第三話 三人の父親
三人の王女が誰も女王になりたくないと言っていた頃、その父親たちは、それぞれまったく違うことを考えていた。
第一王配ビステル・ターナーは、娘のカドミアこそ次の女王にふさわしいと考えた。
第二王配ヴェルディ・グラハムは、娘のコーラルが女王になれば王家はますます栄えると考えた。
第三王配エクリオ・カランダッシュは、どうかセルリアが選ばれませんようにと考えた。
さて、この三人は、女王の夫ではあるが、普段から一つの部屋で仲よく並んで暮らしているわけではない。
王宮の内廷には、それぞれの居室と応接室がある。仕える者も別で、食事も自室で取ることが多い。ただし、女王や王女たちを交えた家族の食事には、三人とも同席する。
その日の朝食も、王家の小食堂で始まった。
長卓には焼いた白パン、燻製魚、卵と香草の料理、温野菜、それに数種類の果物が並んでいる。ビステルは先に席へ着き、王女三人の公務記録を読んでいた。
ヴェルディは籠から最後の丸パンを取ろうとし、向かい側から伸びてきたエクリオの手とぶつかった。
「半分にしますか」
「いや、どうぞ」
「では、いただきます」
エクリオは遠慮なく皿へ載せた。
王配になって二十年近くもたつと、この程度のやり取りは実に簡単である。
ちなみに、三人とも侯爵家の次男、または三男である。生家を継ぐ予定がなく、王配となるために王宮へ入った。
王家の血を次代へつなぐという大切な役目を担ったが、国政へ直接口を出す立場ではない。暮らし向きは保証され、儀礼では女王の隣に立つ。その代わり、自分の家へ戻って爵位を継ぐことも、勝手に別の家庭を持つこともできない。
華やかに見えて、制約も多い役目であった。
「三人とも揃っていますね」
ヴィオレッタが入ってくると、王配たちは席を立った。
「朝食を続けてください。今日は家族として話をしたいだけです」
女王が座り、侍従が茶を注ぐ。内廷長ネヴィルは給仕の流れを一度見回してから、壁際へ下がった。
「昨日、娘たちには次期女王を選び始めると伝えました」
「それで、カドミアは何と?」
最初に尋ねたのはビステルだった。
「嫌だそうです」
「まだ、重責を前に戸惑っているのでしょう」
「コーラルは?」
ヴェルディが身を乗り出した。
「嫌だそうです」
「結婚を控えているからですな。ですが、グラファイト殿となら、きっと立派な王家を――」
「セルリアも嫌だそうですよ」
ヴィオレッタは、エクリオに尋ねられる前に言った。
「それはよかった」
エクリオは明るく答えた。二人の王配が彼を見る。
「何がよいのだ」
「本人の望みがはっきりしているのは、よいことだろう」
「王女なのだから、望みだけで決められるものではない」
ビステルが言うと、エクリオはパンへ果実のジャムを塗った。
「だからこそ、父親くらいは娘の望みを聞いてやってもいいのではありませんか」
「カドミアは自分の力を分かっていないのだ。あれほど学問に優れ、冷静に物事を見られる王女はほかにいない」
ビステルは手元の書類を持ち上げた。
カドミアが過去に提出した意見書の写しである。いつ用意したのかは分からないが、少なくとも今朝、急に集めた量ではなかった。
「港の倉庫建設についても、三年前に問題を指摘している。王室財産の整理も、自分から進んで引き受けた。次の女王として不足があるとは思えない」
「人前に出るのが嫌いではなかったか」
「慣れればよい」
「本人が聞いたら怒りますよ」
「必要なことなら、あれはきちんとやる」
父として娘の能力を信じているのは間違いない。
ただし、娘が嫌がっている部分を、少々軽く考えていた。
「コーラルなら、人前へ出ることを嫌がりません」
今度はヴェルディが口を開いた。
「あの子が訪問すると、どこの町でも人が集まる。子供にも好かれますし、何より健康です。グラファイト殿も立派な若者だ。あの二人なら、王家の子供にも恵まれるでしょう」
「まだ結婚していませんよ」
ヴィオレッタが言った。
「ええ。ですから、なるべく早く日取りを決めてはと」
「後継者を決める話をしています」
「その後の後継者も大切ではありませんか」
理屈としては間違っていない。
間違っていないので、なお困るのである。
ヴィオレッタは茶器を置いた。
「ヴェルディ。子供の人数をコーラルに話しましたか」
「三人以上が望ましいとは申しました」
「本人は嫌がっていましたよ」
「ですが、王家の将来を考えれば」
「産むのはコーラルです」
「もちろん分かっております」
分かっている者は、普通、本人より先に人数を決めない。
しかしヴェルディに悪意はなかった。王家が末永く栄え、娘が立派な女王となり、その子供たちが元気に育つ姿を思い描いている。
善意だった。
善意なので、今後さらに困ることになる。
「エクリオは、セルリアをどう思いますか」
ヴィオレッタが尋ねた。
「可愛い娘だと思っています」
「そういうことではありません」
「女王に向いているか、という話でしたら、姉君お二人のほうがよろしいのではありませんか」
「理由は?」
「カドミア殿下は頭がよく、コーラル殿下は人に好かれます。セルリアは、毎日の暮らしが穏やかなら、それで満足する娘です」
エクリオは二つ目のパンへ手を伸ばした。先ほどヴェルディへ譲られたものより小さかったが、今度は何も言わなかった。
「あれはシモンと結婚し、庭のある家で暮らすことを楽しみにしています。王位まで背負わせる必要はないでしょう」
「王女である以上、必要となれば背負わなくてはなりません」
ビステルが言った。
「必要ならば、です。まだ姉君がお二人おられる」
セルリアと同じことを言っている。
親子なので、考え方も似るのであろう。
「よく分かりました」
ヴィオレッタは三人を順に見た。
「これから閣僚と王室会議が、王女たちと結婚相手、その実家も含めて検討します。貴方たちの意見も聞くことになりますが、それまでは勝手に話を進めないでください」
「勝手に、とは?」
ビステルが尋ねた。
「貴族へ働きかけたり、支持を集めたりしないように、ということです」
「まだ何もしておりません」
「これからもしないでください」
「承知しました」
ビステルはそう答え、書類を揃えた。
ヴェルディは、コーラルの婚礼を早めることが働きかけに入るのか考えていた。
エクリオは、これまでどおり何もしなければよいのだと受け取った。
三人とも、女王の話をきちんと聞いた。
そして三人とも、自分は娘のためを思っていると信じていた。
この日から、ビステルは娘の長所を示す資料をさらに集め、ヴェルディはコーラルとグラファイトの婚礼について考え始めた。
そしてエクリオは何もしなかった。
まさかそれが、最も高く評価されるとは知らずに。




