第9話 北の街で冒険者たちの毒を【肩代わり】した僕、A級ボスの毒蛇を素手で投げ飛ばして【万毒を背負う者】に! 一方、聖女は勇者を魔物に食わせては治療して笑った夜を思い出し、僕を守れなかったと泣いていた
家の修理が終わった!
「やったあ! これでもう雨漏りしないね!」
僕は屋根から降りて、自分の家を見上げた。昨日、【鉄喰いの大坑道】で荷物持ちの仕事をして、たくさんお金をもらえたんだ。そのお金で木の板や釘を買って、朝から家を直していた。壁の穴もふさいだし、屋根の古い板も取り替えた。これで雨が降っても安心だね。
「うんうん。いい感じだ!」
僕は満足してうなずいた。でも、家の中にはまだ直したいところがある。古い家具も買い替えたいし、畑で使う道具も欲しい。
そうなると、もう少しお金を稼がないとね。
「よし! 今日も荷物持ちの仕事を探そう!」
僕は兄さんのお守りを首にかけて、町の冒険者ギルドへ向かった。冒険者ギルドに入ると、受付の女性が僕を見て笑った。
「あっ! 昨日の荷物持ちさん!」
「こんにちは! また仕事を探しに来たよ!」
「ちょうどよかったです。実は、北の街で冒険者の救助隊を募集しているんです」
「救助隊?」
「はい。【紫毒の地下湖】というダンジョンで、大勢の冒険者が帰ってこなくなったそうです」
「ええっ! それは大変だね!」
帰ってこないなんて、心配だ。ダンジョンには危険な魔物がたくさんいるからね。
「救助隊には荷物を運ぶ人も必要でしょうか?」
「ええ。食料や水、治療道具を運ぶ人が足りないそうです。ただ、非常に危険な場所ですので……」
「だったら、僕が行くよ!」
「本当によろしいんですか?」
「うん! 荷物持ちなら得意だし、困っている人がいるなら助けたいからね!」
受付の女性は少し驚いた顔をしたあと、優しく笑ってくれた。
「ありがとうございます。では、北の街に向かう救助隊をご紹介しますね」
「ありがとう!」
こうして僕は、北の街へ向かうことになった。
北の街は、山に囲まれた大きな街だった。石で作られた建物がたくさん並び、広い道を馬車が走っている。
「うわあ! 大きな街だね!」
僕は救助隊のみんなと一緒に、冒険者ギルドへ向かった。そこには、何人もの冒険者が集まっていた。みんな難しい顔をしている。
「状況はどうなっている?」
救助隊の隊長が尋ねると、受付の男性が首を振った。
「よくありません。すでに3つのパーティーが戻ってきていません。救助に向かった冒険者も、途中で毒に倒れたと思われます」
「毒か……」
「はい。湖の奥にはA級の魔物がいると考えられています」
A級かあ。そういえば、昨日のガルドーンもA級だったね。あの魔物は牙が折れちゃったけど、今日の魔物は大丈夫かな。
「みんな、毒の薬は持ってる?」
僕が聞くと、隊長がうなずいた。
「持っているが、数には限りがある。全員を助けられるかどうか……」
「そっかあ。それなら僕も頑張らないとね!」
「お前、怖くないのか?」
「うん! 困っている人を助けられるなら嬉しいよ!」
隊長は僕の顔をじっと見つめた。
「……変わった荷物持ちだな」
あれ? 昨日も同じことを言われた気がする。荷物持ちって、そんなに変わっているのかなあ。
【紫毒の地下湖】は、山の下に広がる大きな洞窟だった。
中に入ると、ひんやりした空気が顔に当たる。少し進んだところで、紫色の水が見えてきた。
「うわあ! きれいな色だね!」
「近づくな! あれは毒の水だ!」
「えっ!? そうなの!?」
危ない危ない。もう少しで触るところだったよ。湖の上には、紫色の霧が広がっていた。救助隊のみんなは口元を布で隠している。僕も布を渡されたので、口に巻いた。
「これで大丈夫かな?」
「長く吸えば布があっても危険だ。急ぐぞ」
