11 腹顔族の存在
豪徳寺に着いたのは八時半。三人の小坊主が迎えてくれた。
「遅かったね、ヒジリ様」珠姫が僕の手を取って振り回す。
急に子どもがほしくなった。
「食事の用意が整っております、ヒジリ様」道元がかしこまる。
「ヒジリはやめてほしいね」
「そんなら雪乃様を見せてー」一休は僕のおなかを覗く。
「みんな、こんばんは」雪乃は笑顔を見せた。
媚蓮和尚は本堂にいた。読経をしている。
「先に食事をどうぞって、和尚様がおっしゃってたよ」一休が笑みを見せる。
「お言葉に甘えようかな」僕は球姫に手を引かれたがその力の強いこと・・・。
最初通された居間に食事が整えてあった。豪華だった。テーブルいっぱいに料理が並んでいる。誰が調理したのだろう。
「これはきみたちが?」
「はい!」元気のある声で三人が答えた。
「上手だね、すごい料理じゃないか」
「調達してきたんだ」一休がかわいいドヤ顔を浮かべる。
「調達?」
「僕たち、いろんなとこに行けるから。料亭から無理やりお布施をいただいてきたの」
「いつもじゃないよ、こんなことするの。お客様があるときだけ」道元が言い訳をする。
「なるほど。割烹とかの料理か。茶碗蒸しもある」
「食べたいものがあったら言ってね」珠姫がイセエビの味噌汁をもってきた。
久しぶりのごちそうに我を忘れて食べる。雪乃には三人の小坊主が食べさせた。雪乃の口には三つのお箸が差し出されるから、雪乃は食べるのに必死だ。
食べ終えたころに天明さんが帰った。
「高野様、無事終了しました」天明さんは必殺仕事人よろしく片膝をついた。
「ご苦労様。ケガはないかい?」
「高野様、またご冗談を・・・本体がないようですが、まだ車の中ですか?」
「忘れてた!」
「お連れします」天明さんは立ち上がった。
もののけだから疲れ知らずだろうが、天明さんにすまない気持ちになった。あんなに従順で働き者のもののけがいたら、生活はどんなに楽だろう。天明さんが千人いたら世界征服も夢ではないのかもしれない。
のっぺらぼうがきたあ、と小坊主たちも駆けていった。
「落ち着きましたか?」媚蓮和尚が部屋に入ってきた。
満腹で動けない僕は、立ち上がることもできなかった。
「いいんですよ、そのままで。ゆっくりなさってください」
「和尚様、こんばんは」雪乃はげっぷを我慢している。
「雪乃さん、こんばんは。おなかいっぱい食べましたか?」
「はい、おいしかった、です・・・」
「地獄から天国ですよ」おなかをさすることができない僕は、横腹を撫で回した。
「この一週間、なにがなんだかわかりません」
「ふつうでは耐えられませんよ。あなた様だからです」
和尚は自分で茶を注いで飲んだ。
「和尚様や、天明さん、小坊主さんたちに会って気持ちも和らぎました」
「人間の世界は大変です。わたくしも街頭で易者をして、その世界を垣間見てきましたが、喜怒哀楽の感情に縛られて、生きることそのものを楽しめていないようですね。もののけは、喜怒哀楽、感情に縛られませんからいつでも陽気なんですよ。わたくしも、百近いですから、もののけみたいなものです」
「もののけは、本来は人間にとりついて悪さをするものでは?」
「左様です。とりつくといっても、悪い人間にとりつくのであって、もののけや、あやかしにとっては、ちょっとした悪戯なんですよ。もちろん、人間と同様個性がありますから、いろんなもののけ、あやかしがいますがね。天明などは、この寺の住職に何百年も仕えてますから、人に忠実なんですよ。さて、高野様にひとつ話しておきたい議がございました。もし、お立ちになられましたら、こちらへ」
