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カンガルーカップル  作者: 瀬賀 王詞
12/15

12 対決前夜

 日曜日の朝。にぎやかな小坊主たちの声で目覚めた。子どもの声で目覚めるなんて経験したことがない。正確には彼らは子どもではなく、子どものもののけで、年齢は百歳はこえるわけだが。

 深夜二時からの御祈祷は中止になった。『腹顔族』の末裔であることが明白となり、媚蓮和尚がやる気をなくした、といっていい。小坊主たちのおかげでさわやかな目覚めだったが、『腹顔族』を思い出すと憂鬱になった。もちろん、僕の肩に止まって離れないオカメインコもだ。

 朝食後、媚蓮和尚と散歩をした際に、結局高野山に向かうのがよかろうという結論になった。僕が霊力を高めるにはそれしか選択肢はない。自分の名前のルーツともいうべき場所に行くべきなんだろう。

「高野山大学の学長は友人です。高野聖さんを陰陽学の顧問として推薦いたします」

「そんな、僕は陰陽学など、素人です」

「顧問とはただの肩書きです。生徒に授業などするわけではありません。ご安心ください。あなたは顧問室を与えられるでしょう。そこで研究に没頭すればよいわけです」

「修行もですか?」

「左様ですね。比叡山にいけば、呪詛をかけた者と出くわす可能性があります。『腹顔族』復活を願う相手ですから、ある意味同胞なわけですが、高野聖さんと雪乃さんにとってこの状態は到底受け入れられませんからね。闘わざるを得ないでしょう。現代に『腹顔族』が多数存在するのも困りものですからね。高野聖さんに呪詛をかけた相手に勝る霊力がなければ、太刀打ちできないのです」

「その霊力を高野山でつければいいわけですね。しかし長い道のりですね」

 株式会社大正乳業のヒットメーカー、『オランチョ』の生みの親である高野聖はもういない。沢井祐未と平凡な家庭を夢見ていた高野聖はいない。営業部リサーチ課の美人社員、大正乳業期待の星、森下雪乃もいない。

 ふたりは戸田市の彩湖に車ごと落ちた。おそらく高野係長、もしくはタクシー運転手が警察に通報し、警察は今日当たり現場検証を始めるだろう。

 雪乃の母親や、大平さん、僕の両親にも悲しい思いをさせる。なるべくなら、その悲しみが長くならないようにしたい。おなかの雪乃も同じ想いだろう。僕は雪乃の母親にも、自分の親にも恨まれ、憎まれるだろう。それはもう割り切るしかない。

「確かに長い道のりですが・・・簡単に解決する方法が、ないわけではありません」

 媚蓮和尚がなにごとかつぶやいた。

「和尚様、なにかおっしゃいましたか?」

「もしかすると―」

「高野様!」天明さんが本堂から叫んだ。「お電話です!」

「僕に?」

「はい、高野さんを呼んでほしいと言っています」

「いるって言ったの? 天明さん」

「ひょっとして、まずかったですか?」

「いや、大丈夫だよ、出るよ」

「和尚様、ちょっと失礼」

「妙ですね・・・」雪乃がつぶやいた。 

 僕がここにいることを知る人はいない。大平さんも知らないはずだ。いったい誰なのか。

 天明さんに案内され電話が置いてある居間に入った。昔ながらの黒電話だ。受話器が置いてあるが、躊躇する。僕は受話器を取って、そのまま電話機に置いた。チンと十円玉の落ちるような音がした。きっと間違い電話かイタズラ電話だろう。部屋に帰ろうとするとまた電話が鳴る。どうあっても僕と話がしたいらしい。受話器と取る。耳に当てる。黒電話の受話器は重い。

「高野くん、だね」

 聞き覚えのある声だ・・・。

「いいえ、高野ではありませんが・・・人違いです。失礼します」

「待ちなさい高野くん! なぜわたしがそこに電話できたのか、知りたくないかね?」 

 僕と雪乃は車ごと戸田市の池に落ちて死んだのだ。兼田係長はタクシーから落ちるトヨタ2000GTを目撃し警察に通報したはずだ。池の藻屑となった僕と雪乃に手を合わせたはずだ。そして誓ったはずだ、もう二度ストーカーなどはしないと。女の子の部屋にも侵入しないと。その兼田係長からの電話だった。なぜこの豪徳寺に僕がいることを突き止めたのか? 確かにその意外な展開のわけを知りたいものだ。