「うん!」
僕はみんなの荷物を背負って歩いた。しばらく進むと、前の方から苦しそうな声が聞こえてきた。
「ううっ……!」
「あれ? 誰かいる!」
僕は声のした方へ走った。岩のそばに、冒険者たちが倒れていた。男の人も女の人もいる。みんな顔色が悪く、苦しそうに息をしていた。
「大丈夫!?」
僕は近くの男の人に声をかけた。
「に、逃げろ……。毒が……」
「毒?」
「体が……動かねえ……!」
男の人の手は紫色になっていた。周りの人たちも同じだ。
「大変だ! すぐ助けるね!」
僕は男の人の手を握った。
「【肩代わり】!」
体が少し温かくなった。でも、それ以外は何も起こらない。
「あれ? やっぱり平気だ!」
男の人の手から、紫色が消えていく。
「……え?」
男の人が目を開けた。
「あ、あれ……? 苦しくない……?」
「よかった! ちゃんと治ったね!」
「な、何をしたんだ!?」
「毒を肩代わりしたんだよ!」
「毒を……肩代わり?」
「うん! もう大丈夫だからね!」
僕が笑うと、男の人は僕の腕を見た。昔から残っている傷が、服の袖から見えていた。
「お、お前……そんな傷だらけの体で……!」
「この傷は昔のだから気にしなくていいよ!」
それより、ほかの人も助けないとね。
「よし! みんなの毒も引き受けよう!」
僕は倒れている冒険者たちのそばへ走った。1人ずつ手を握って、【肩代わり】を使っていく。すると、みんなの顔色が少しずつよくなった。
「おおっ! 助かったぞ!」
「息ができる……!」
「毒が消えた!?」
よかった! これなら全員を連れて帰れそうだね。ところが、救助隊の人たちは僕を見て固まっていた。
「お、おい……。お前、何人分の毒を引き受けたんだ?」
「えっと……。まだ数えてないや!」
「大丈夫なのか!?」
「うん! 全然苦しくないよ!」
「そんな馬鹿な……!」
隊長が頭を抱えてしまった。
あれ? 昨日も似たようなことがあったような。
僕が首をかしげていると、湖の方から大きな音が聞こえた。
ザバアアッ!
「うわあっ!?」
紫色の水が高く跳ね上がった。湖の中から、とんでもなく大きな蛇が出てきたんだ。太い体に、紫色の鱗。頭には王冠みたいな大きな角が生えている。
「うわあ! 大きな蛇だね!」
「まずい! 毒冠蛇ヴェレミアだ!」
隊長が叫んだ。
「A級のダンジョンボスだ! 全員、下がれ!」
「へえ! この子がボスなんだ!」
昨日のガルドーンも大きかったけど、この蛇もすごく大きい。体が長すぎて、どこまで続いているのか分からないくらいだ。
「シャアアアアッ!」
ヴェレミアが大きな口を開いた。すると、紫色の霧が一気に広がった。
「ぐああっ!」
「毒だ! 逃げろ!」
冒険者たちが次々に倒れた。さっき助けた人たちまで、また苦しそうにしている。
「あっ! また毒だ!」
僕は急いで【肩代わり】を使った。みんなの毒が、僕に移ってくる。でも、やっぱり何ともなかった。
「よかった! 毒も効かなくなってるんだね!」
勇者に殴ってもらってから、本当にいいことばかりだ。
ヴェズドのおかげだね!
「おい! もうやめろ!」
隊長が叫んだ。
「あんまり毒を引き受けたら、お前が死んじまうぞ!」
「大丈夫だよ! 僕、元気だから!」
「そんな顔で笑うな! お前は自分の命が惜しくないのか!?」
「えっ? 命?」
もちろん、長生きしたいよ。兄さんのお守りも直せたし、これから楽しいことがいっぱいあるんだから。
「僕も元気でいたいよ! でも、みんなも元気な方が嬉しいからね!」
「……っ!」
隊長は何か言おうとしたけど、口を閉じてしまった。そのとき、ヴェレミアが尻尾を振り上げた。狙っているのは、地面に倒れている冒険者たちだ。
「あっ、危ない!」
僕は走り出した。
ドゴォン!
