第128話 解放
幸いにも、アベルの疑いはすぐに晴れた。
「⋯⋯うん。彼は嘘なんてついていないよ」
紫のウェーブが掛かったミディアムヘアの少女。彼女が着ている制服はエヴォ総合学園のものであった。
彼女こそレベル6が一人、千咲リンネ。完全催眠能力を持つ彼女はアベルにその超能力を行使し、彼の無実を証明した。
「⋯⋯ありがとうございます、チサキさん」
「いいよ」
財団施設の勾留場。無事、無実を伝えられたアベルは一安心⋯⋯する間もない。
彼に冤罪が掛けられたことは些細な問題だ。
一番、憂慮しなくてはならないことは、ミリア・アインドラの死亡である。
「⋯⋯今、アノマリーはどうなっていますか?」
アベルは近くにいた財団職員にそう訪ねた。
「世界各地の財団施設にて大規模な収容違反が発生しています。⋯⋯もはや、ヴェールは捲られた、と言わざるを得ません」
「⋯⋯分かりました。GMCもアノマリーの鎮圧に派遣します。新秩序どうこうの話じゃなくなってしまった⋯⋯考えうる限り、最悪のシナリオになった⋯⋯」
ミリア・アインドラは財団が収容する数多のアノマリーの抑制能力の源であった。彼女の存在そのものが、化物共を留めておいていた。
そんな制御装置がなくなった今、アノマリーは本来の力を取り戻した。
対策、代替があるとはいえ、ミリアの神秘には及ばない。鎮圧できなければ、その『劣化抑制装置』すら使い物にならない。
「事態の把握、それと対策会議をしなければ⋯⋯いやそれよりまずは連絡だ。評議会にこのことを伝えないと⋯⋯」
アベルは歩きながらこれからの方針について考える。
焦りが抑えられない。過去にない異常事態が発生している。アノマリーの大規模脱走など、終焉シナリオでしかない。
「⋯⋯待て。奴らはなぜ、ミリア・アインドラの命を狙えた?」
ミリアを殺した理由はアノマリーを脱走させるため。それ自体に何もおかしな点はない。
おかしいのは、それ以前。新秩序は、どうして、アノマリーを脱走させるためにミリアを殺すという手段をとった?
彼女がアノマリーの抑制装置そのものであると知っている人間は限られている。GMC側であればアベルの他には評議会のメンバーくらいだろう。財団側でも一部の上位権限職員のみのはず。
「⋯⋯内通者、は考えづらい。情報がそれに流れるとは思えない。あの場所を知っていた者が、新秩序に組みしている、情報を流している? だとすれば⋯⋯誰だ?」
対談が行われるという情報自体は、関係者であれば知ることができるはずだ。隠蔽されていた場所を知っていた存在は誰か。
逡巡の後、アベルは一つの結論を導いた。
そんな条件に該当する存在は、たった一人だ。
「──生きているのか、ギーレ」
◆◆◆
学園都市にある財団本部には、脅威となるアノマリーは収容されていない。が、その他の支部には収容されている。
同国ではあるが、学園都市とはまた別の場所。その某都市にて、ミリア・アインドラの死後数秒を経て、Alefクラスアノマリーが一体、脱走したことが確認された。
該当サイトの管理官は直ちにこれの鎮圧を命令──するも、財団エージェントが到着する前に、アノマリーの死亡が確認。
そして現場には、Alefクラスアノマリーを撃破したと思われる一人の魔術師が居た。
──各国で同時多発的に発生した大規模なアノマリーの脱走インシデント。
それは『シナリオ:捲られたヴェール』を発生させる結果となった。
それでも財団とGMCを代表とする多数の団体の協力により、インシデント発生後58時間にて、一般人への被害を出していたアノマリーの鎮圧が完了する。
そして、鎮圧に協力した全ての団体の代表者たちのリモート会議によって、これからの方針についてが纏められる。
「──インシデントの発端は、ミリア・アインドラの死亡でした」
財団の代表者として、D-3は事の経緯、そして現在の状況の再確認を行っていく。
ミリアの死亡。それはゼーレによって引き起こされたことである。
その目的は言わずもがな、ミリアの『神秘』によって抑制されていたアノマリーの脱走。
即ち、未だ続いている世界規模での混乱の誘発である。
首謀者は誰か?
