第127話 先手
リオ・フォーサイスを尾行していた『マナ家』の魔術師が死亡したことは即日、『マナ家』とGMC上層部に伝えられた。
その際に、学園都市の特異機関メディエイトに所属している学生も、同じくリオを尾行していたことが確認された。
これを受けて、GMC上層部は状況を把握。
そしてその日のうちに財団から連絡があり、四日後に、財団本部での対談を要求される。
GMCはこの対談に参加するよう、職員統括のアベル・オースティンと『マナ家』の現当主のケイネス・マナに伝達。両名はこれを了承した。
しかし、対談予定日の二日前。
『マナ家』の敷地内に、正体不明の魔力反応が確認される。そして、直後、家の人間が殺害される事案が発生した。
『マナ家』はGMCに救難要請を送り、正体不明の魔力反応の主に対処すべく、二級から一級含む『マナ家』の魔術師、五十四名に戦闘指示を発令。
──が、六分後に全滅する。
「────」
救難要請を受けて駆け付けたのは、ウィルムとホタル、そして他に八名の魔術師。
現場には既に生存者は居らず、ただ一人の女が立っていた。
屋敷の中庭。本来であれば色鮮やかに彩られているそこだが、今は血肉に塗れている。
女は右手に刀を握っており、もう片方の手で生首を持っていたが、丁度今、それは人工の小川に捨てられたところだ。
「お前は⋯⋯」
東洋風のアシンメトリーの衣服。刀のようなものを持ってはいるが、鞘に当たるものはないようだ。
暗い紫色の髪。黒い目は片方が隠れている。
どこか冷たい雰囲気を漂わせるその人物を、ウィルムたちは知っていた。
「⋯⋯ゼーレ・アーベライン。死んだはずの、魔詛使いで間違いないわ」
彼女はかつて、イア・スカーレットによって殺されているはずだ。
なのになぜ、ここに居る? 瓜ふたつの人間? 人造人間? はたまた、不死者?
いや、今はそんなことどうでもいい。
問題なのは、目の前にいる魔詛使いが、魔術師が──、
「避けろっ!」
ウィルムは大声で号令を出す。
相手は元特級魔術師であり、イア・スカーレットに次ぐ戦闘力の持ち主とされていた人間だ。それが本物か偽物かに限らず、まともに相手できる存在ではないことは明白。
その証拠に、大魔族とは違う、圧倒的な存在感と魔力の圧を与えてきているのだから。
「────」
しかしそんなの無駄だった。
ゼーレは一太刀、刀を振るう。それに反応できたのはたった二人。ウィルムとホタルだけは回避、ガードできたが、残りの魔術師は身体が真っ二つになって全滅した。そう、たった一撃で。
「⋯⋯ウィルム」
「⋯⋯やるしか、ないようだな」
そしてその一太刀で、逃げられないことを悟る。
──元特級魔術師、ゼーレ・アーベライン。
固有魔力の名称は『次元操術』。空間そのものに干渉することができる魔力である。
そして彼女が持つ魔道武具は『虚空』。特級に指定される空間断絶の能力を持つ刀であり、彼女の魔力を元に造られたものだ。
「──来る!」
ゼーレは構えた。そして、唐突に斬撃が飛んでくる。
魔力反応で辛うじて避けられたが、ゼーレからしてみればこんなのジャブ程度。牽制程度。これで死ぬなら相手にもならないような、ただの一撃。
それで、避けるので精一杯だった。
(何が起きた。直前まで見えなかった? 有り得ない)
恐ろしく速いだとか、それとは別だ。
刀が振るわれたのは見ることができた。だが、その直後、目前に斬撃が飛んできていた。
そもそも斬撃が飛んでいる時点で考え難いことだが、この際それは飲み込むことにする。
問題なのは、斬撃の魔力反応が一瞬途切れたことだ。
その攻撃魔術の理屈を推察する余裕もなく、ゼーレは刀をその場で何度も何度も振るう。
魔力反応が途切れ、目の前に現れる斬撃がいくつも飛来する。
詠唱を行っている時間はない。ウィルムとホタルは無詠唱魔術によって応戦せざるを得なかった。
全ての斬撃をガードもしくは回避する。が、ゼーレの姿がない。
(後ろっ!)