大きな尻尾が地面に叩きつけられた。でも、誰もケガをしていない。僕が【肩代わり】を使ったからね。
「ふう。間に合ってよかった!」
「な、何だと……!?」
みんなが僕を見ていた。
「みんなは先に逃げてね! この子は僕が何とかするから!」
「無茶だ! その蛇はA級だぞ!」
「うん! でも、大丈夫だと思う!」
昨日はガルドーンを止められたし、きっと今回も何とかなるはずだ。僕はヴェレミアに近づいた。
「ねえ! みんなが困ってるから、もう毒を吐かないでくれる?」
「シャアアアアッ!」
ヴェレミアが大きく吠えた。そして、僕に噛みついてきた。
ガキンッ!
「……あれ?」
僕の体は何ともなかった。ヴェレミアは何度も僕に噛みついてきたけど、やっぱり痛くない。
「すごい! 本当に丈夫になったなあ!」
でも、このままだとみんなが逃げられないね。
「ごめんね! ちょっと湖から出てもらうよ!」
僕はヴェレミアの尻尾を両手でつかんだ。
「よいしょっと!」
ぐいっと引っ張る。すると、巨大な蛇の体が湖から出てきた。
ザバアアアッ!
「うわあ! こんなに長かったんだ!」
思ったよりずっと長い蛇だった。でも、これならもう湖の中へ逃げられないね。
「お、おい……!」
後ろで隊長が叫んでいた。
「ヴェレミアを引きずり出したぞ!?」
「嘘だろ!? あんな巨大な魔物を!?」
みんなが驚いている。僕もびっくりしたよ。こんなに簡単に持ち上がるとは思わなかったからね。ヴェレミアは暴れて、尻尾を岩に叩きつけた。岩が砕け、大きな音が響く。
「あっ! 危ないよ!」
このままじゃ、みんなに岩が当たっちゃう。
「向こうに行ってね!」
僕は尻尾を持ったまま、ヴェレミアを持ち上げた。そのまま湖から離れた岩場へ投げる。
ドゴォォォン!
大きな音がして、岩が砕けた。ヴェレミアはその場に倒れ、動かなくなった。
「あっ……」
僕は自分の手を見た。
「また、ちょっと力を入れすぎちゃったかな?」
昨日も似たようなことがあったね。これからは気をつけよう。僕はみんなの方へ振り返った。
「もう大丈夫だよ! みんな、帰ろう!」
ところが、誰も返事をしてくれなかった。みんな口を開けて、僕を見ている。
「あれ? どうしたの?」
隊長がゆっくりと僕に近づいてきた。
「お前……。毒冠蛇ヴェレミアを倒したんだぞ……?」
「うん! もう動かないみたいだね!」
「A級のボスだぞ!?」
「そうなんだね!」
「素手で倒したんだぞ!?」
「うん! 僕、武器を持ってないからね!」
「…………」
隊長がまた黙ってしまった。
うーん。やっぱり、武器を持ってこなかったのがよくなかったかな。次の仕事では、ちゃんと持ってこよう。
「でも、みんなが無事でよかったよ!」
僕が笑うと、隊長は大きく息を吐いた。
「……お前には勝てねえよ」
「えっ? 僕、隊長さんとは戦ってないよ?」
「そういう意味じゃねえ……!」
あれ? 何だか難しいなあ。
北の街へ戻ると、冒険者ギルドは大騒ぎになった。
「聞いたか!? 紫毒の地下湖が攻略されたらしいぞ!」
「毒冠蛇ヴェレミアが倒されたんだって!?」
「ああ! しかも大勢の冒険者が助かったそうだ!」
助けた人たちが無事に帰れたんだ。本当によかった!
僕は受付で報酬を受け取った。
「わあ! またこんなにもらえるの!?」
これなら家の家具も買えるかもしれない。北の街まで来てよかったなあ。僕が喜んでいると、後ろから声が聞こえた。
「おい! あの少年だぞ!」
「本当か!? あいつが全員の毒を引き受けたのか!?」
「ああ! 何人分もの毒を引き受けても、笑ってたんだ!」
「しかもヴェレミアまで素手で倒したらしい!」
みんなが僕を見ていた。
あれ? また僕のことかな?
「すげえな……。万毒を背負う者ってわけか!」
「そうだ! 【万毒を背負う者】だ!」
「新しい英雄が現れたぞ!」
おおっ! 今度は毒を引き受けたことで覚えてもらえたんだ!