「教えてくれますか」

「やあ、やはり高野くんだね。まさかとは思ったが、その声はまちがいない。きみの車は池へ落ちたんだが、そのことをきみは知ってるかね?」

「係長が話している相手は幽霊ですよ。供養してもらいに豪徳寺にきてるんです」

「そこのお寺では幽霊にも電話を取り次ぐんだね。冗談はこのくらいにして、取引の続きをしたいんだが―」

「幽霊と取引ですか?」

「ああ。わたしは人と幽霊を差別しない主義でね。幽霊の元人権も尊重したいと思ってね」

「さすがに『うんチョコ』の発案者だけあって、特異な考えをお持ちなんですね」

「高野くん、もうきみの上司ではないが、わたしをあんまり怒らせないほうがいいよ」

「幽霊の言うことです。大目に見てほしいですね。それにまだ僕は退職願を出してませんが・・・」

「今日の午後二時、新宿パークタワーに会議室を予約したよ」

「そのまえに幽霊の居所なぜわかったか教えてくれませんか。今後の参考にしますから」

「どうやらわたしにも支援者がいるらしくてね。『世田谷、豪徳寺、高野』それだけ言って電話を切ったよ。わたしのケータイを知ってるくらいだから、わたしの友人なんだろうがね」

 兼田係長の他にストーカーがいる。そういうことなのだろうか。

「係長には、その友人に心当たりはないんですか?」

「親しい友人は作らない主義だからね。会社の人間か、社員名簿を手に入れた誰かだろう。履歴があるからね、電話で聞くことはできるよ。幽霊になったきみの居場所を教えてくれたんだから、いずれお礼はするつもりだがね。きみに教えてもいいが、番号からすると公衆電話だろう」

「僕たちのパーティに参加者がひとり加わったわけですね」

「高野くん、きみもしゃれた言い方をするね。ハードボイルド小説は好きかな?」

「チャンドラーは好きではありませんが」

「新宿パークタワー、二時だ」

「行かないと言ったら?」

「きみは絶対くるよ。それに、戸田市の池に落ちた車のことはしっかり警察に連絡したよ。男女が乗っていたこともね。もうそろそろニュースでも流れるはずだよ。世間に対しては、きみの思惑どおりになっているわけだよ。恩義に感じてほしいもんだがね」

 どうあっても決着をつけないことには仕方がない。

「それは、係長にとっても好都合のはずですけどね。わかりました。恩の押し売りでも仕方なく買いますよ。僕らは幽霊なんですから、穏便に話し合いましょう」

「わたしはそのつもりだよ、元上司だしね。しかしもうひとりの招かざる客はどう出るだろうね?」

 兼田は電話を切った。ストーカーをやり込めたつもりが、新たな敵がお出ましになるという展開に多少憂鬱になる。招かざるか客は誰なのか。兼田係長の電話番号を知っているとなると会社の人間が考えられるが、係長はその声に聞き覚えがない様子だった。会社の名簿が漏れたにしても兼田係長を知る人物だ。

 兼田係長が明日のパーティの案内状を招かざる客に出すはずはないが、そいつはパーティに現れるだろう。兼田係長を尾行しているのか・・・あるいは僕の背後にいるのか・・・。

「高野さん、このまま高野山に行くわけにはいきませんか?」

「招かざる客、そいつは二人目のストーカーだよ。この場所を知っているということは、僕たちを尾行していたということだ。おそらく、本体をきみのマンションから運び出した晩、ストーカーは二人いたんだ。兼田ともうひとり。二人が組んでいる感じはしなかった。兼田はもうひとりのストーカーには気づかなかった。しかしもうひとりは兼田の存在は知っていた。僕のマンションを見張っていたのも二人だ。兼田はコンビニから、もうひとりは駐車場のどこか。トヨタ2000GTが動いたのを見て兼田はその後をタクシーで追った。もうひとりは僕に気づき霊柩車を追った」

