第8話 家の修理代を稼ぐため荷物持ちの依頼を受けた僕、鉄喰いの大坑道でA級ボスに噛まれたら牙が折れちゃった! 素手で倒したら【牙砕きの荷物持ち】と呼ばれた。一方、僕を探す女戦士は街でその噂を聞いていた
朝、目を覚ますと、お腹がすいていた。
「ふわあ……。よく寝たなあ!」
僕はベッドから起き上がり、大きく伸びをした。久しぶりの自分の家は、やっぱり落ち着くね。昨日はおいしい野菜スープも食べられたし、兄さんのお守りも直せた。
今日は家の掃除をしよう。
「よし! 今日も頑張るぞ!」
僕はほうきを持って、床を掃き始めた。しばらく帰っていなかったから、家の中にはほこりがたまっている。窓を開けて、机を拭いて、床もきれいにする。ところが、掃除をしていると、困ったことに気づいた。
「あれ? ここ、穴が開いてる」
壁の板が古くなって、穴が開いていた。天井からも少し雨が入ってきた跡がある。
「うーん。これは直さないといけないね」
僕は壁を指で押してみた。
ミシッ。
「あっ、危ない危ない!」
危うく板が外れるところだった。家の修理なら、兄さんにも教えてもらったことがある。でも、木の板や釘を買わないといけない。そういえば、お金は全部ヴェズドが持っていったんだった。
「そっかあ。じゃあ、また稼がないとね!」
勇者パーティーでは荷物持ちをしていたし、僕にもできる仕事があるはずだ。久しぶりに冒険者ギルドへ行ってみようかな。
僕は兄さんのお守りを首にかけ、家を出た。
近くの町にある冒険者ギルドは、朝からにぎわっていた。剣を背負った人や、大きな盾を持った人たちが、依頼の書かれた紙を眺めている。
「こんにちは!」
僕が受付に声をかけると、短い金色の髪をした女性が顔を上げた。
「いらっしゃいませ。ご依頼ですか?」
「うん! 荷物持ちの仕事を探してるんだ!」
「荷物持ちですね。少々お待ちください」
女性は何枚かの紙を調べた。
「こちらはいかがでしょう。ダンジョンへ向かう冒険者パーティーが、荷物持ちを募集しています」
「本当!?」
「はい。ただし、行き先は【鉄喰いの大坑道】です。危険なダンジョンですが、大丈夫でしょうか?」
「うん! 僕、ダンジョンには何度も行ったことがあるよ!」
それに荷物持ちの仕事なら慣れている。料理もできるし、野営の準備だって得意だ。
「それなら、こちらでお待ちください」
「ありがとう!」
僕は教えてもらった場所へ向かった。
そこには、3人の冒険者がいた。1人は銀色の鎧を着た大きな男の人。腰には立派な剣を下げている。もう1人は、長い茶色の髪を結んだ弓使いの女性だった。背中に弓を背負い、僕を見ると目を丸くした。最後の1人は、丸い盾を持った若い男の人だ。僕より少し背が高いけど、顔つきはまだ若かった。
「お前が荷物持ちか?」
鎧の男の人が聞いてきた。
「うん! ルウセトっていうんだ。よろしくね!」
「……ずいぶん若いな。それに、その傷はどうした?」
男の人が僕の腕を見た。ああ、昔の傷が見えているんだね。
「仲間を守ったときについたんだ!」
「仲間を……?」
「うん! でも、もう痛くないから大丈夫だよ!」
僕が笑うと、3人は顔を見合わせた。
「まあ、荷物を運べるならいい。無理はするなよ」
「ありがとう! 荷物は全部任せてね!」
僕は大きな荷物袋を背負った。食料に水、薬、それから予備の武器も入っている。うんうん。こういう重い荷物を背負うと、なんだか懐かしいなあ。
「よし、出発するぞ!」
「うん!」
僕は3人について歩き始めた。
