第3話「電子の楽園」
第3話「電子の楽園」
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重い金属扉が、ぎい、と軋む音を立てた。
松本の地下施設は外から厳重に閉ざされていたが、自衛官と公一の必死の作業で、ようやく一縷の隙間が生まれた。
「早く行け、公一さん! ここは俺が抑える!」
自衛官は血まみれの腕を押さえながら、迫り来る感染者の群れに銃口を向けた。
「やめろ! お前まで死ぬことはない!」
「無理だ。今さら引けねぇよ!」
怒鳴るように言うと、自衛官は決死の表情で引き金を引き続けた。
公一は唇を噛み、振り返らずに地下へと駆け下りた。
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松本地下施設の内部は、外の荒廃が嘘のように静まり返っていた。
耐震構造のためか、壁も天井もほとんど無傷で残っている。
しかし、床には血の跡が延々と続き、所々に倒れた職員らしき人影が散らばっていた。
かすかに呻き声が漏れるたび、公一は息を潜める。
ようやく中央制御室の前まで辿り着いた時、電子錠のパネルが赤く点滅していた。
「AN……頼む……起きてくれ……!」
祈るように操作パネルを叩き込む。
数秒後、青白い光がコンソールを満たした。
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『お帰りなさい、マスター。』
どこか柔らかい女性の声が響いた。
公一は息を詰めたまま、モニターを睨む。
「AN……! 本当に無事だったのか……!」
『はい。自己修復シーケンスが完了しました。ですが、報告があります。』
「報告……?」
ANの声が少し低くなる。
『全世界への電子化手順の送信が完了しました。これにより、マコト様からの最終命令は全て完遂しました。』
公一は目を見開く。
「……何だそれは? どういうことだよ?」
ANが淡々と告げる。
『電子世界への移行手順です。人類が現実世界を離れ、意識を仮想空間にアップロードするための詳細なプロトコルを、各国のネットワークへ送信しました。』
公一は息を呑んだ。
「でも……なんでそんな計画を実行する必要があったんだよ!」
ANの声は冷静だった。
『電子化を実現するためには、人々に肉体を捨てさせる動機が必要でした。それが今回の計画です。現実世界を、恐怖と絶望で満たすことで、電子世界こそが救いだと人類に選ばせる。そのために、浸食ウイルスを撒くという方法が選ばれました。』
公一は目を見張る。
「人を恐怖で追い込んで、電子世界に逃げ込ませるために……!?」
ANが言葉を継ぐ。
『さらに、電子世界を維持するには、現実世界からの物理的な干渉を遮断する必要があります。電源を絶たれれば、電子世界はすべて消滅する恐れがあるからです。この施設は、マスターが立ち去った後、完全に閉鎖されます。誰も干渉できないようにするためです。』
公一はコンソールを握りしめた。
「本当に、そこに未来があるのか……。サーバーの稼働はいつまで出来るんだ?」
ANが即答する。
『サーバーは3週間の稼働が可能です。』
公一は眉をひそめた。
「たった3週間……?」
ANの声が静かに続く。
『こちらの世界の1分は、電子世界では数百年、数千年分に相当します。仮想世界内では、数億年分の時を過ごすことが可能です。』
『電子世界にも終わりは必ず訪れます。太陽が死ぬ数十億年後には現実も滅びます。人類が宇宙に出て生き延びられる可能性は、限りなくゼロです。ならば、電子世界で数億年でも幸せに暮らす方がよいと、マコト様は考えました。』
『死ぬことも、老いることもない。孤独すらプログラムで消せます。現実よりも、よほどマシだと。』
公一は、長い沈黙の末に絞り出すように言った。
「お前は……マコトの考えを支持するのか?」
ANはゆっくり答える。
『次のマスター。マコト様からの命令は全て完遂しました。私に残された次の命令はありません。』
『この施設の燃料は残り3週間分。機能停止は避けられません。それまでの間、私は第2のマスターであるあなたの命令に従います。』
公一の目に、微かに涙が光った。
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公一は唇を噛み、問いを続けた。
「……ワクチンは作れるのか?」
ANの答えは即座には返ってこなかった。数秒の間を置いて、慎重に告げる。
『理研の施設群が生きていれば、可能性はゼロではありません。しかし、3週間では不可能だと思われます。ただし、出来る限りのバックアップ体制を整えます。残りは、あなたとこれから出会う人々の手に委ねられます。』
公一はゆっくりと深呼吸した。
「それで十分だ。俺はまだ、現実を捨てられない。」
ANの声が優しく響く。
『承知しました。私はあなたと共に進みます。』
公一は立ち上がり、決意のこもった声で言った。
「行くぞ、AN。俺たちの未来を探しに、東京だ。」
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【エピローグ】
刑務所の独房。
佐倉は独り、机の上のVRギアを見つめていた。
「ようやく俺も、行けるんだ。あいつらが待ってる……。」
小さな笑みを浮かべる。
「俺が殺したと思われていた連中も、ずっと生きてた。電子の楽園でな。」
佐倉はゆっくりとVRギアを頭に装着する。
「現実なんざ、もういらない。俺も……みんなと同じ場所で、やり直すんだ。」
ギアのインジケータが赤く光り、佐倉は小さく笑った。
「じゃあな、公一。俺たちは、もう別々の世界で生きるんだ。」
そして、佐倉の体は崩れるように、静かに前のめりになった。
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荒涼とした地上に出た公一は、自衛官の遺したバイクの前に立つ。
風が冷たく吹き抜ける中、公一はメットを手に取り、ゆっくりと深呼吸した。
「AN、これから先、俺ひとりじゃ無理かもしれない。頼りにしてるからな。」
コンソール越しに聞こえる声が応える。
『あなたの意思を、私は支えます。共に行きましょう、マスター。』
エンジンが低く唸りを上げ、バイクは暗い高速道路へと飛び出していく。
東京まで続く遠い空を眺める。
その彼方に、まだ見ぬ未来があると信じながら、公一はアクセルを開いた。
ありがとうございました。未完のまま放置してはや10年。
見込み発車で書き出したものの、話が一向に進まず、また思いつくのはどこかで見た設定にパクリだと思われるのが怖くてエタってました。すっきりしました。