「ありがとう! また困ったことがあったら呼んでね!」
僕は笑って頭を下げた。すると、みんなが拍手してくれた。なんだか照れちゃうなあ。
「よし! 帰って家具を買おう!」
僕は報酬を大切にしまい、ギルドを出た。
その頃。北の街に、1人の聖女が到着していた。
シェファナだった。白紫色の長い髪を揺らし、白い服を着た彼女は、街の治療院を訪ねていた。
「申し訳ございません。こちらに、全身に古傷のある若い男性がいらっしゃいませんでしたか?」
シェファナが尋ねると、治療院の女性が首を振った。
「さあ……。お名前は分かりますか?」
「ルウセト様とおっしゃいます。茶色い髪で、緑色の目をした、とても優しい方です」
「申し訳ありません。こちらでは分かりませんね」
「そうですか……。ありがとうございます」
シェファナは頭を下げた。これで何軒目だろう。神殿にも、治療院にも、冒険者ギルドにも足を運んだ。しかし、ルウセトの行方は分からなかった。
「ルウセト様……。今、どちらにいらっしゃるのでしょう……」
シェファナは両手を胸の前で握った。
もう1度、あの笑顔が見たい。あの方の声が聞きたい。元気なお姿を見られるなら、それでいい。けれど、どうしても心配だった。ルウセトの体には、数え切れないほどの傷があった。仲間を守るため、何度も自分の体を犠牲にしてきたからだ。その傷を思い出すたび、シェファナは自分を責めていた。
「わたくしが……もっと早く治療して差し上げていれば……」
目に涙が浮かぶ。そのとき、治療院の奥から冒険者たちの声が聞こえてきた。
「いやあ、助かったぜ! あの荷物持ちがいなかったら、俺たちは全滅してた!」
「本当だな! あいつ、俺たちの毒を全部引き受けてくれたんだ!」
「しかも全身傷だらけだったのに、ずっと笑ってたよな!」
シェファナの足が止まった。
「……え?」
荷物持ち。全身傷だらけ。毒を引き受けた。笑っていた。
シェファナは急いで冒険者たちの方へ向かった。
「あの……!」
「ん? どうした、お嬢さん?」
「今のお話を、もう1度聞かせていただけませんか?」
「今の話?」
「毒を引き受けたという、荷物持ちの方についてです……!」
「ああ! あいつか!」
冒険者の男が笑った。
「すごい奴だったぜ! 紫毒の地下湖で、俺たち全員の毒を引き受けてくれたんだ!」
「……全員の?」
「ああ! 何人も倒れてたのに、1人で全部だ!」
シェファナの顔から血の気が引いた。
「そ、その方は……お苦しみではありませんでしたか……?」
「いや、それが全然平気そうでな!」
「……平気?」
「ああ! ずっと笑ってたんだよ! 毒を引き受けても、何ともないってさ!」
シェファナは口元を押さえた。その言葉を聞いて、ルウセトの姿が頭に浮かんだ。昔、腐毒竜の毒を引き受けたときも、あの方は笑っていた。血を吐いて、立っているのもやっとだったのに。それでも、自分は大丈夫だと言っていた。
「ルウセト様……?」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いえ……」
シェファナは首を振った。
その手が震えていた。また、誰かの毒を引き受けたのだろうか。また、苦しい思いをしながら笑っていたのだろうか。自分がそばにいれば、治療して差し上げられたのに。
「ああ……。わたくしは、また……」
涙が頬を伝った。シェファナは自分の両手を見つめた。治療魔法を使える、この手を。すると、あの夜のことが頭に浮かんだ。
ルウセトが置き去りにされたダンジョン。
あの夜、シェファナたちはヴェズドを連れて、その奥へ入っていった。ポッケナの魔法で手足を縛られたヴェズドは、何度も泣いていた。
「た、頼む……! もう許してくれ……!」
ガドリカが縄を引っ張った。
「うるせえ。あたいらは、ルウセトがどこに置き去りにされたのか、まだ聞いてねえんだよ」
「こ、この先だ……! だからもう……!」
「へえ。こんな暗いところに、あの子を置いていったんやね」