満腹のおなかを抱えて和尚のあとに続く。和室だから立つとき雪乃を圧迫しないように注意した。和尚は本堂に入った。
「午前中、古井の葬儀を執り行いました。こちらにお骨がございます。よろしければ、手を合わせていただけますか?」
「もちろんですよ。そうですか。今日でしたか。どうも、自分のことで精一杯なもんですから・・・」
僕は腰を下ろし、ご焼香して念仏を唱えた。昨日と同じく風が吹き、口笛のような音を立てた。
本堂から離れた御蔵に和尚は入った。御蔵には地下があり、古書が整然と本棚に並べられている。その一角に机がある。
「そちらに椅子にお座りになってください」
和尚は自分の背丈ほどの椅子に飛び乗った。机の上の古文書をゆっくりと開く。
「まずはお詫びいたします」
「お詫びなんて。媚蓮和尚には大きな恩義を感じています」
「わたくしの御祈祷が無力なために、あなた様にご迷惑をお掛けしております」
「そんなことはありませんよ。これほどまでにしていただいて、感謝の気持ちでいっぱいです」
「今回の御祈祷は、段階で申しますとかなりのものでして、わたくしも全霊をおかけしたわけですが、なんの効力もなく、誠に不甲斐なく思う次第でございます」
「今夜の御祈祷、よろしくお願いいたします」僕と雪乃は頭を下げた。
「もちろん、最大限のことはさせていただきます。それで、申し上げておきたい議というのは、こちらの古文書でございます。気になる言葉がございまして・・・」
「気になる言葉?」
「昔、わたくしの若いときに一度だけ耳にしました」
「媚蓮和尚はどちらで御修行を?」
「高野山でございます」
「愚問、でしたかね? 僕、高野聖によくしていただいているわけですから」
「もしやと思い調べてみました。ここを御覧ください」
和尚がよく伸びた爪で指差す。そこには文字らしい表記があるが、読める代物ではなかった。
「なんと書いてあるんですか?」
「これが、『腹』、これが『顔』、そしてこれが『族』」
「『腹』に『顔』に『族』ですか。続けて読むと『腹顔族』。読みは『ふく、がん、ぞく』でいいんですか?」
「はい。『ふくがんぞく』でございます」
「和尚様。これは呼んで字のごとく、の意味なんですか?」雪乃が尋ねる。
「そうです。そのままです・・・」
「和尚様。これは、もしかすると、わたしたちのことでしょうか?」雪乃が声を震わせる。
「それは、わかりません。『腹顔族』が何であるか、記録は残っておりません」
「『族』ということは・・・何人かいるということだ・・・」
「言い伝えでは、比叡山焼き討ちのとき犠牲になった高野聖とは、この『腹顔族』であったと・・・」
「織田信長の比叡山焼き討ち・・・」僕はつぶやいた。
「『腹顔族』はあくまで言い伝え、噂に近いものなのです。高野聖さんと雪乃さんのお姿を見て、実際存在したのであれば、そのようなお姿かと、想像してしまいましてね。御祈祷が効かないとなれば、そちらの可能性もあると考えました」
「そちらの可能性? つまり・・・」僕は考えた。しかしそれはあまりにも恐ろしい結論だ。
「高野聖さんと雪乃さんが、『腹顔族』の末裔である可能性、でございます」
「『腹顔族』の末裔? 子孫ということですか?」
「腹顔族復活の呪詛がかけられたとすると、わたくしの手には負えないのでございます」
「媚蓮和尚に見捨てられたら、僕たちはどうしようもない」僕らは落胆した。
「お見捨てはしませんよ。わたくしは命をかけても、あなた様をお守りいたします。ただ、わたくしだけの力では・・・」
「誰の力が必要なんですか?」
「高野聖さんであれば、おわかりでしょう」
おなかに雪乃の涙が落ちた。『腹顔族』にショックを受けている。
「高野山ですか? 比叡山ですか?」沈痛な思いで僕は訊いた。
