。
進路を塞ぐように二丁拳銃を構えた、真っ赤な女――
「怪盗ハートクイーン、只今見参。……"以前”は抜かったけど、今日は逃がしませんとも」
どうやら、まだ受難は続くらしい。




