第2話「崩壊の旅路」
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日本は完全に沈みかけていた。
カメ島の管制室で、薄暗いランプの光に照らされながら、公一は巨大なスクリーンを睨みつけていた。
全国のネットワークは軒並みダウンし、テレビ局は一局また一局と放送を停止。かろうじて残った無線波が、各地の混乱を断片的に伝えていた。
「こちら名古屋。自治防衛隊が議会を占拠。中央政府からの連絡は――」
「大阪中心部で暴徒化した群衆が交番を襲撃。自衛隊出動の情報も――」
耳障りな雑音が交じる報道は、同じ言葉を繰り返すばかりだった。
「とうとう、ここまで来たか……。」
スクリーンには、赤い領域がさらに拡大した世界地図が映し出されていた。
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公一は椅子に身を沈め、タバコに火をつけた。
(結局、俺が種を蒔いたせいだ……。)
そのとき、無機質な女性の声が響いた。
「マスター、日本列島の浸食率は58%。政府機能は事実上停止しています。都市部のインフラ崩壊率は72%。」
「分かってる。もう全部終わりだろうな。」
「終わりではありません。あなたには、次の計画実行義務があります。」
「義務、ね……義務ならもう十分果たしただろう。」
公一は灰を落とし、再び煙を吐き出した。
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その瞬間。
地鳴りが島全体を揺さぶった。
ガコン!という鈍い衝撃音と共に、天井から粉塵が降り注ぐ。
「警告。振幅6.4。震源、松本断層帯付近。余震の恐れあり。」
スクリーンの隅に「EMERGENCY」の赤文字が点滅した。
「やっぱり、あのとき言ってた予兆が本当だったのか……。」
「はい。松本周辺の活動域で想定以上の規模です。エマージェンシー。事前想定Planを実行してください。」
その言葉を最後に、アンの声は唐突に途絶えた。
「アン? おい……アン!!」
応答はなかった。
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発電機の警告ランプが次々に赤く点灯し、島のシステムが悲鳴を上げている。
監視パネルには赤文字が点滅していた。
「海底ケーブル系統異常。自動切り替え実行。非常用燃料残量、稼働時間:35時間。」
「……終わったな。」
修理する術はもっていない。無人島での活動の継続は困難になった。
公一は背もたれに寄りかかり、しばらく天井を見上げた。
(行くしかない。松本へ。)
再び立ち上がり、保管庫へ向かって足を向けた。
体がひどく重く感じられた。
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準備を終えた公一は島に隠していた小型ボートで神戸湾岸の倉庫へと向かった。
そこは計画実行前にいくつか用意していた隠れ家のひとつで、物資や装備を備蓄してある。
内部には小型発電機や、予備の燃料、レーション、工具、通信機材が並んでいた。
公一はコンテナの一つを開き、武器や防護服を確認する。
「問題なさそうだな……。」
彼は、自衛用に小型拳銃を腰に収めた。
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公一は倉庫を後にし、ワゴン車に飛び乗った。
神戸湾岸地区から、市内中心部をできるだけ避けるルートを選んだ。
高速道路に乗って進もうとしたが、すぐに進行方向に無数の放置車両が道を塞いでいた。
クラクションの音、怒声。周囲の混乱は想像以上だった。
「くそ……。」
高速道路を降りると、公一は慎重に路肩に車を止めた。
「邪魔にならないようにしないと……。」
鍵を抜き、車をロックする。
(いつか取りに戻れるかもしれない……。)
積んだ荷物を全部は持ちきれない。場合によっては車まで逃げ帰る必要がでるかもしれない。
彼は必要最低限の荷物を背負い、ロードバイクを引きずり出した。
「ここからは人力だ。」
そして再び北を目指して走り始めた。
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薄暗いトンネルを抜けた先で、公一は立ち止まった。
崩れかけた廃村の広場に、十数人が集まっていた。
「おい、誰か来たぞ!」
30代の父親が声を張り上げる。怯えた目をした妻と、小学生くらいの息子が男の背後に隠れていた。
他には、高校生くらいの姉妹、そして男女数名が息を潜めていた。
彼らの周囲には、自衛官と見られる制服姿の男たちが数名おり、銃を肩から提げて警戒している。
「待ってくれ! 怪しい者じゃない……!」
公一は両手を上げて近づく。男たちはすぐに武器を構えることはしなかったが、緊張を解かない。
「どこかで見たことある顔だな……。」