「そしてこのインシデントの黒幕は、ギーレでしょう」
「ギーレ? そいつは財団の超能力者が討伐したのではないかね?」
協力団体の代表の一人の老人が、そう質問した。
これにアベルが回答する。
「はい。当初は、現場の魔力の痕跡、該当能力者の発言などから、そうだと考えられていました。しかし、更なる調査の結果、現場に未確認の大魔族相当の魔力が僅かに検出されました」
もう一度、疑いを持った上で、GMCトップクラスの術師たちによって、調査し、ようやく見つけた魔力の残滓。
それは、これまで確認されたことのなかった大魔族特有の魔力性質を持つものだった。
「現場に未確認の大魔族が居た可能性は限りなく低い。我々はその魔力反応が大魔族ギーレ本来の魔力であると断定しました」
ギーレの姿が過去に確認されたのは片手で数えられる程度。そしてその度に見た目は変わっている。
魔族の見た目が変わること自体におかしなことはない。彼らの肉体は魔力により構成されている。変更は可能だ。
しかし、魔力の質までは、変えられない。血液型を変えることが不可能であるように。
「ギーレは生存している。超能力者⋯⋯星華ミナが討伐したとされるのは、おそらくギーレの器。中身である本体は、何とかして逃げ延びたのでしょう」
聞けば、あの時、魔族や魔獣が溢れたらしい。魔力の隠密精度が高ければ、探知できなくて当然だ。
「⋯⋯オースティン統括、しかし、ギーレが黒幕であるという証拠は? 仮にかの大魔族が生きていたとして、なぜ言い切れる?」
「私とミリア・アインドラの対談が襲撃されたことが何よりもの証拠です。あの場所は財団の管轄。ギーレは財団に内通者か何かを忍ばせているのでしょう。でなければ、襲撃はありえない」
「ふむ。⋯⋯聞くが、君が裏切り者でないという証明はできるのかね? 君もあの場所を知っていた上、君だけは生き延びた」
「アリバイはありませんね。疑われても仕方ないです」
アベルはGMCの職員統括。星華ミナの誘拐事件に深く関わっていてもおかしくない立場の人間だ。疑惑の目が向けられるのも無理はない。そのことは彼自身が一番良く分かっている。
その後も情報共有や方針などについて話し合い、会議が終了したのは開始から二時間後だった。
アベルはパソコンの電源を落とし、オフィスチェアのリクライニング機能を最大限に活かす。
「⋯⋯はー。一体全体、どうすればいい?」
ギーレは生存している。
新秩序には、少なくとも特級魔詛使いが二人居る。
アノマリーは鎮圧済みとは言え、それはあくまでも居場所が特定されている個体のみ。少なくとも全体の三割ほどのアノマリーは未だ脱走している。
ギーレは色彩と協力関係を結んでいた。ゆえに、アノマリーの制御方法を確立していてもおかしくない。
頭に過るのは『終焉シナリオ』。財団が定義するところで言えば、人類の根絶エンドだろうか。
「ひとつひとつ⋯⋯解決していくしかない。だが同時に対処しなくてはならない」
また近いうちに奴らはGMCを襲撃して来るはずだ。それを迎え撃つようでは話にならない。
こちらから仕掛ける必要がある。先手を取らなくては、戦力差でジリジリと削られるだけだ。
イア・スカーレットを送り込む? それはリスクが大きい。ただでさえ、彼女はエストとの戦闘で疲弊しているし、主を失ったことによる精神的な傷が大きく、本調子には程遠い。
何より、相手がそれを想定していないとは思えない。そのためのゼーレ・アーベラインという存在だ。
「⋯⋯謁見するしか、ないというのか?」
謁見──GMCの最高決定機関である評議会との対面。
彼らが持つイア・スカーレットに単独にて匹敵する戦力の使用許可を願う。
しかしそれは即ち、なりふり構っていられない状況であると認めるものであり、そしてその戦力は『虐殺性能』に特化していると云われる。
アベルより何代も前の職員統括は、この戦力を使用したが、結果は、現場にいた全ての壊滅だった。
「いいや、最早そうならざるを得ない」
アベルは連絡を取ろうとする──その時だった。
「やーあ。職員統括殿?」
鈴のような声が、背後から聞こえた。
アベルは即座に振り返り、戦闘態勢を取る。
灰色のロングヘア。真紅の目。白を基調とし、赤い蜘蛛の糸の装飾、模様が至るところに施されたドレスを着た少女。
「魔詛使──ヴィーテ。なぜここに居る? 何が目的だ」
