迷惑と面倒事 10
「…いや、だから俺は…その…そういう趣味の持ち主とかじゃなくて……」
「でも、昨日は、無理矢理…男子同士なのに…」
「それは、その、自我を失っていたというか…とにかく、そういう趣味はない。信じてくれ!」
必死で弁明する西村の声が、生徒会室の戸を越えて、廊下にいる霧矢の耳にまで入ってきていた。少なくとも、魔族について伏せながら、相手に満足のいく回答ができるかと問われたら、十人中十人が無理だと答えるだろう。
「お待たせ。用事は済んだぞ」
ガラリと生徒会室の戸を開け、霧矢は中に入る。困り果てた西村と、奇人変人の類を見るような顔をしている時雨が机を挟んで向かい合っていた。
「……あの…さっきは、助けてくれてありがとう」
霧矢を見て、時雨は嬉しそうな表情になる。霧矢は戸を閉めると、椅子に腰かけた。
「…さて、大体の事情は聞き取り調査をしてきたからわかってる。まあ、あんな目に毎日遭ってたら、日常をぶち壊したくなるのもわからなくもないけどな」
「……例のこと、話してくれる気になった?」
自分に同情するくらいなら、さっさと話せということだろう。西村も含めて「例のこと」が何を意味するのかはここにいる全員が理解している。問題はそれを話すかどうかだ。
「……本当に知っても後悔しないんだな?」
霧矢の言葉に、西村は振り向く。霧矢の言った言葉が信じられないといった表情だった。魔族について人に話すなど、昨日までの霧矢からは想像もつかなかったのだろう。
「おい、三条。本気で話す気か? 昨日、軽々しく人に話すなって言っていたのはお前だろう」
「……知ったとしても安全な話にとどめる。神田先輩レベルの理解でいい」
「俺としては、あんまり賛成できないんだが……それに、もう昼休みも終わりかけてるぞ」
西村は生徒会室にある時計を指さす。残り時間はほとんどなく、説明するには短すぎる。
「…放課後は…ダメだな」
「どうして? 忙しいの?」
霧矢はポケットからカードを取り出す。光ったカードは剣に変わる。西村は呆れた表情を浮かべた。時雨の前で堂々とマジックカードの発動を見せた霧矢は、取り出した剣を大きくブオンと振り回すと、切っ先を西村に向けて剣を構える。
「お…おい…何で俺に剣を向けるんだよ…」
「何となく。でも、僕は放課後に会長と約束があるからな……剣の訓練という……」
「生徒会長も『例のこと』について知っているの?」
霧矢が剣を下ろすと、西村は観念したとばかりに、生徒会メンバーは全員知っていることを時雨に明かした。霧矢は剣を再びカードに戻すと、ポケットにしまった。
「まあ、見ての通り、超能力とか魔法とか、そういうものは実在してました、ということだ。今の剣もそうだし、魔族とか魔法薬とかもそう。これで気が済んだか?」
「……よくわかんない」
「だろうな」
霧矢と西村は顔を合わせるとうなずく。霧矢もこれだけで納得するとは最初から思ってはいなかった。もっと詳しく説明する必要があるのだが、それをするだけの時間はない。
「……来週の月曜日、昼休み、生徒会室まで来てくれるか?」
「うん! 楽しみにしてる」
初めて時雨の浮かべた笑顔に、霧矢も西村も少し安らいだ気分になる。心に傷を負っていても、笑うことはできるようだ。ユリアのように常に光のない目を浮かべ、まったく表情が変わらないという状態ではない分、救いようはいくらでもある。
「じゃあ、今日はここで終わりだ。来週、また話そうぜ」
西村がそう告げると、時雨は生徒会室の戸を開け、二人に笑いかけると歩き去った。残された二人はお互いに向かい合って苦笑いを浮かべた。
「さて、これで後戻りはできなくなった。中里も、僕らと同じ魔族という秘密を共有することになるわけだが…」
「……残念なことに、あいつを取り巻く環境を何とかするのは、また別の問題という…」
西村は険しい表情で壁を軽く蹴った。霧矢も目を閉じると先ほどの晴代の言葉を思い出す。
「まあ、この土日でどうするか考えておこう。お前、明日か明後日、予定空いてるか?」
「両方とも暇だ。お前の家にでも行けばいいのか?」
「頼むぜ」




