迷惑と面倒事 11
復調園調剤薬局の戸が開くと、霜華の目は丸くなった。マフラーを巻いた少年が立っていた。
「…護君、珍しいね。どうしたの?」
雨野護はカウンターに処方箋を置く。霜華は受け取ると、リストの薬を取り出していく。
「風邪引いちゃいました。やっぱり、何だかんだで僕も体力が弱ってるみたいです」
「…ユリアの様子はどう、相変わらず?」
熱っぽいのか顔を赤らめている護は、黙ったまま首をゆっくりと横に振った。
「……やっぱり、そう簡単に何とかなるものじゃないかあ……」
「でも、それなりに、体を動かすことは多くなってきてます。家の中をよく歩き回っていますし、たまに散歩にも」
寂しそうに笑うと、護はソファーに腰掛ける。
「お茶でも飲んでいく?」
「ありがとうございます。やっぱり、熱が出てると汗をかくんで、のども結構乾いたり…」
半雪女である霜華は、風邪を引いたことはない。そのかわり、熱中症や日射病には割とかかりやすいのだが、寒さによって抵抗力が下がることはないため、護と普通に話しても、風邪をうつされる心配はない。
「会長さんとは、私は最近会ってないんだけど、どう?」
「まあ、元気。信じられないほどの体力の持ち主だから、風邪を引いたりはしないです」
「…まあ、信じられないほどの体力の持ち主ってのは、納得だけどね」
霜華は苦笑いする。雨野の体力が尋常ではないことは、霜華も嫌と言うほど知っていた。
「護君が目を覚ます前に、会長さんとちょっと戦ってみたことがあるんだけど、二対一なのに見事にやられちゃったからね。霧君が恐れていた理由がはっきりあの時にわかったけど」
「…でも、僕が気を失う前は、姉さんはそれほど強いわけじゃなかったんですよ」
「そうなんだ…私はてっきり、昔からあんなに強かったのかと……」
「…僕も、どうして姉さんがあんなに強くなったのかわからないんです。強くなる必要なんてなかったと思うんですが……」
護は咳き込むとお茶を口に含む。湯飲みを手で回しながら、護は店の中を見回した。
「霧矢さんは最近どうですか? 休日にうちに来ることは少なくなったので、どうしてるのかわからないですけど、性格的に、無理なことをしてそうな気がするんで……」
「…まあ、会長さんと訓練してるくらいだからね…体にあざを作ってることは多いみたいだよ」
霧矢は弱音を吐いたりすることは少ないが、最近は体を動かすたびにしかめ面をしていることが多い。無理なレベルの訓練をしているわけではなさそうだが、一定の負荷が体にかかっているのは事実だろうと霜華は思う。
「……そこまでしてでも、霧矢さんは強くなりたいということかな。僕にはまねできない」
「ユリアを助けるために、拳銃を持った男に突っ込んだのに? 君だっておんなじだよ」
「…あの時は、ただ単に感情が先に出ただけで……強い意志があったわけじゃ…」
「そんなのは関係ないよ。誰だって大切な人がいるなら強くなれる。ただ、その強さをどう生かすかが大切なだけであって」
守るための力のベクトルを誤った方向に向けたのが、かつての霜華だった。
「力を得るだけなら、意外と簡単。護君だって、ユリアと契約したことで、常人よりも数倍強くなってるはずだし、契約異能で力の維持だって簡単にできる。問題は、その力を正しく使えるか。私はそう思うんだ」
なるほどといった面持ちで護はうなずく。
「でも、僕はやっぱり、弱い。姉さんや霧矢さんを見てるとそう思うんです。戦うことだけが力じゃないとはわかってるんですけど、そっちの面でも、やっぱり自分は弱いって思わずにはいられないというか、情けない感じがするんです」
今のユリアの状況を指してそう言っているのだろうと、霜華はすぐに気付いた。助け出してからほぼ一か月が経とうとしているのに、一言も発することができない状況は続いていた。それを見て、自分がいかに無力かと感じたとしても不思議なことではない。
「それに、僕が姉さんに迷惑をかけ続けてることを考えると、やっぱり……」
「迷惑?」
「今日の風邪にしてもそうだし、僕が倒れてから、親も仲が悪くなってしまったみたいで…」
霜華は首を傾げる。有島から両親は別居していることは聞いていたが、護が原因だなんてことは聞いていなかった。
「考え過ぎだよ。単にタイミングが悪かっただけじゃないの」
「姉さんもそう言っているんですが、僕、こっそり姉さんの古い日記を読んだんですよ。もともと、親はあんまり仲が良くなかったんですけど、僕が倒れた日から、急にひどくなっていったらしいんです。そう読み取れた……」
護が両親の不和を食い止める最後の砦だったのだろう。それが崩れてしまい、完全に駄目になったと考えるのが自然だった。
「…それを考えると、僕は姉さんにとんでもない迷惑をかけてしまったんじゃないかって…」
護の表情が急激に暗くなる。おそらく、風邪を引いたのは気に病み過ぎたせいで体を弱らせてしまったからではないのだろうかなどとも思える。
「確かに、会長さんにとっては迷惑だったのかもしれない。でも、迷惑ではあっても、会長さんは構わないと思っているんじゃないの?」
「え……」
「弟や妹が兄や姉に迷惑をかけることなんて、別に珍しいことじゃないし、当然に起こる。それを笑って許してくれるのが、会長さんだと思うけど、違う?」
「あ…」
霜華の笑顔に、護は返す言葉が見つからず、黙っていた。
「私も姉として、風華が私に迷惑をかけたとしても、笑って許せるようになりたいと思ってる。それがお姉さんとしてのあるべき姿じゃないか、ってね」
「……はい」
「だから、護君もそんなに気に病まなくてもいいんだよ」
護は表情を綻ばせると、お茶に口をつけた。
さっさと風邪を治して、姉を安心させなければと護は思った。自分が気を失っていた時も、きっと姉はそう思っていたのだろうから。
弟の健康こそが大切だと。