ホタルは木刀を創り出し、ゼーレの刀を受け止める。が、一瞬。刀は木刀をすり抜けて、ホタルの目前に迫った。
「ッ!?」
ウィルムの影がホタルの体に巻き付き、その場から離脱することでホタルは致命傷を負わなかった。
「今⋯⋯確かに受け止めたはず。なのに壊されることもなく⋯⋯」
ホタルは自身の手に持つ木刀の状態を確認する。勿論、破壊されていない。一度受け止めた時の傷を除いて、それ以上の破壊痕はない。
「初撃の飛ぶ斬撃といい、その貫通攻撃といい⋯⋯攻撃そのものがテレポートしているようだな」
ゼーレの魔力は空間を支配する。ならば、テレポートのようなことだってできるはずだ。
座標指定攻撃のようなもの。防御は実質的に不可能。少し、遅らせるだけしかできず、全ての攻撃を避けなくてはならない。
ゼーレの姿が、消える。そして目の前に再出現する。予想は合っていた。空間転移を、彼女は無詠唱によって行っているのだ。
二人がかりでゼーレの斬撃に対処する。攻撃に移れないし、魔術を使う暇もない。
(なんて速さなの! 捌ききれない⋯⋯っ!)
刺突がホタルの肩を貫く。鮮血が舞う。その一撃が、その痛みが、その衝撃が、隙となってしまった。
植物が展開されるのはゼーレが追撃を加えるより早かった。
勿論、防御のためではない。目くらましのためだ。座標指定型の攻撃だとすれば目視確認が必須のはずという、期待にかけての抗いだった。
しかしそれはあまりにも相手の練度を甘く見ている判断だと言わざるを得なかった。
「ぐっ⋯⋯!」
ホタルの胴体が斬られる。幸いにも真っ二つになることはなかったが、そうなってもおかしくないほどの出力だった。
「ちぃ──」
ウィルムにも刀が振るわれる。彼は避けることはできたが、間髪入れずに蹴りを入れられ、体制を崩す。
刀の先がウィルムの頭を狙って迫り来る。
ウィルムはそれを影を纏わせた手で受け止める。手が激痛に見舞われる。ただの刀じゃない。莫大な魔力が込められた刀身は、触れるだけでも痛みを伴う。
「お前のそのテレポート魔術、直接体内を狙うことはできないだろう! もしできるのなら、最初の一撃で仕留めなかった理由がない!」
刀の先は、ウィルムの仮面の寸前で止められている。彼はあえてこうした。
ウィルムの予測は合っている。ゼーレの空間転移魔術は、転移先を生き物の体内に指定することはできない。
だから、ゼーレがウィルムの頭に刀を突き刺すには、彼に力で勝らなければならない。
単純な魔力出力ならゼーレの方が上だが、ウィルムと彼女では基礎的な筋力差がある。圧倒的な差はそこにはない。
ゆえに、人数差が活きる。
直上、ホタルが魔術陣を展開していた。
「〈穿ち引裂く死の茨〉っ!」
ゼーレからすれば全てが予想外。必然的に、反応には遅れが生じる。
物量を捨て、魔力を一本の茨に集中させることで、ホタルは的確にゼーレだけを射抜いた。
総火力ならともかく、単発威力であればホタルが持つ魔術の中でトップの一撃。例えゼーレであろうとも、ただでは済まない。
──だが、それは当たればの話だ。
〈狭間送り〉──ゼーレの空間転移魔術である〈狭間渡り〉の応用型。接触に等しい射程距離ではあるが、自分以外の対象を強制転移させる魔術。魔術抵抗を有する対象には基本的に使うことはできないが、魔術そのものであれば可能。
それによる、攻撃魔術の転移。つまるところ、あらゆる魔術を逸らせる絶対回避の魔術。
死の茨はゼーレではなく、ウィルムを穿っていた。
