103話 母なる温もりに包まれて
夜が怖い。
何故なら眠くなって、眠れば悪夢を見るから。
悪夢の内容は様々ではあるけど、結末は大体、『自分が死ぬ』と相場が決まっている。
聖女の魔力を失って偽聖女だと断罪、処刑。
フルス殿下が婚約破棄して追放したアイリスさんこそが実は"真の本物の聖女“であったため、国の衰退を止められずに魔女として断罪、処刑。
アイリスさんが追放された先で運命の番と恋に落ちて、彼女の処遇を聞いて激怒した運命の番が御礼参りに来て殺される。
実はアイリスさんは死に戻り転生をしており、フルス殿下と自分に復讐を目論み、濡れ衣を着せ返されて断罪、処刑。
断罪、処刑、死亡の三点揃ったハッピーセットでは無くとも、断罪された後、ボロの娼館辺りに放り込まれて、ゾンビのような汚っさんにアレコレサれまくった果てに死亡。
他にもバリエーション豊富な過程と結末が用意されているのだが、最後に待っているのは死ぬこと。これだけは変わらない。
眠る度に苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いたその果てに殺されるのだ。
こんな地獄があるだろうか。
何故フルス殿下はアイリスさんに濡れ衣を着せて婚約破棄のち追放などしたのだろう。
フルス殿下がアイリスさんを追放したから、残された私はこうしていつ訪れるかも分からない死の恐怖に怯えながら過ごしているのに。
だと言うのにフルス殿下は、
「カナコ、最近あまりよく眠れていないのではないか?目の隈が濃いぞ?」
イケヅラ王子様ムーヴをキメつつ、私を気遣ってくれるのはいいのだけど。
「………………実は、あまり眠れていません」
「ベッドの寝心地が悪いのか?いやそれとも君の部屋自体に何か問題があるのか?君が眠れていないなどあってはならないことだ、今すぐに改善させよう」
ベッドの寝心地はフカフカで最高ですし、部屋は広くて綺麗で窓から見える景色も最高なんです。でもそれが理由じゃないんです。
「君の安眠を妨げる誰かがいるなら、そいつには万死を以てこの世から消そう。君の安眠と私の命なら天秤に掛ける必要もない、君の安眠の方が大切だ。君を幸せにするためなら、世界さえ動かしてみせよう」
なに、この、イケメン王子かと思ったら実は執着系だったヤンヘラ王子。その内首輪付けられてベッドに括り付けられて「君は一生私が養ってあげよう。君はただ私にされるがままでいいんだ」とか言い出すんじゃないだろうか。
悪夢のことを話せば最後、「カナコに悪夢を見せているのはアイリスか!忠義面して後宮をメチャクチャにしたあの毒婦め!兵を出せ!アイリスを捜索して連れ戻し、一族郎党まとめてカナコの前で処刑するのだ!」とかなんとか言い出しかねない。賭けてもいい。
「いえ、単に夢見が悪い日が続いているだけだと思います」
結局、こう言うしかない。
フルス殿下を刺激しないように、暴走させないように、私に必要以上に関わらせないように、当たり障りのない言葉でやり過ごすしかない。
「む、カナコがそう言うのなら信じよう。困ったことがあればいつでも何でも言ってくれ、君のためなら私は何でもしよう」
そう言い残してフルス殿下が私の寝室から出るのを確認してから、
「ハアァァァァァァァァァァ……」
深く、深ぁく溜め息をつきながら、ぼふりとベッドに倒れ込む。
食事は美味しいし、服も綺麗だし、お風呂も広いし、ベッドはフカフカ、王子はイケメン、外はいつもいい天気で空気が美味しい。
不満なんてどこにもない、数多のイセコイヲタクが夢見た、イケメン王子に溺愛される玉の輿人生バラ色まっしぐらど真ん中ストレート。
なのに、
な の に 、
「帰りたい……帰りたいよぅ……」
そんなことを呟いてしまった。
あの思い出すだけで吐き気を催す忌まわしい前世――ブラック企業で心身共に使い潰されるだけの、社畜以下の何かとして、飲み会にも合コンにもいけず、自宅と会社と閉店間際のスーパーを行き来するだけの毎日を恋しく思ってしまった。
この異世界に来てからと言うもの、自分の身の回りのこと以外、何も知らない、何も分からない、
何 も さ せ て く れ な い 。
異世界にもスマートフォンがあれば、曲がりなりにも外の情勢を知ることが出来るのに、ケータイやテレビはおろか、新聞を読むことすら出来ない。
王都の外では各地で風土悪化や異常気象が起きているらしい、までしか知らない。
怖い。
自分の身の回りの外で一体何が起きているのか、知ることも出来ない今の生活が。
――何を恐れる必要があるのだ、私の愛し子、聖女よ――
「……え?」
がばちょと上体を起こして部屋を見渡すが、誰もいない。脳内に、直接……?
――そなたの祈りにより、聖女の生きる世界は光に満ち溢れている。何をそんなにも恐れるのだ?――
感覚的にも、やっぱり頭の中に直接語りかけられているように感じる。
「あなた、は……?」
恐る恐る声をかけてみると。
――私は"聖龍“。名を『アウラオーレ』と言う。聖女よ、そなたが恐れるその理由は何だ?――
聖龍アウラオーレ。
聖龍と言うからには、聖女に深く関係するのだろうか。私の愛し子とか言ってたし。
何でもいい、吐き出す先があるなら。
「私は……何も知らない自分が怖い」
――ふむ?――
「フルス殿下が婚約破棄して追放したアイリスさんが、いつどんな手段で私を殺しに来るのか怖い」
――ほう?――
「眠る度に、悪夢の中で殺される自分が怖い……何もかもが、怖い」
――何もかもが怖い、か。ならばそなたの望みは、何だ?――
「何でもいい……今はとにかく、悪夢とか気にせず、ぐっすり寝たい、二度と起きなくていいくらい……」
――良かろう。ならば聖女よ、母なる温もりに包まれて、ゆっくりと眠るがいい――
……
…………
………………
――世界は聖女を、私の愛し子を虐げていると言うのか。世界の何が聖女を虐げているのか、確かめねばならぬな――