「高野山? 比叡山?」
「どちらのご住職でしょうか?」
「高野聖さん、どちらのご住職でもございません。今や名を成した寺院には、よき僧はおりませぬ。昔の高野聖そのものでございます・・・」
「―というと・・・。媚蓮和尚、あまり僕を買いかぶらないでほしいんですが・・・こちらの雪乃さんは某有名私立大の出身です」
「高野さんもわたしをあまり買いかぶらないでくださいね」
「ごめんなさい・・・。叱られたのは二回目だ」
「サトシさんご自身のお力、ということでしょうか? 和尚様」雪乃が言う。
「買いかぶっていいようですよ、雪乃さん」
「僕の―力?」僕は語尾を弱々しく上げた。
「申し上げたように、高野聖さんには強い神気がございます。だから雪乃さんの顔が張り付く事態にもなりました。高野聖さんが修行などをなさいまして、その霊力を高めますれば、ご自身の御祈祷によって元に戻すということも考えられます」
媚蓮和尚は古文書を閉じた。
「修行か・・・得意分野ではありませんね」僕は大きく息を吸った。
「もちろん、高野山、比叡山にも高僧はいるでしょう。他力本願でも解決できるかもしれません。方法は一つとは限りませんからね。わたくしの意見としては、高野聖さん自身のお力で解決していただきとうございます」
「媚蓮和尚には妙に期待されてるなあ。でも修行するとなれば何年もかかる。それまで僕たちはこうしているのかな? 『腹顔族』のままで・・・」
「『腹顔族』復活の呪詛だとすると、呪詛をかけた者を退治することで、呪詛は解かれます」
「そっちもたいへんなことだよ。しかし僕たちが『腹顔族』と決まったわけじゃない、ねえ和尚様」
「かぎりなくそちらに近い部類でございます」
「マジかよ・・・」
僕は何気なく古文書に手が触れた。すると、古文書が鳥のように羽ばたき、部屋を一周したかと思うと、やがてぴたりと僕の肩に止まった。それは鳥そのものだった。「古文書が、鳥に変身したよ!」僕は言った。
鳥を手に乗せて雪乃に見せた。
「インコですね。 これは、オカメインコです・・・」雪乃が言う。「かわいい!」
「媚蓮和尚、解説してもらえますか?」
「ここにある古文書はほとんどが鳥です」
和尚がそう言うとそれを証明するかのように、棚に積まれた古文書は一斉に鳴きだしたり、飛び回ったりした。図書館が一気に動物園になった。飛び散る羽を払いのける。
「わかりました、わかりました!」僕が怒鳴ると鳥たちは古文書に戻った。
「それで和尚、一羽だけ元に戻らないこのオカメインコは、どういうことでしょう?」
「あなた様にお仕えしたいのでしょう。その古文書には『腹顔族』についての記述がございますから、解読して、読んでほしいのでしょう」
「つまり、それは・・・」
「あなた様方は間違いなく『腹顔族』の末裔ということです・・・『腹踊り』をご存知でしょう?」
「ええ、見たことありますね」
「北海道富良野では『へそ祭り』といいます。宴会芸にもなっている『腹踊り』は、『腹顔族』が実在したことを証明するものだという説があります」
遠慮したいところだ。そんなわけのわからない部族の末裔なんて。僕はオカメインコとやらを追い払う。頭にはたてがみがあって、顔の左右に頬紅がある。オカメじゃなくオカマインコじゃないか? オカメインコは飛んだがまた僕の肩に戻ってきて、耳たぶをつっつく。
「イタタッ! やめてくれ」
にぎやかな笑い声がした。三人の小坊主たちがいつのまにか現れて笑い転げている。
「ヒジリちゃま。のっぺら様を部屋にお連れしました」珠姫がふざける。
「ヒジリちゃまもやめてくれ。雪乃・・・きみまで笑うことないだろ」




