第八話 第三王女の幼なじみ
パーシモン・ルフランは、セルリアが六歳の頃から王宮へ出入りしている。
父親同士が親しく、ルフラン伯爵家の領地と、第三王配エクリオの生家であるカランダッシュ侯爵家の領地も近い。両家は昔から、収穫祭へ招き合い、馬を貸し借りし、どちらかの屋敷で祝い事があれば家族揃って出かけていた。
そのためパーシモンも、幼い頃から父に連れられて王宮へ来た。
セルリアは長い名前をうまく呼べず、最初はパーシモンの最後だけを取って、シモンと呼んだ。
以来、誰も直さなかった。
今では両親も姉たちも、本人までシモンと呼んでいる。
さて、その日の二人は、王宮の南庭にある温室を見に来ていた。
温室といっても、王室が珍しい植物を育てる大きなものではない。庭の端に建つ、小さな煉瓦造りの建物である。冬の間も花を楽しめるよう、壁の片側がガラス張りになっており、奥には茶を飲むための一室がついていた。
長く使われていなかったが、セルリアが婚礼後に暮らす予定の住まいから近い。
「ここを直して使いたいのです」
セルリアは、ガラス越しに庭を眺めた。
春の花壇には黄と白の花が並び、その向こうでは庭師が低木の枝を整えている。温室の中には古い鉢がいくつか残っていたが、棚の大半は空いていた。
「屋根を直す必要があるそうです」
シモンは案内してくれた庭師から、修繕箇所を書いた紙を受け取った。
「雨漏りするの?」
「昨年の大雨のときに、奥へ水が入ったそうです。あと、ガラスを三枚取り替えると」
「冬までに間に合うでしょうか」
「今から頼めば大丈夫でしょう。婚礼は冬よりあとですし」
二人の婚約は、正式に発表される前から、両家では決まったものとして扱われていた。
シモンが王女との結婚を嫌がることも、セルリアが別の相手を望むことも、おそらくない。ならば年齢と準備が整ったところで婚礼を行う。それだけの話である。
本人たちも、いつから結婚するつもりになったのか、よく覚えていなかった。
幼い頃は庭で一緒に遊び、少し大きくなると並んで勉強し、やがてシモンが王宮へ来れば、二人で茶を飲むようになった。
それが結婚へ変わっても、会う場所と住む部屋が少し変わるだけだと思っている。
「こちらへ長椅子を置けそうですね」
セルリアは、窓際の壁を示した。
「前に見た、青いものですか」
「青もよいのですけれど、若草色も捨てがたくて」
「セルリアの好きなほうでいいよ」
「そう言うと思いました」
「では、若草色」
「まだ布地を見せていません」
「では、見てから決めます」
「今、決めたでしょう」
「仮にです」
シモンは受け取った紙の裏へ、屋根、ガラス三枚、長椅子、と書き足した。
「長椅子は修繕ではありませんよ」
「忘れないように」
「それなら、小さな卓も書いてください。茶器を置けるものが要ります」
「菓子皿も置ける大きさ?」
「もちろんです」
シモンは、小卓、菓子皿、と続けた。
「菓子皿は家具ではありません」
「でも要るでしょう」
「要ります」
必要ならば、書いておいてもよいらしい。
二人は温室の奥まで歩き、壁の色や棚の位置を確かめた。セルリアは香りの強くない花を植えたいと言い、シモンは食べられる実のなる木もよいと言った。
「温室で果物を育てるのですか」
「冬にも苺が食べられたら、セルリアが喜ぶかと」
「それは喜びます。でも、庭師が困りません?」
「尋ねてみましょう」
二人に呼ばれた庭師は、冬に実をつけさせるのは難しいが、春を少し早めることならできると説明した。
「では、それでお願いします」
セルリアはあっさり答えた。
できないものを無理に求めるより、できることを聞いて、その中から選ぶ。彼女は昔からそうしている。
庭師は、植える品種をいくつか考えておくと約束し、修繕箇所を見に屋根の裏側へ回った。
二人は温室を出て、婚礼後に住む予定の建物へ向かった。
王宮の敷地内には、結婚した王子や王女が使う小さな宮がいくつかある。セルリアたちには、そのうち南庭に近い一棟が用意されることになっていた。
小さいとはいえ、王女の住まいである。
夫婦の居室のほかに、客を迎える応接室、食堂、書斎、衣装部屋があり、使用人の部屋もついている。少人数の客なら、王宮本館を使わずとも招くことができた。
「この部屋は、シモンの書斎にするのでしょう?」
セルリアは、玄関に近い一室を覗いた。
「二人で使ってもいいのでは?」
「私の机も置くのですか」
「一人で手紙を書くより、そのほうがよくありませんか」
「では、窓際を私が使います」
「もう決まった」
「シモンは大きな机を置くのでしょう。窓際へ置くと、庭が見えなくなります」
「私は壁を見ながら書けばいいの?」
「本棚を置きますから、本を見られますよ」
シモンは窓際に立ち、そこへ机を置いた場合の広さを確かめた。
「ここなら、椅子を二つ並べても通れそうだね」
「来客用ですか?」
「俺がセルリアの机へ行くときの分」
「自分の机を使ってください」
「一人では寂しいでしょう」
「シモンが?」
「たぶん」
セルリアは部屋を見回し、結局、窓際へ小さな机を二つ並べることにした。
大きな机が必要になれば、そのとき考えればよい。
食堂では、朝食をどうするかが話題になった。
セルリアは朝に甘いパンを食べたい。シモンは卵と燻製肉がほしい。どちらも用意すれば済むことだが、セルリアは食べきれずに残った燻製肉の行方まで気にした。
「シモンが食べればよいでしょう」
「毎朝、二人分?」
「では、初めから少なくしてもらいます」
「料理人に聞こう。俺たちだけで決めると、また量が合わなくなるよ」
以前、二人で昼食の献立を決めたときは、好物を一つずつ挙げていった結果、六人分ほどの料理が並んだ。
二人とも食べ物を残すのが嫌いで、その日は夕食まで同じものを食べた。
経験から学ぶ程度には、しっかりしている。
「そういえば、王室卿から我が家へ問い合わせが来たそうです」
食堂を出たところで、シモンが思い出したように言った。
「何の?」
「俺の家族と、これまで何を学んだかについて。父が返事を出したと言っていました」
「ああ、次の女王を選ぶ話ですね」
「姉上のどちらになるのでしょう」
「カドミア姉上ではないでしょうか」
「コーラル殿下も向いていそうです」
「では、どちらかですね」
話はそこで終わった。
二人とも、三人目について考えなかったのである。
「居間も見ます?」
「見ましょう。長椅子の幅を測っておきたいです」
「温室にも置くのでは?」
「こちらにも要ります」
「同じ布にする?」
「それはつまらないでしょう」
セルリアとシモンは、女王の座より長椅子の布地について、ずっと長く話し合った。
第一王女の周囲では人が集まり始め、第二王女の父は子供部屋まで用意している。
その頃、第三王女と幼なじみは、まだ置かれてもいない家具の場所を決めていた。
どちらが大切かと聞かれれば、本人たちは迷わず家具と答えたであろう。