【鉄喰いの大坑道】は、山の中にある大きなダンジョンだった。入口から奥へ続く道は広く、壁には鉄がたくさん埋まっている。
「うわあ! すごいね!」
僕は周りを見ながら歩いた。
「ここには鉄を食べる魔物がいる。鎧や剣を噛み砕く奴もいるから、気をつけろよ」
鎧の男の人が教えてくれた。
「へえ! 鉄を食べるんだ!」
硬いものを食べられるなんて、すごい歯だね。僕だったら歯が欠けちゃいそうだ。
「お前、本当に怖くないのか?」
盾を持った男の人が聞いてきた。
「うん! みんなと冒険できて楽しいよ!」
「……変わった奴だな」
そうかなあ。僕は荷物持ちの仕事が大好きなんだけど。それからしばらく歩き、坑道の奥へ進んだときだった。
「うわあああっ!」
遠くから悲鳴が聞こえた。
「あれ? 誰か叫んでるよ?」
僕が声のした方を見ると、鎧の男の人が剣を抜いた。
「まずいぞ! 奥に誰かいる!」
3人が走り出したので、僕も後を追った。広い場所に出ると、そこには大勢の冒険者が倒れていた。剣は折れ、盾も砕けている。壁にも大きな穴が開いていた。その真ん中に、とんでもなく大きな魔物がいた。
「うわあ! でっかいなあ!」
黒い鉄のような体に、太い4本の足。口には大きな牙が並んでいる。顔だけでも、僕の体より大きかった。
「ガルドーンだ……!」
鎧の男の人が足を止めた。
「鉄顎獣ガルドーン! このダンジョンのボスだ!」
「へえ! ボスなんだ!」
鉄顎獣ガルドーン。
鉄を食べて体を大きくする、A級の魔物らしい。その牙は鋼鉄の鎧でも噛み砕いてしまうそうだ。
「逃げろ! お前たちも殺されるぞ!」
倒れていた冒険者の1人が叫んだ。その人の腕には、大きな傷がついている。
「あっ! ケガしてる!」
僕が近づこうとすると、ガルドーンが大きく吠えた。
「グルオオオオッ!」
ものすごい声だ。そのままガルドーンは、倒れている冒険者に向かって口を開いた。
「あっ、危ない!」
僕はすぐに【肩代わり】を使った。
ガキンッ!
大きな音がした。でも、僕の体は何ともなかった。
「あれ? やっぱり痛くないね!」
覚醒した【肩代わり】は、本当に便利だなあ。前なら大ケガしていたはずなのに、今はどこも痛くない。
「……え?」
倒れていた冒険者が、自分の体を見ていた。
「お、俺……今、噛まれたはずじゃ……?」
「うん! 僕が肩代わりしたんだ!」
「肩代わり……?」
「もう大丈夫だよ!」
僕が笑うと、その人は口を開けたまま動かなくなった。
どうしたんだろう。まだ痛いところがあるのかな。そのとき、ガルドーンが僕に顔を向けた。
「グルルルル……!」
「あっ、こんにちは!」
僕は手を振った。ガルドーンは大きな口を開け、そのまま僕の腕に噛みついてきた。
ガキィン!
また大きな音がした。
「……あれ?」
僕の腕には傷1つついていない。その代わり、ガルドーンの大きな牙が何本も折れていた。
「うわあ! 歯が折れちゃった!」
大変だ。こんなにたくさん折れたら、ご飯を食べるのも大変だよね。
「ごめんね! 僕の体、思ったより硬いみたいなんだ!」
「グルオオオオッ!」
ガルドーンが怒ったように吠えた。
「あれ? 謝ったのに……」
僕は首をかしげた。後ろでは、冒険者たちが騒いでいた。
「お、おい……見たか?」
「ああ……ガルドーンの牙が折れた……!」
「嘘だろ!? あいつ、鋼鉄の盾だって噛み砕くんだぞ!」
そうなんだ。やっぱりすごい魔物なんだね。僕が感心していると、ガルドーンが前足を振り上げた。狙っているのは、後ろにいる弓使いの女性だった。
「きゃあっ!」
「あっ、また危ない!」
僕は【肩代わり】を使った。
ドゴンッ!