「外ではたーいへんなことがいーっぱい起きてたからねぇー。GMCへの侵入なんて造作もなかったよぉ」
アベルはいつでも魔術を放つことができるように、魔力を高める。隠蔽なんてする気はない。
「そんなに怖がらないでよぉ。あなたを殺すつもりならぁ、僕はとっくに殺してるんだからさぁ。僕はさぁ、協力しに来たんだぁ」
「⋯⋯は。協力? 魔詛使いの言葉なんて使用できるものか」
「僕だって世界の終わりは面白くないんだよぉ。だから今回はぁ、目的が共通している! ってことぉ! でも信用できないってのは、そうだよねぇ。じゃあさぁ、こんなのはどう?」
ヴィーテはUSBメモリをアベルに渡した。
「⋯⋯これは?」
「新秩序とギーレのメールのやり取りのログにぃ、ギーレの居場所にぃ、新秩序の拠点一覧とぉ、あとあと、構成員とか関係者の名簿表と簡単な個人情報とかぁ、使用魔術とか! 色々まとめたものぉー」
「は?」
とんでもない情報の塊を、ヴィーテは投げ渡してきたものだ。もしそれらが本当だとすれば、情報アドバンテージにおいて有利なんてものではない。
「⋯⋯お前、どうやってこれを⋯⋯」
「どうやって、って⋯⋯そりゃあGMCのデータベースで検索したら出てきた新秩序の拠点に侵入して、普通にデータ奪って帰ってきただけだよぉ? 僕の魔力隠密を舐めてもらっちゃ困るねぇ」
ヴィーテはかなりの高頻度でGMCの仕事を増やしてきた魔詛使いだが、なぜ今まで彼女の足取り一つ掴めないのか分かった気がした。
「⋯⋯で、お前は何が目的だ? まさか、本当に世界を救うためだけに協力しに来たわけ無いだろう」
「あはは。そうだねぇ⋯⋯まあ、それがウソだなんて言わないけど、ちょっとお願い聞いてほしくってさぁ」
アベルは無言で話を聞く。
「僕、魔詛使いとして今まで活動してきたけど、これおきに引退しよっかなって。だからフリーランスの魔術師として雇ってよぉ」
「⋯⋯はぁ?」
「いーじゃん別に減るもんじゃないし。人殺しの経験がある魔術師なんて珍しいわけでもないし、それに僕のやらかしてきたことなんて、別に大したことないじゃん?」
とある魔術家系の秘伝汎用術式の大公開。
魔術に関係する情報の一般公開──失敗に終わったが。
何体かの大魔族を唆し、GMCと敵対させる。
魔詛使集団同士の殺し合いを激化させる。
魔族を飼い慣らし、ヒューマンオークションに出す。
魔獣を躾け、魔詛使が運営する魔詛使いや裏社会の人間が多数参加する喧嘩賭博に出場し、観客諸共関係者を皆殺しにする。
某所に拠点を構えるマフィアを襲撃し、誰も殺さず制圧し、全員を精神病院送りにする。
とある国が持つ独自の魔術組織を壊滅寸前まで追い込み、実質的な支配権を握ろうとする。
魔術的な精神汚染能力を持つミームをGMCに送り付ける。
財団に魔術師だと身分を偽り、挑発する。
GMCに侵入し、無差別にデータを消す。
とある魔詛使集団を殺し尽くし、その生首を全てGMCに送り付ける。
魔法使いに喧嘩を売り、全ての責任をGMCに擦り付ける。
挙げればキリがないが⋯⋯
「⋯⋯⋯⋯」
「ねっ?」
「⋯⋯臨時だ。特例として、お前に臨時の魔術師免許を発行する」
「あー、その制度かぁ」
緊急事態における一般人への魔術師免許の付与。何らかの理由があって、一般人に魔道具を与える際に発行されるものだ。
「不満か?」
「無論。それとも歩合で?」
「⋯⋯わかった。ギブ&テイクだ。働き次第で掛け合おう」
『縛り』が締結された。魔詛使いとはいえ、当然、魔術には精通している。ヴィーテに抜かりはなかった。
「えー、掛け合うって。君はトップでしょぉ?」
「確かに私はGMCの職員統括だが、何でも権限を持っているわけじゃない。魔術師免許の発行の権限なんてない」
「あーあ。まあ、いいや」
ヴィーテは部屋から退出しようとする。まだ、彼女への認識は変わっていない。連絡は終わっていないから、部屋から出た瞬間に警備に捕らえられるか、警備が全滅するか。おそらく後者だろう。
しかしアベルは止めることなく、ヴィーテを見送った。そんなことはしないだろうし、する必要もないからだ。
彼女はどうやってここに来たのか、秘密を暴く気はない。
「はあ⋯⋯」
事態は最悪だ。魔詛使いに頼らないといけないくらい、追い込まれるなんてアベルは思いもしなかった。




