第2話 勇者に殴られ追放された翌朝、空腹で故郷へ帰る僕は、昔の冒険を思い出す。殴られ踏まれ剣で首を斬られたけど、A級腐毒竜の爪も毒も全部肩代わり! 血を吐いて倒れちゃったけど、勇者が無傷でよかったね。
「いたた……。まだお腹が痛いなあ」
勇者パーティーを追放された翌朝。僕は街の外にある大きな木の下で目を覚ました。昨日はヴェズドに殴られて、お金もあげたから木の下で寝ることにした。夜は少し寒かったけど、星がきれいだったなあ。
「よく眠れたし、今日もいい1日になりそうだね!」
僕は立ち上がって、大きく伸びをした。
「あいたたた!」
今度は背中に痛みが走った。昨日、ヴェズドに踏まれたところだ。
ついでに唇も切れている。近くの川で顔を洗うと、水が傷にしみた。
「うーん。顔を洗うのも大変だね」
でも、ちゃんと歩けるから大丈夫。というか、お腹もすいてきたなあ。昨日は夕飯を食べていない。かと言って食べ物を買うお金もないし。
「そういえば、みんなはちゃんとご飯を食べてるかな?」
勇者パーティーにいた頃は、僕がみんなの料理を作っていた。でも、もう新しい盾役の人が来るんだよね。料理も得意な人だといいなあ。
「よし、今日も頑張ろう!」
僕は故郷に向かって歩き始めた。しばらく歩いていると、脇腹と手足の古傷が痛んだ。
「ああ、この傷もまだ残ってたんだ」
服の上からその部位をさする。そういえば、この傷ができたのは数日前の冒険だったなあ。
数週間前。
僕は勇者ヴェズドと2人で、グラドフェル王国のダンジョンに入っていた。聖女シェファナ、戦士ガドリカ、魔法使いポッケナの3人は、別の村で魔物退治をしていた。だからその日は、僕とヴェズドの2人きりだった。
「いやあ、2人で冒険するのって久しぶりだね!」
「うるせえ。黙って荷物を運べ」
「うん! 今日はいっぱい持ってきたからね!」
僕は背中の荷物を持ち直した。食料、水、毛布、薬、予備の剣。ヴェズドの着替えや、ランプも入っている。荷物はかなり重かったけど、僕は荷物持ちだからね。しっかり運ばないと。
「おい、ルウセト」
「ん?」
「俺様は今、機嫌が悪いんだよ」
「そうなの? 何かあった?」
「前回の依頼で、報酬が少なかったんだ。あんな安い金で俺様を働かせやがって」
「そっかあ。でも、村の人たちは喜んでたね!」
「だから何だ!」
ヴェズドが僕の腹を殴った。
「ぐふっ!」
僕はお腹を押さえてしゃがみ込んだ。痛いなあ。
「お前を見ていると、余計に腹が立つんだよ!」
「えっ、そうなの?」
「ああ。今日は俺様の機嫌が直るまで、お前に付き合ってもらうからな」
「そっか! 僕でよければ付き合うよ!」
僕が笑うと、ヴェズドはさらに顔をしかめた。
「だったら、黙って殴られてろ!」
今度は顔を殴られた。頬が熱くなり、口の中に血の味が広がる。
「うわっ、びっくりした!」
「何がびっくりしただ! お前は俺様の命令を聞いていればいいんだよ!」
「うん! ヴェズドが元気になるなら、僕も嬉しいよ!」
「……気持ち悪い奴だな!」
ヴェズドは僕の顔に唾を吐きかけた。
「わっ!」
僕は目を閉じた。袖で拭いてから、ヴェズドを見た。
「あれ? ヴェズド、喉の調子が悪いの?」
「……は?」
「タンが出ちゃったんでしょ? 風邪でもひいたのかな?」
「わざと吐いたんだよ!」
「えっ、そうだったの?」
「お前の顔が気に入らねえからな!」
「そっかあ。でも顔は変えられないからなあ。アハハハ!」
僕が袖で顔を拭くと、ヴェズドは額にしわを寄せた。
「お前、本当に俺様をバカにしてるだろ」
「えっ? してないよ?」