ポッケナが杖を振る。紫色の光が広がり、奥にいる魔物たちの姿が見えた。大きな牙を持つ魔物が、何匹も歩いている。ヴェズドの体が震えた。
「ひっ……!」
「どうしたん? 勇者様やろ? 魔物が怖いん?」
「や、やめろ……!」
シェファナはヴェズドの前にしゃがんだ。
「ヴェズド様。ルウセト様は、ここにお1人で残されたのですよね?」
「そ、そうだ……!」
「毒に苦しみ、歩くこともできなかったのに……?」
「ご、ごめんなさい……!」
ヴェズドは何度も頭を下げた。シェファナは微笑んだ。
「ふふっ。謝ってくださるのですね」
「ゆ、許してくれるのか……?」
「いいえ」
シェファナは優しく首を振った。
「ルウセト様は、どれほど怖かったのでしょう。わたくしがそばにいれば、抱きしめて差し上げられたのに……」
目から涙が落ちた。
「お水も、お食事も、明かりもなく……。あの方は、どれほど苦しい思いをされたのでしょう……」
「お、俺様だって……!」
「ふふっ。ヴェズド様」
シェファナは笑った。
「これから、少しだけ同じ思いをしてみましょうね」
「……え?」
ガドリカがヴェズドの体を持ち上げた。
「よし。あたいが投げるぞ」
「ま、待て! 何をする気だ!?」
「うちらのルウセトが、どんなところに置き去りにされたのか、教えてあげるんよ」
ポッケナが魔物たちの方を向いた。そして、指を鳴らした。魔物たちが一斉にこちらを見た。
「ひいいっ!」
ヴェズドが叫ぶ。ガドリカはその体を魔物たちの前へ放り投げた。
「ぎゃあああっ!」
ヴェズドは地面に転がった。手足は魔法で縛られたままだ。逃げようとしても、動くことができない。大きな魔物が近づいてきた。
「やめろ! 来るな! 来るなあっ!」
魔物は大きな口を開き、ヴェズドの足に噛みついた。
「ぎゃああああっ!」
ヴェズドの悲鳴がダンジョンに響いた。
「助けてくれ! 食われる! 食われるうっ!」
シェファナはその様子を見つめていた。そして、口元に手を当てて笑った。
「ふふふっ……」
ヴェズドが必死に手を伸ばした。
「シェファナ! 助けてくれえっ!」
「まあ。わたくしに助けを求めるのですね」
シェファナは微笑んだ。
「ルウセト様も、誰かに助けを求めたかったのでしょうか……」
目に涙が浮かぶ。
「でも、あの方のそばには、誰もいなかったのですよね……」
「頼む! 死にたくない! 助けてくれえっ!」
「ふふっ。大丈夫ですよ」
シェファナは優しく答えた。
「わたくしが治療して差し上げますから」
ガドリカが魔物を殴り飛ばした。続けてヴェズドを引きずり戻す。ヴェズドは体を震わせ、泣いていた。
「ひぐっ……! もう嫌だ……! もう嫌だあっ!」
「まあまあ。落ち着いてくださいませ」
シェファナはヴェズドの体に手をかざした。白い光が広がる。傷がふさがり、折れた骨が元に戻っていった。
「あ……ああ……!」
ヴェズドが泣きながら笑った。
「た、助かった……! シェファナ、ありがとう……!」
「ふふっ。どういたしまして」
シェファナも笑った。
「これで、もう1度頑張れますね」
「……え?」
ヴェズドの顔が青くなった。
「ま、待て……! もう1度って……!」
ポッケナが杖を振った。ヴェズドの体が魔法で持ち上がる。
「ほな、次いこか」
「いやだあああっ!」
ヴェズドが泣き叫んだ。しかし、ポッケナは笑っていた。
「ルウセトはな、あんたのせいで何回も傷ついたんよ。うちらが知らんところでも、ずっとな」
ガドリカが拳を握った。
「あたいらが守ってやれなかった分も、お前にはたっぷり思い知らせてやるよ」
「許してくれ! 頼むから……!」
シェファナは両手を合わせた。
「ご安心くださいませ。わたくしが何度でも治療して差し上げます」
その笑顔を見たヴェズドが、激しく首を振った。
「嫌だ! もう治さないでくれ! お願いだから……!」
「まあ。治療が嫌なのですか?」
シェファナは首をかしげた。
「ルウセト様は、いつもわたくしの治療にお礼を言ってくださいましたよ」
