第七話 第二王配、大喜び
第二王配ヴェルディは、善良な人である。
頼まれれば人を助け、祝い事があれば真っ先に贈り物を届ける。使用人の家に子供が生まれたと聞けば、母親の体を気遣い、上の子供たちの分まで菓子を用意させる。
家族が増えることは、たいへん喜ばしい。
王家ならば、なお喜ばしい。
この二つがヴェルディの中で結びついたとき、娘にとって少々困ったことになった。
*
庭園の茶会から三日後、コーラルとグラファイトは、第二王配の居室へ昼食に招かれた。
食堂の卓には、魚介と香草を焼いた料理、春野菜の煮込み、焼きたてのパンが並んでいた。客は二人だけである。給仕の人数も少なく、確かに家族だけの気軽な昼食に見える。
部屋の隅に、大きな系図が広げられていなければ。
「父上、あれは何です?」
コーラルは椅子へ座る前に尋ねた。
「ウィンザー侯爵家の系図だ」
「なぜ、ここに?」
「グラファイト殿のお父上から写しをいただいた」
ヴェルディは、屈託なく答えた。
「ご覧なさい。ウィンザー家は、ここ四代、どの当主にも三人以上の子供がいる。グラファイト殿のお父上など五人兄弟だそうだ」
「ええ。父は次男です」
グラファイトが答える。
「ご兄弟は皆お元気ですかな」
「叔父が一人、腰を痛めておりますが」
「それは馬から落ちたためだと伺いました。生まれつき体が弱い方はいらっしゃらない」
「よくご存じですね」
「昨日、お父上と話をしましたから」
コーラルはまだ椅子へ座っていなかった。
「父上。グラファイトのお父様に、何をお聞きになったの?」
「家族のことを少し」
「少し?」
「兄弟の人数、幼い頃に大きな病をした者がいるか、子供たちの成長はどうであったか」
「それを少しとは言わないわ」
コーラルはようやく席へ着いたが、系図が見えない向きに椅子を少し動かした。
グラファイトもその隣へ座る。
「もしかして、俺まで品評されていないか」
「ようやく気付いた?」
「最初は、家同士の確認だと思っていた」
「家同士の確認だとも」
ヴェルディは二人の皿へ魚料理を取り分けさせた。
「王家へ入る方なのだから、健康であるに越したことはない」
「私は馬か何かでしょうか」
「まさか。立派な青年だと思っているからこそ、安心したのだ」
「安心したついでに、何人産めそうかまで考えたのよ、この人」
コーラルはパンを一つ取り、二つに割った。
「何人くらいをお考えですか」
グラファイトが小声で尋ねる。
「聞かなくていいの」
「私は三人以上が望ましいと」
「父上!」
給仕をしていた侍従が、パン籠を置いて一歩下がった。
ヴェルディは驚いて娘を見た。
「何だ。以前にも話しただろう」
「そのときも嫌だと言いました」
「だが、お前が次の女王となれば、王家の安泰を考えなくてはならない。今の王家に王女が三人いるから、こうして選ぶことができるのだ」
「まだ私が女王になると決まっていません」
「決まってからでは遅いこともある」
「子供を作る話が?」
「婚礼の準備だ」
「婚礼のどこに、系図を壁一面へ広げる必要があるのよ」
言われてみれば、確かに大きかった。
王宮の記録室で使う系図は、誰と誰が結婚し、どの家へ血がつながっているかを確認するためのものである。食事をしながら眺めるものではない。
「ほかにもあるぞ」
ヴェルディは椅子を離れ、隣の部屋から巻いた紙を持ってきた。
「こちらは、東棟の部屋割りだ」
「なぜ部屋割りまで?」
「二人が結婚したあと、どこで暮らすか考えておいたほうがよいだろう。ここなら夫婦の寝室に近く、日当たりもよい」
ヴェルディが指したのは、広い角部屋だった。
「隣は乳母の部屋にできる。その向こうは子供部屋だ。二部屋をつなげれば、三人でも四人でも――」
「必要ありません」
「だが、子供は一人ずつ部屋を分けるより、幼いうちは兄弟一緒のほうが」
「子供部屋が必要ないと言っているの!」
「いつかは必要になるだろう」
「必要になってから考えます!」
コーラルは割ったパンを皿へ戻した。
グラファイトは部屋割りを覗き込み、ヴェルディの指が置かれている位置を確認した。
「この端の部屋は?」
「将来の学習室だ」
「六人は入れそうですね」
「そうだろう?」
「貴方まで乗らないで!」
「広さを確認しただけです」
なお、グラファイトも子供を望んでいないわけではない。
コーラルと結婚し、二人の間に子供が生まれればうれしいと思っている。しかし、婚礼の日取りも決まらないうちから、未来の子供たちの学習室まで用意されるとは思っていなかった。
「父上」
コーラルは、今度はゆっくり呼んだ。
「私が女王になるかどうかは、母上と閣僚が決めます。グラファイトとの結婚については、私たちと両家で相談します」
「ああ」
「子供を持つか、何人持つかは、私たち二人で考えます」
「王家の事情もある」
「それを考えるのも、まず私たちです」
「しかし、お前は若いから、まだ先のことまで」
「若くても、私の体です」
コーラルはヴェルディをまっすぐ見た。
「父上が産むのではありません」
「それは、もちろん」
「でしたら、先に人数を決めないで」
ヴェルディは部屋割りの紙を見下ろした。
王家に子供が多ければ、継承は安定する。一人に何かあっても、次の者がいる。かつて王家にヴィオレッタ一人しか生まれず、幼い頃からすべてを背負わされたことを、ヴェルディも知っていた。
だから、同じ心配を次の代へ残したくなかった。
ただし、その心配を解決する役目を、娘の腹へまとめて任せるのは違うのである。
「分かった」
ヴェルディは部屋割りを巻き直した。
「子供の人数については、二人に任せよう」
「本当に?」
「もちろんだ。私は、父親として助言をするだけにする」
コーラルは隣のグラファイトを見た。
「今の、信用できる?」
「半分くらいは」
「私もよ」
「何がいけないのだ」
「その『助言』が、どのくらいの頻度で来るか心配なの」
ヴェルディは納得していない顔をしたが、系図も片づけさせた。
壁が元へ戻り、ようやく食堂らしくなる。
「料理が冷めますよ」
グラファイトが言った。
「誰のせいだと思っているの」
コーラルはそう言いながらも、魚料理へ手をつけた。
話が一区切りすると、ヴェルディも席へ戻った。食事の間くらいは子供の話をしないと約束し、代わりに婚礼の招待客について尋ねる。
今度はコーラルも答えた。
三人は食事をし、春の舞踏会の話をし、グラファイトの弟が領地で始めた新しい果樹園の話をした。
ごく普通の、和やかな昼食である。
もっとも、壁から外された系図と、巻かれた部屋割りは、隣室の卓へ移されただけだった。
第二王配は、一度注意されたくらいで家族の繁栄を諦める人ではない。
その熱意が、娘にまったく歓迎されていないことだけが問題であった。