大きな音がしたけど、やっぱり僕は無傷だった。
「よかった! これなら何回でも守れるね!」
僕が喜んでいると、鎧の男の人が叫んだ。
「おい! お前、何者なんだ!?」
「えっ? 僕?」
「ああ! どうしてガルドーンの攻撃を受けて無事なんだ!」
「勇者にいっぱい殴ってもらったおかげで、スキルが覚醒したんだ!」
「……勇者に殴られた?」
「うん! おかげでこんなに丈夫になれたよ!」
今度ヴェズドに会ったら、ちゃんとお礼を言わないとね。でも、その前にこの魔物を何とかしないと。ガルドーンはまだ怒っているみたいだ。逃げようとしている冒険者たちに向かって、何度も前足を振り上げている。
「みんな! 荷物は僕が持ってるから、先に逃げてね!」
「む、無茶だ! お前1人でどうするつもりだ!」
「大丈夫! ちょっとこの子を止めてみるよ!」
僕はガルドーンの前に立った。
「グルオオオオオッ!」
魔物がものすごい勢いで突進してくる。このままだと、後ろにいる人たちまで巻き込まれちゃう。
「よいしょっと!」
僕は両手を前に出して、ガルドーンの頭を押さえた。
ドゴォン!
足元の地面が割れた。
「あれ?」
ガルドーンの体が止まった。大きな魔物なのに、思ったより力が弱いみたいだ。
「おおっ! 止まった!」
「なっ……!」
後ろで鎧の男の人が叫んだ。
「ガルドーンの突進を、素手で止めただと!?」
「うん! ちゃんと止まったよ!」
でも、このままじゃみんな逃げられないね。もっと奥へ行ってもらおうかな。
「ごめんね! ちょっと向こうに行ってくれる?」
僕はガルドーンの頭を押し返した。
ドゴォォォン!
「……えっ?」
ガルドーンの大きな体が後ろへ飛んでいった。そのまま岩壁にぶつかり、壁が大きく崩れた。岩が何個も落ちてきたけど、ガルドーンは動かなかった。
「あ、あれ?」
僕は自分の手を見た。
「ちょっと押したつもりだったんだけどなあ」
もしかして、また力が強くなったのかな。スキルが覚醒してから、こういうことが増えたね。でも、これならもう誰も襲われずに済む。
「よかった! みんな無事だね!」
僕は振り返って、冒険者たちに手を振った。ところが、誰も返事をしてくれなかった。みんな口を開けて、僕のことを見ている。
「あれ? どうしたの?」
鎧の男の人が、ゆっくりと口を開いた。
「お前……今、A級のダンジョンボスを倒したんだぞ……?」
「うん! もう動かないみたいだね!」
「……素手で倒したんだぞ?」
「そうだね! 僕、武器を持ってないからさ!」
「…………」
また黙っちゃった。もしかして、武器を持ってこなかったのがよくなかったかな。荷物持ちだから、戦うつもりはなかったんだけど。
「ごめんね! 次はちゃんと武器も持ってくるよ!」
「そういう話じゃねえ……!」
男の人は頭を抱えてしまった。
うーん。難しいなあ。
ダンジョンから帰ると、冒険者たちがギルドの中で大騒ぎを始めた。
「聞いてくれ! 鉄喰いの大坑道のボスが倒されたぞ!」
「何だって!?」
「ガルドーンがやられた! しかも素手でだ!」
「そんな馬鹿な!」
みんな驚いている。でも、無事に帰ってこられたんだから、よかったよね。僕は受付で荷物持ちの報酬を受け取った。
「わあ! こんなにもらえるの!?」
これなら、家を直すための木の板も買えそうだ。ありがたいなあ。僕が喜んでいると、後ろから声が聞こえた。
「おい、あの少年だ!」
「本当だ! あいつがガルドーンの牙を砕いたんだって?」
「ああ! 全身傷だらけなのに、魔物の攻撃を受けても無傷だったらしい!」
「何なんだ、あの荷物持ちは……!」
みんなが僕の方を見ていた。
あれ? もしかして、僕のことかな?
「牙砕きの荷物持ちだ!」
誰かがそう叫んだ。
「そうだ! 【牙砕きの荷物持ち】だ!」
「すげえ奴が現れたな!」
おおっ! 荷物持ちとして覚えてもらえたんだ!