声が少し震えた。ルウセトは、どれほど傷ついていても優しかった。治療が遅れても、文句1つ言わなかった。自分が先に苦しい思いをしても、仲間のことを心配していた。
「……あの方は、本当にお優しいのです」
シェファナの目から涙が落ちる。
「そんな方を、あなたは何度も殴ったのですよね……」
「ご、ごめんなさい……!」
「ふふっ。もう謝らなくてよろしいですよ」
シェファナは涙を拭い、微笑んだ。
「わたくし、あなたを許すつもりはありませんから」
ポッケナが杖を振った。再び、ヴェズドが魔物たちの前へ運ばれていく。
「いやああああっ!」
魔物が大きな口を開いた。ヴェズドは泣きながら、何度も助けを求めていた。シェファナはその声を聞きながら、静かに笑っていた。何度傷ついても、治してしまえばまた動ける。自分には、そのための魔法がある。
あの夜、シェファナは何度もヴェズドに治療魔法を使った。けれど、少しも気が晴れなかった。ルウセトの体に残る傷は、何1つ消えないからだ。
「ああ……」
シェファナは治療院の中で、自分の両手を見つめていた。ルウセトが傷ついたときには、治療を後回しにしたことがあった。苦しそうにしているのを見ても、すぐに駆け寄ってあげられなかった。あの方は、いつも笑っていた。痛いはずなのに、大丈夫だと言っていた。
シェファナはその言葉を信じてしまった。
「わたくしは……」
涙が手の甲に落ちた。唇が震える。
「どうして……どうして、ルウセト様が苦しんでいたとき、もっと早く治して差し上げなかったのでしょう……」
シェファナは両手で顔を覆った。自分が治療していれば、消せた傷もあったかもしれない。自分がそばにいれば、あの方が血を吐いて倒れることもなかったかもしれない。それなのに、ルウセトは自分を責めなかった。
むしろ、いつもお礼を言ってくれた。
「ごめんなさい……。ルウセト様、ごめんなさい……!」
声を押さえようとしても、涙は止まらなかった。冒険者たちが心配そうに近づいてきた。
「お、おい。大丈夫か?」
「……はい。申し訳ございません」
シェファナは涙を拭った。
「その荷物持ちの方について、もう少し教えていただけませんか?」
「ああ、いいぜ」
「茶色い髪で、緑色の目をした方ではありませんでしたか?」
「そこまでは覚えてねえな。ただ、若い少年だったぞ」
「……そうですか」
「全身に古い傷があったのは覚えてる。腕も、首も、傷だらけだった」
シェファナの目から、また涙が落ちた。その傷を、自分は知っている。何度も治療してきたからだ。けれど、消してあげられなかった傷も、たくさんある。
「その方は……今、どちらにいらっしゃいますか?」
「さあな。報酬を受け取って、もう街を出たって話だ」
「……もう、いらっしゃらないのですね」
「ああ。でも、またどこかのダンジョンで会えるかもしれねえな!」
冒険者は笑った。
「何しろ、すごい奴だからな! 【万毒を背負う者】なんて呼ばれてるんだぜ!」
「……万毒を背負う者」
シェファナは、その名前を小さく繰り返した。毒を背負う。誰かの苦しみを、自分の体で引き受ける。ルウセトの【肩代わり】と、あまりにも似ていた。
「……ルウセト様」
シェファナは胸の前で両手を握った。その少年がルウセトなのか、まだ分からない。けれど、もし本当にルウセトなら。また誰かを守るため、自分の体を危険にさらしている。もう2度と、そんな思いをさせたくなかった。
「お願いです……。もう、ご自分を犠牲になさらないでくださいませ……」
シェファナは涙を拭った。
「今度こそ、わたくしがお守りいたします。どれほど嫌われていても、どれほど許していただけなくても……」
もう1度、冒険者たちを見た。
「その【万毒を背負う者】という方が、どちらへ向かわれたのか、何かご存じではありませんか?」
しかし、誰も答えられなかった。分かっているのは、その少年が大勢の冒険者を救い、A級のダンジョンボスを倒したこと。そして、【万毒を背負う者】と呼ばれていることだけだった。
シェファナは深く頭を下げ、治療院を出た。
白紫色の長い髪が風に揺れる。彼女は目元を拭いながら歩き始めた。