「ウィルム──」
引き絞るかのような声が、ホタルの喉から出た。何せ自らの手で、自らの魔術で、戦友の体を引き裂いたのだから。
そして何の躊躇もなく、ゼーレがホタルに対して刀を振るう。二人でようやく捌けていた連撃を、たった一人で捌けるはずがない。
内なる魔法使いが、目覚めようとしていた。
──けれど、そうはならなかった。
「そこまでだ、アーベライン」
突然、空間が裂けて、そこから一人の男が現れる。
ホタルはその男を見て、目を見開いた。動揺を隠せなかった。
「⋯⋯久しぶりだな、ホタル。ウィルムは⋯⋯まあそんななりでも死なんだろ」
灰色のオールバック。碧い目をした男。白のシャツに黒のパーカー。ジーンズを穿いた、そこら辺にいそうな格好をしている男。
だがその顔。その魔力に、ホタルは見覚えがあった。
「⋯⋯サム。ずっと探していたのに。まさか、あなたが⋯⋯」
「おお、探してくれていたのか。そりゃ悪いな。⋯⋯だったら諦めてくれ。俺はGMCに戻るつもりはない」
「⋯⋯GMCに戻れなんて言わない。でも、だからといって、なんで魔詛使いなんかと一緒に居るの! 何をしようとしているの!」
「そう叫ぶなよ、キレイな顔が台無しだぜ? ホタル譲?」
「はぐらかさないで!」
サムはパーカーのポッケに両手を突っ込み、はあ、とため息を付く。
「覚えているだろ? あのときのこと。お前ら二人は俺たちを止めようとした。そしてGMCは俺たちを処分対象にした。結果、あいつは殺された。そこの影の怪物によって」
「⋯⋯⋯⋯」
「ああ、ああ。別にお前らを恨んでいるわけじゃない。客観的に見れば俺たちの方が間違っていた。お前たちは正しいことをした。⋯⋯だが」
ホタルの周りに無数の刀剣類が、銃器が、拷問器具が、突然、生成される。それはサムの固有魔力。そのニュートラル状態の能力であることをホタルは知っている。
「──俺は、それでも赦せなかった」
サムの右目が光っている。執行者として、ホタルを見定めているのだ。
しかしすぐに目の光は消える。武器も同じく消失していた。
「⋯⋯昔の好だ。今回は見逃す。しかしもう一度、俺の前に現れるのなら⋯⋯」
サムは目を細める。
「──今度は、殺す」
彼はそれだけ言って、ゼーレと一緒に次元の狭間へと消え失せた。
残ったものは、何もない。
◆◆◆
サム・ハーパーズ。
元、GMC脅威対策部門第三課の課長であり、一級魔術師であった。
しかし、十年近く前に彼はとある事件を引き起こした人物に協力したとして、魔詛使に認定される。
その後、行方不明となっていた──のは、つい二日前までの事だ。
「⋯⋯と、いうことがありました」
RDC財団の施設内部の会議室にて。
此度の対談に、財団の代表者、ミリア・アインドラとGMCの職員統括のアベル・オースティンが出席していた。
本来であればマナ家の当主も出席予だったが、今、アベルが話したインシデントに巻き込まれて死亡したため、欠席している。
「なるほど、なるほど⋯⋯まあつまり、星華ミナの誘拐事件⋯⋯魔詛使集団を利用し、それを企てたのは二日前に壊滅したばかりのマナ家と、GMCの一部の上層部だけだ、と?」
「はい。無論、それを言い訳にするつもりはありません。関係者への処分は既に決定、実行されていますし、賠償でも何でも受け入れるつもりです。ですが──」