「そのもうひとりのストーカーは、わたしたちも兼田係長も見張ってたんですね。でもどうして兼田係長にわたしたちが生きてるって教えたんでしょうか?」

「顔もわからないやつの思惑はわからないけど、考えられるのは僕と兼田とをぶつけてその間に利益を得るような・・・」

「漁夫の利・・・ですか?」

「さすが有名私立大の出だ」

「逃げるわけにはいきませんか?」雪乃がもう一度言う。

「すっぽかしを食ったストーカーふたりが、新宿パークタワーで意気投合するかもしれない。僕らへの憎しみをつまみに乾杯するんじゃないかな。それが心配なんだ。今はまだ仲間でもなく敵でもない。どちらにも転ぶだろう。彼らはいずれは敵対するが、当面の敵である僕に二人がかりでこられては不利だ。今日のパーティがどう転ぶか予想がつかないけど、少なくとも招かざる客の正体ははっきりさせたい・・・」

「和尚様や天明さんもいますしね」雪乃の言うとおりだ。

「僕たちにはこれから先とてつもない困難が待っている。これしきのことなんとかしなきゃ」

「わかりました」雪乃が同意する。

「金で見逃してくれないかな? お金なんかないけど。そうだ、お前、古文書じゃなくてお札に変身してくれないか?」

 肩から離れないオカメインコにお願いしてみた。オカメは毛づくろいに夢中だ。

 

 媚蓮和尚と天明さんに電話の内容を話した。

「そこまでして雪乃さんを手に入れようなんて、なんて浅ましい男どもでしょう・・・」

 媚蓮和尚は呆れ顔をしたあと念仏を唱えた。

「本当の雪乃さんを見てみたいなあ」天明さんが顔をゆるめる。「よっぽど美しいんでしょうね」

「天明!」和尚がたしなめた。

「行って、決着を着けて来ます」僕は言った。

「あなたの代わりに天明を行かせることもできますよ」和尚が言う。

「しかし顔が・・・」

「天明は変身もできます」

「そうなんですか? なんでもできるんですね」一家にひとり天明さんのようなもののけがいてほしいものだ。「それなら、そうしてもらおうかな?」

「ただし三分だけです」天明さんが左手の指を三本立てる。

「ウルトラマンかよ! それじゃ無理だ」

「三分ごとに変身しなおせばもちますが・・・」天明さんがアピールする。

「とにかく天明も行かせましょう・・・」そう言って和尚は庭の方を見た。

「心強いですね」雪乃の言葉に天明さんは顔を赤らめた。

 そんな天明さんを和尚は目でたしなめながら言った。

「それが終わったら、すぐに高野山に向かったほうがようございましょうね。欲心のぶつかり合いですから、流血は避けられないでしょうから・・・」

「話し合いで解決します―」雪乃が語気を強めた。

「そう願いましょう」

 和尚はため息まじりに言うと、庭に出た。


 三人の小坊主のおかげでランチも豪華だった。ただし食べすぎないないように注意した。葬儀屋から借りたという霊柩車がまだお寺にあった。それで行くものと勝手に思い込んでいたが、旅支度をして本堂から庭を見ると日産ブルーバードダットサンがある。かなり古い。

「和尚様、この車は・・・」

「じつはこれももののけでございます。昨日天明が池に落としたトヨタ2000GT、あれにとりついておりましたもののけが昨夜帰ってきたようですが、今度はどこかでこの車にとりついたようでございます」

「知りませんでした。しゃべらないもののけなんですか?」

「人間の使う道具、『物』は長い時を経てもののけやあやかしになるんですが、人間にこき使われた分恨みをもって人間に悪さをするもののけが多数おります。しかし人間に憧れ、人の姿になるもののけもいます。ここにいる天命や小坊主たちのように。ごくたまにですが、物に憧れて物になるもののけがいるわけです。あくまで物ですからしゃべりませんが、意思はあります」

「わかりました。よろしくお願いするよ、ブルーバードダットサンくん。かっこいい車に乗れてうれしいな」

「おべんちゃらを極端に嫌いますからほどほどに」和尚が助言する。

 雪乃の本体は後部差席に寝かせ、サングラスをかけた。午後一時前に豪徳寺を出た。僕の肩にはオカメインコが乗っている。雪乃と僕に新しい仲間が加わった。

「オカメちゃんの名前を考えてあげましょうね」と雪乃が言った。

 するとブルーバードダットサンがエンジン音を上げてドリフト走行をする。どうやらブルーバードダットサンも僕らの仲間に入りたいらしい。

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