第6話 僕を追放した勇者が女戦士に殴り倒され、魔法使いに腐毒竜の幻を見せられ、聖女には死なないよう治療されているらしい。僕を置き去りにしたとバレて、3人が泣きながら復讐してるの? 僕は感謝してるのに!
「お前、ルウセトに何をした?」
女戦士ガドリカはヴェズドの胸ぐらをつかんでヴェズドの顔をにらんだ。大きな手に力が入り、鎧の胸元がきしんだ。
「殴ったんだよ! あの役立たずが俺様をバカにしやがったからな!」
「……そうか」
ガドリカの拳が、ヴェズドの顔に飛んだ。
「ぶげっ!」
ヴェズドは床に転がった。口の端が切れ、床に血が落ちた。ヴェズドは頬を押さえながら、信じられないという顔でガドリカを見上げた。
「な、何しやがる! 俺様は勇者だぞ!」
ヴェズドは拳を握り、ガドリカに殴りかかった。ガドリカは避けなかった。片手で拳を受け止め、その腕をひねった。
「ぎゃあっ!」
ヴェズドは膝をついた。ガドリカが腹を殴る。
「ぐはっ!」
続けて顔を殴り、床へ投げ飛ばした。
「ぎゃっ!」
背中から床に落ちたヴェズドは、息ができなくなった。口を大きく開け、何度も息を吸おうとする。ガドリカはその前に立った。いつもなら同じ勇者パーティーの仲間として接していた男を、今は冷たい目で見下ろしている。
「どうした? 反撃しろよ」
「ま、待て……!」
ガドリカはヴェズドを引き起こした。
ルウセトの体には、古い傷が何本も残っていた。その傷ができたとき、この男は助けるどころか、さらに殴っていたのだ。そう考えると、ガドリカは自分の手を止められなかった。再び殴り倒す。
「ぶげっ!」
「い、痛い……!」
「そりゃ痛えだろうな」
「ルウセトだって、痛かったんだよ」
「や、やめてくれ……!」
「お前があいつにやったこと、全部聞かせろ」
ガドリカが腹を蹴った。
「ぐはっ!」
ヴェズドは体を丸めた。何とか起き上がろうとしたが、力が入らない。
「俺様にこんなことをして、ただで済むと……!」
ガドリカはもう1度蹴った。
「ぐえっ!」
「まだ元気そうだな」
「や、やめろ……!」
ヴェズドの声が小さくなった。最初の威勢はなくなり、ガドリカの顔を見ることもできない。
ポッケナが杖を振った。紫色の縄がヴェズドの両手と両足を縛り、床に押さえつけた。続けて、扉と窓に魔法をかける。扉の隙間から紫色の光が広がった。窓も同じ光に包まれ、外から聞こえていた馬車の音が消えた。部屋の中には、ヴェズドの荒い息が響いていた。
「これで外には声が聞こえへんよ。好きなだけ泣いてええからね」
ヴェズドが顔を上げた。ポッケナは笑っていた。いつもなら明るく話しかけてくる小さな魔法使いが、今は恐ろしく思えた。
「なあ、ヴェズド。どんな拷問が好みなん?」
「な、何を言って……!」
「殴られるんがええ? 魔法で怖いものを見せられるんがええ?」
「ふ、ふざけるな!」
ヴェズドは手足を動かそうとした。しかし、魔法の縄はびくともしない。強く引っ張るほど、体が床に押さえつけられた。
「そっか。選べへんのやね。ほな、うちらが選んだるわ」
紫色の光がヴェズドを包んだ。
「……え?」
目の前に、巨大な竜が現れた。大きな口が開き、紫色の毒が噴き出す。
「うわああっ!」
ヴェズドは必死に逃げようとした。しかし、手足の縄が動きを止めている。竜の爪が顔に迫った。
「やめろ! 助けてくれえっ!」
ヴェズドは目を閉じ、何度も首を振った。額には汗が浮かび、口からは荒い息が漏れていた。竜の爪が自分の顔に当たると思い、ヴェズドは全身に力を入れた。ポッケナが杖を下ろすと、竜は消えた。ヴェズドは床に倒れたまま、息を切らしていた。
「はあっ……はあっ……!」
「怖かった?」
ポッケナが尋ねた。ヴェズドは何度もうなずいた。
「もうやめてくれ……!」
「そっかあ」
ポッケナは涙を拭った。
「ルウセトはな、あの竜の攻撃を全部引き受けたんよ」
「……っ!」
「爪も、毒も、全部や。あんたが無傷で帰ってこられたんは、あの子のおかげやろ?」
ヴェズドは黙った。ポッケナの目には、今もルウセトの姿が残っていた。ヴェズドの記憶を見たせいだ。大きな竜の前で、血を吐きながら立っているルウセト。何度も倒れながら、ヴェズドの荷物を背負おうとしていた。その姿を見ると、胸が痛んだ。