「ああ、分かっている。私も良き隣人から何もかもを毟り取ってしまっては目覚めが悪い。幸いにも我々に人的被害はあまり出ていないし、賠償だとかは君たちの気持ち次第で構わない。⋯⋯本題はそこじゃないだろ?」
ミリアは目を細めた。
この対談は言い訳のために用意されたものではない。最初はそうだったかもしれないが、この二日間で状況は何もかもが変化した。
「──新秩序。それが彼らの組織名です」
「世界を新たに制定する⋯⋯なるほど? 君たちGMCも買っている恨みの数では私たちと大差ないのかもしれないな」
「何も言い返せませんね。⋯⋯ともあれ、彼らの目的は現GMC体制の破壊。即ち現代社会の秩序の、文字通りの破壊です」
魔族、魔獣、そして魔術を隠蔽し、影の中で戦い続ける。それがGMCの活動方針であり、ここ数百年における魔術と人間社会の最適化の結果。
「もしそれが実現すれば、少なくとも四百年は時代が戻ってしまうでしょう。かつて魔術が⋯⋯いや、魔族が一般的に認知されていた、あの古き悪しき時代へと回帰する。それだけは避けなくてはなりません」
「君がそこまで言うのであれば、新秩序はただの魔詛使集団ではなさそうだ。⋯⋯さて、どうする?」
「既に足取りは掴めています。奴らの隠れ家も。しかし、奴らはGMCと魔術師についてよく知っている⋯⋯襲撃したところで返り討ちに合うか、逃げられる。だからこそ、魔術師でないあなた方の協力を要請したい」
新秩序は対魔術師に優れている。それもそのはず。彼らの多くは元魔術師であるからだ。
しかし、であればこそ、非術師への対応能力はそれに比べ劣るというもの。
「りょーかい。じゃあアンノウンとリンネ・チサキ、あと適当な超能力者とかS.S.R.F.でも見繕うとしよう」
「感謝します、ミリア・アインドラ殿──」
──その時だった。
────突然、部屋の中、亀裂が、空中に生じる。
すぐさまミリアは臨戦態勢へと移行するが──、
「──な」
気が付けば、ミリアの心臓を刀身が貫いていた。
現れたのはゼーレだ。アベルはすぐさま救難要請の信号を発しようとする。だがそれは破壊された。
なぜ、どうして? ここへどうやって侵入した。幾重もの魔術的隠蔽措置と結界は勿論、物理的な防衛措置もしているはず。
いいや相手はゼーレだ。そんなもの真正面から突破できてもおかしくなかった。なぜそこまで想定できなかった──いやそれよりおかしな点がある。
「──なぜ、ここがわかった!?」
対談がされることは、漏れてもおかしくない。日程もそうだ。
しかし、詳細な時間と場所までは漏れるはずがない。尾行された? それもありえない。何度も確認したはずだ。
内通者がいる。アベルはこの一瞬でそう結論付けた。
だが今はそんなこと考えても意味がない。アベルに戦う術は無い。いや、正しく言えばゼーレに抗う力はない。
密会のため、漏洩防止のため、護衛は外だ。来るとしてもアベルがとっくに殺されたあとだろう。
どうすればいい。何をすれば、この状況を打破できる? アベルは思考を必死に回す⋯⋯が、その時は訪れなかった。
「⋯⋯⋯⋯」
ゼーレは、姿を消した。そこには血塗れのファイティングナイフが落ちていた。
何が目的だ。なぜ消えた。
いや、待て。
「⋯⋯クソ!」
──しばらくして、部屋内にGMC側の護衛と、そしてミリアの護衛が侵入する。
部屋の中には死亡したミリアと、アベルが居る状況。その他には誰も居ない。
即刻、アベルたちはミリアの殺人の容疑で財団職員に拘束されることになった。