30代の父親が公一をまじまじと見つめた。
「俺は河野公一。研究者だ。」
その一言に、その場の空気が張り詰めた。
「……ニュースで見た。研究不正の……。」
「……ああ、俺だよ。あの報道の通り、俺が捏造したとみんな信じてる。
でも冤罪だ。誰も信じてくれなかったし、信じてくれるとも思わない。両親だって信じてくれなかった。」
公一は乾いた笑みを浮かべた。
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公一の両親が自殺したことを知っていたのか沈黙が降りる。
村人はお互いの顔を見合わせ言葉を探す。
「とにかく、腹減ってるだろ。こっち来いよ。」
30代の父親がようやく緊張を解き、広場脇の古い集会所へと誘った。
中には焚き火を囲んだ簡易の食卓があり、干した野菜やわずかな米で作った粥の匂いが漂っていた。
「どうぞ。味はそこまでよいものじゃないですが」
女性が椀によそった粥を手渡してくる。
公一は手を出しかけて、持っていたリュックを開けた。
「礼に、これを置いていくよ。」
中には軍用の保存食や調味料がいくつも詰まっていた。男たちは目を見張り、一気にざわめいた。
「おい……本物のレーションじゃねえか! どうしたんだ、こんなもん……!」
「理研の備蓄倉庫から拝借したやつだ。」
「倉庫……?」
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少しずつ話が弾むうちに、場の空気は変わっていった。
集まった人々は皆、家族や友人を失い、希望を失いかけていた。
「俺の妹が……感染して……。」
「私も旦那が……。隣に寝てたと思ったら、急に襲いかかってきて……。」
すすり泣く声が絶えず響く中、公一は自分の胸の奥に鈍い痛みを感じていた。
(俺も両親を失った。でも、それを言う資格が俺にあるのか……。)
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松本へ行くつもりだと話した公一の話を黙って聞いていた自衛官の一人がふと口を開いた。
「……お前、松本の地下にある人工知能のところへ行くつもりなんだろ?」
公一ははっと顔を上げた。
「なんで知ってる……?」
「防衛省でも話は聞いたことがある。極秘プロジェクトだ。お前みたいな人間が、あそこに何をしに行くんだ?」
焚き火の火がパチパチと弾ける音だけが響く中、公一はしばし黙り込んだ。
そして、咄嗟に嘘をついた。
「……ワクチンを作るためだ。」
その瞬間、人々の視線が一斉に公一に注がれた。
「本当か!?」「作れるんですか!?」
誰もが希望を取り戻したような目をしていた。公一は、その視線に胸が詰まった。
(嘘だ……だけど、ワクチンが作れたら、少しは……救えるのかもしれない。)
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自衛官が真剣な顔で言った。
「俺も一緒に行かせてくれ。武器もある。守る手はいる方がいい。」
公一は少し迷ったが、結局頷いた。
「……助かる。でも、ワクチンが出来るなんて保証はないぞ。」
「分かってる。でも他に賭けられるものが無いからな。」
自衛官が静かに笑みを浮かべた。
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村に残る人々には、子どもも高齢者も多かった。
「車は一台だけだし、ガソリンも心もとないんだ……。」
30代の父親が、不安げに呟く。
公一はしばらく考えた末、真剣な表情で口を開いた。
「俺が乗り捨てた車の場所も、神戸のセーフハウスも、カメ島の施設も全部ここに書いてある。どれも理研の関連施設だ。あそこはここよりはるかに物資がある。燃料も食料も揃ってる。ここにいるよりは、生活が安定するはずだ。」
公一はポケットからメモとキーを取り出すと、30代の父親に差し出した。
「これ、俺の車の鍵だ。荷物も少しは残ってる。使ってくれ。」
父親は驚いたように公一を見つめ、やがて静かに鍵を受け取った。
「……ありがとう。みんなで必ず生き延びてみせる。」
その横で、残った自衛官の一人が公一と行く自衛官に肩を叩き、言った。
「頼んだぜ。皆は俺たちが責任もって連れて行く。」
自衛官同士が短く頷き合った。
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公一と同行することになった自衛官がバイクのタンクを指差した。
「バイクに残った燃料を移し替えた。松本までは何とかなるはずだ。」
公一は小さく息を吐いた。
「ありがとう。」
公一は自衛官と共にバイクに跨った。
廃村の広場を振り返ると、灰色の空の下、避難民たちが小さな焚き火を囲んでいた。
(嘘でもいい。ワクチンが作れれば……。)
自分の罪を贖うためなのか、それとも人類のためなのか、公一にはもう分からなかった。