「なのに、動けなくなったルウセトをダンジョンに置いてきたんやね?」
「ど、どうしてそれを……!」
「さっき、あんたの記憶を見たんよ」
ポッケナの声が震えた。
「うち、見てしもうた。ルウセトが血を吐きながら、あんたの傷を肩代わりしてるとこも……」
彼女は口元を押さえた。
「あんな状態で、まだ笑ってたんやね。しかもダンジョン置き去りとか……」
涙が頬を伝い、杖を握る手に落ちた。ルウセトが自分のためにケガをしたときも、同じように笑っていた。痛いはずなのに、大丈夫だと言っていた。ポッケナはその言葉を信じて、何度も甘えてしまった。
ガドリカがヴェズドの胸ぐらをつかんだ。
「お前、あいつを置いて帰ったのか?」
「だ、だって歩けねえって言うから……!」
ガドリカの顔が変わった。ダンジョンの奥には、強力な魔物がわんさかいる。そんな場所に置き去りにして、水も食料も明かりも奪った。足元も見えない暗い道を、ケガ人が1人で歩くことなどできない。しかも、ルウセトは毒まで引き受けていた。
ガドリカは拳を握った。ガドリカはヴェズドの顔を殴った。
「ぶがっ!」
続けて腹を殴る。
「ぐはっ!」
ヴェズドは泣きながら床に顔を伏せた。手足を縛られているため、顔を守ることもできない。ガドリカが少し動くと、また殴られると思ったのか、体を縮めた。聖女シェファナが両手で口元を押さえた。
「ああ、ルウセト様……」
彼女は泣きながら首を振った。
「わたくしが、そばにいて差し上げたかった……」
シェファナは、ルウセトの傷だらけの背中を覚えていた。治療するとき、彼はいつも痛みに耐えていた。それでも、治療が終われば笑って礼を言ってくれた。そんな彼が、誰もいないダンジョンで動けなくなっていたという。シェファナは自分の手を見つめた。治療魔法を使えるこの手で、助けてあげられなかった。
ポッケナも泣いていた。
「あの子、どれだけ怖かったんやろ……」
ポッケナは杖を胸に抱えた。ルウセトのそばにいれば、明かりを出してあげられた。魔物が来たら、魔法で守ってあげられた。何より、1人にしなくて済んだ。それができなかったことが、悔しくてたまらなかった。
ヴェズドは床に頭をつけた。
「も、もう全部話しただろ! だから許してくれ……!」
ガドリカはヴェズドを見下ろした。
「……お前、さっきから自分の心配ばっかりだな」
「ひぐっ……!」
「1度くらい、ルウセトのことを心配してみろよ!」
ガドリカの拳が飛んだ。
「ぶげっ!」
ヴェズドは涙と鼻水で顔を汚し、床に伏せた。
「ごめんなさい……! 俺様が悪かったです……! もう許してえっ!」
もう勇者としての威厳は残っていなかった。誰かが近づくだびに肩を震わせ、何度も謝っている。ガドリカはそんな姿を見ても、少しも気が晴れなかった。ルウセトの傷は消えない。自分が守れなかった過去も変わらない。
シェファナはヴェズドの前にしゃがんで手をかざした。白い光が体を包む。傷が治り、折れた骨も元に戻っていった。ヴェズドは顔を上げた。涙を流しながら、シェファナにすがりつこうとした。
「シェファナ……! ありがとう……! 助けてくれるんだな……!」
シェファナは優しく微笑んだ。いつも仲間を治療するときと同じ、穏やかな笑顔だった。しかし、その目は赤く腫れていた。
「……いいえ」
「……え?」
「ルウセト様は、何度も痛い思いをされました」
シェファナの目から涙が落ちた。あの方の体に残る傷を、すべて消してあげたい。痛いときには抱きしめて、安心して眠れるまでそばにいたい。それなのに、彼は自分たちに嫌われたと思い、何も持たずに出ていってしまった。
シェファナは唇を噛んだ。自分がこれほど愛していることを、ルウセトは知らない。シェファナはガドリカを見た。ガドリカが拳を握った。ヴェズドの顔が青くなった。
「ま、待て……! また殴るのか……?」
シェファナは優しく答えた。
「ご安心くださいませ。すぐ死なないように、わたくしが見ておりますから」
「いやだ……!」
ヴェズドは首を振った。
「もう嫌だあっ! 助けてくれえっ!」
ヴェズドはシェファナの服に手を伸ばした。しかし、シェファナは静かに立ち上がり、その手を避けた。白い服の裾が揺れる。