「その笑顔をやめろ!」
「うーん。でも、今日はヴェズドと2人で冒険できて嬉しいからさ!」
「……くそっ!」
ヴェズドは僕の足を蹴った。荷物を背負ったまま、僕は地面に倒れた。
「あいたっ!」
「そこで俺様に謝れ!」
「うん! ごめんね、ヴェズド!」
「もっとちゃんと謝れ!」
ヴェズドは僕の頬を靴で踏みつけた。石の床に顔が押しつけられる。
「んぐっ……!」
「俺様と同じ目線で話すな。お前みたいなゴミは、地面にはいつくばってりゃいいんだよ!」
頬が痛い。口の中も切れてしまった。でも、ヴェズドの靴はずいぶん立派だなあ。白い革に金色の飾りがついている。
「……ふごっ」
「何だ!」
「その靴、きれいだね。新しく買ったの?」
「……あ?」
「汚れちゃうと大変だから、僕の顔は踏まない方がいいと思うよ!」
「てめえ!」
ヴェズドはさらに強く僕の顔を踏んだ。ああ、靴が汚れちゃうなあ。せっかくきれいなのに。しばらくして、ヴェズドは足を離した。
「ちっ。つまらねえ奴だ」
「もう大丈夫? 機嫌はよくなった?」
「良くなるわけねえだろ!」
「そっか! じゃあ、もう少し付き合おうか?」
「……お前、どこまで俺様をバカにするつもりだ?」
ヴェズドは腰の剣を抜いた。銀色の刃が、僕の首に当てられる。
「いいか。俺様が本気になれば、お前なんか簡単に殺せるんだぞ」
「うん! ヴェズドは勇者だからね!」
「わかってるなら、少しは怖がれ!」
「でも、そんなに近づけると危ないよ?」
「誰が危ないんだよ!」
「ヴェズドだよ。手が滑って、自分を切っちゃったら大変だからね!」
「……っ!」
ヴェズドが剣を動かした。首の皮が切れ、血が流れる。
「いててっ!」
「どうだ! 怖いだろう!」
「うん、びっくりした!」
「はははっ! ようやくわかったか!」
「ヴェズドって本当に剣が上手だね! こんな細い傷をつけられるなんて!」
「……は?」
「僕だったら、うっかり首ごと切っちゃいそうだよ!」
「…………」
ヴェズドは何も言わなかった。それから、剣を鞘に戻した。
「もういい。行くぞ」
「うん!」
僕は首の傷に布を当て、荷物を背負い直した。今日はヴェズドといっぱい話せたなあ。いつもより元気そうだし、よかった。
ダンジョンの奥に進むと、大きな広間に出た。地面には折れた剣や古い骨が散らばっている。壁には大きな爪の跡があった。
「うわあ、すごい場所だね!」
「ふん。ここにA級魔物がいるらしい」
「A級?」
「ああ。腐毒竜という竜だ。討伐すれば、かなりの報酬が手に入る」
A級魔物【腐毒竜】。
黒い鱗と大きな翼を持つ、危険な竜だ。鋭い爪は鉄の鎧も切り裂き、口から吐く紫色の毒は人間の体を壊してしまう。A級魔物は、熟練の冒険者が何人も集まって倒すほど強い。普通なら2人で挑むような相手ではない。
「へえ! そんなに強いんだね!」
「俺様は勇者だぞ。A級魔物くらい、1人で倒せるに決まっている!」
「すごいね! じゃあ、僕はヴェズドがケガしないように頑張るよ!」
「ふん。役立たずでも、それくらいはやってくれなきゃ困る。ていうか、できなきゃ殺す」
ヴェズドは聖剣を抜いた。そのとき、広間の奥から大きな音が聞こえた。黒い竜が姿を現した。体は家よりも大きく、背中には大きな翼が生えている。口から紫色の煙を吐きながら、僕たちをにらんでいた。
「うわあ、本当に大きいね!」
「はははっ! 俺様の力を見せてやる!」
ヴェズドは聖剣を振り上げ、腐毒竜に斬りかかった。しかし、竜の鱗はとても硬かった。聖剣が弾かれ、ヴェズドは体勢を崩す。