「ありがとう! また荷物持ちが必要になったら呼んでね!」
僕は笑って頭を下げた。すると、冒険者たちはまた騒ぎ始めた。なんだか今日は、みんな元気だなあ。
「よし! 帰って家を直そう!」
僕は報酬を大切にしまい、ギルドを出た。
一方、その頃。
勇者パーティーの宿屋では、3人の女性が向かい合っていた。聖女シェファナ。女戦士ガドリカ。魔法使いポッケナ。3人は、ルウセトの荷物を机の上に並べていた。
料理道具、着替え、使い古した袋。どれも、ルウセトが大切に使っていたものだった。
「……ルウセト様」
シェファナは、彼の服を両手で持っていた。白紫色の長い髪が顔にかかっている。銀色の目は、まだ赤く腫れていた。
「わたくしたちは、あの方がどちらへ向かわれたのかも存じ上げないのですね……」
ガドリカが拳を握った。
「……くそっ。あたいらが帰ってくるまで、待っててくれりゃよかったのに」
短い赤茶色の髪をかき上げる。けれど、すぐに顔を下げた。
「いや、違うな。あいつが出ていったのは、あたいらにも嫌われてると思ったからだ」
「うちも……」
ポッケナが小さな声を出した。薄緑色のぼさぼさの髪が、いつもよりひどく乱れている。
「ルウセト、うちらのこと、嫌いやって思ってたんやろ……? そんなこと、あるわけないのに……」
ポッケナはルウセトの服をつかんだ。
「うち、あの子にちゃんと好きやって言えてへんかった。あんなに優しくしてもろたのに……」
声が震え、涙が落ちた。シェファナも目を伏せた。
「わたくしも同じです。あの方がどれほど大切なのか、きちんとお伝えできておりませんでした」
「……もう、同じことは繰り返さねえ」
ガドリカが顔を上げた。
「あいつを探そう。何があっても見つけるんだ」
「ええ。わたくしも、そのつもりです」
「うちも行く。絶対に見つけるんや」
3人はうなずいた。けれど、ルウセトがどこにいるのかは分からない。国は広い。1つの町を探すだけでも時間がかかる。
「……手分けしよう」
ガドリカが言った。
「あたいは西へ行く。冒険者ギルドを回れば、荷物持ちの情報が入るかもしれねえ」
「では、わたくしは北へ向かいます。神殿や治療院を訪ねれば、傷だらけの方を見かけた人がいるかもしれません」
「ほな、うちは東へ行くわ。魔法使いや情報屋にも聞いてみる」
3人はそれぞれの行き先を決めた。
シェファナはルウセトの服をそっとたたんだ。
「ルウセト様。どうか、ご無事でいてくださいませ……」
ガドリカは大きな盾を背負い直した。
「あたいが見つけたら、もう2度と1人にはしねえ」
ポッケナは杖を握りしめた。
「待っててな、ルウセト。今度はうちが守ったるから……」
こうして3人は、別々の道へ出発した。
それから、ガドリカは西方の町を回っていた。大きな盾を背負い、冒険者ギルドへ入っては、ルウセトの行方を聞いている。けれど、なかなか手がかりは見つからなかった。
「……ちっ。ここにもいねえのか」
ガドリカはギルドの受付を離れ、酒場の方へ向かった。すると、近くの席から大きな声が聞こえてきた。
「おい、聞いたか? 鉄喰いの大坑道が攻略されたらしいぞ!」
「ああ! A級のボスが倒されたんだろ?」
「それがよ、倒したのは荷物持ちの少年らしいんだ!」
ガドリカの足が止まった。
「……荷物持ち?」
冒険者たちは話を続ける。
「しかも素手で倒したんだってよ! ガルドーンの牙が全部折れたらしい!」
「全身傷だらけの少年なんだろ?」
「ああ。なのに魔物の攻撃を受けても、傷1つつかなかったそうだ!」
ガドリカはゆっくりと振り返った。全身傷だらけ。荷物持ちの少年。その2つを聞いた途端、ルウセトの顔が頭に浮かんだ。いつも笑っていた、あの少年。仲間を守って傷だらけになっても、大丈夫だと言っていたルウセト。
「……おい」
ガドリカは冒険者たちの席へ近づいた。
「その話、詳しく聞かせろ」
「ん? 何だ、あんたも噂を聞いたのか?」
「いいから答えろ。その荷物持ちは、今どこにいる?」
「さ、さあ……。もう町を出たって話だが」
「名前は!?」
「名前? いや、そこまでは知らねえな」
冒険者は首をひねった。
「ただ、みんなこう呼んでるらしいぜ」
「……何だ?」
「【牙砕きの荷物持ち】ってな!」
ガドリカは拳を握った。もし、その少年がルウセトなら。自分たちが探している間にも、また危険なダンジョンへ入っていたことになる。あの体に、また新しい傷を増やしているかもしれない。
「……頼むから、もう無茶しねえでくれよ」