「あっ、ヴェズド! 危ないよ!」
腐毒竜が大きな爪を振り下ろした。僕はすぐに【肩代わり】を使った。
「があっ!」
肩から腹にかけて切り裂かれた。熱い血が服の中を流れる。足に力が入らなくなり、僕はその場に倒れた。でも、ヴェズドは無事だ。
「よかった……!」
「おい、ルウセト! 何を倒れている!」
「ごめんね。ちょっと切っちゃって」
「そんなことは見ればわかる! さっさと立て!」
「うん! 今、立つね!」
僕は立ち上がろうとした。しかし、痛くてなかなか動けない。
「あれ? 足にも力が入らないや」
「使えねえ奴だな!」
ヴェズドが僕の腹を蹴った。
「ぐはっ!」
口から血が出た。痛いなあ。でも、ここで寝ていたら邪魔になっちゃうね。
「ごめんね。すぐ立つよ!」
「俺様を待たせるな!」
ヴェズドは、もう1度僕を蹴った。その間に、腐毒竜が大きな口を開けた。紫色の毒が、ヴェズドに向かって飛んでくる。
「あっ、また危ない!」
僕は【肩代わり】を使った。ヴェズドに向かっていた毒が、僕の体に移る。
「うっ……!」
喉が焼けるように痛くなった。胸が苦しい。お腹の中が熱くなり、僕はその場で吐いてしまった。
「おえっ……! ごほっ!」
何度も咳が出る。息を吸うのも大変だった。
「おい! 汚ねえもんを吐くな!」
「ごほっ……、ごめんね。ちょっと毒が……」
「そんなもの、さっさと治せ!」
「うん。頑張るよ!」
竜の毒は、以前にも引き受けたことがある。だから、少しは耐性がついているはずだ。前は5日も寝込んだけど、今回はもっと早く治るかもしれない。そう考えると、ちょっと嬉しかった。
「何を笑っているんだ!」
「えっ? だって、前より毒に強くなってるみたいなんだ」
「そんなことはどうでもいい! 早く荷物を持て!」
「うん!」
僕は何とか立ち上がり、ヴェズドの荷物を背負った。また血があふれ出た。でも、荷物はちゃんと持てた。
「よかった! まだ運べるよ!」
「当たり前だろうが!」
ヴェズドは聖剣を振り上げ、腐毒竜に斬りかかった。竜の攻撃は何度も僕が引き受けた。爪で腕を切られた。尻尾の攻撃で骨も折れた。口から吐いた毒も、全部僕の体に入った。何度も吐き、血を流しながら、僕は【肩代わり】を使い続けた。やがて腐毒竜の動きが弱くなった。ヴェズドは聖剣を振り下ろした。
「はははっ! これで終わりだ!」
腐毒竜の首が切られ、巨大な体が地面に倒れた。
「やったね、ヴェズド……」
「ふん。俺様にかかればA級魔物など相手にならん!」
「すごいや、無傷で勝っちゃったね」
僕は嬉しくなって笑った。でも、立っていられなくなって、その場に倒れてしまった。
「……あれ?」
体が動かない。背中も痛いし、毒のせいで息も苦しい。口から血が出てくる。
「ごほっ……!」
これは困ったなあ。少し休んだ方がよさそうだね。
「おい、ルウセト!」
「ん……?」
「さっさと荷物を持て! 帰るぞ!」
「あっ、ごめんね。もう少し待ってくれる?」
「何だと?」
「ちょっと体が動かなくなっちゃってさ。でも、休んだら歩けると思うんだ!」
僕は笑った。ヴェズドは僕を見下ろしていた。それから、大きなため息をついた。
「本当に使えねえ奴だな」
「ごめんね」
「A級魔物を倒した俺様が、どうしてお前なんかを待たなきゃならないんだよ!」
「そうだね。ヴェズドも疲れてるもんね……」
僕は考えた。ここはダンジョンの奥だ。出口まで歩くには時間がかかる。でも、ヴェズドは元気そうだ。
「ふん。お前なんか、そこで勝手に死んでろ!」
ヴェズドは僕の顔を踏みつけた。
「んぐっ……!」




