第十四話 第二王配のお仕置き
第一王配ビステルが十七通の書状を書き始めた翌日、第二王配ヴェルディも小会議室へ呼ばれた。
今回、卓の上へ置かれていたのは書類だけではない。
港祭りでコーラルへ贈られた祝い着、東棟の部屋割り、子供用の馬を育てている牧場から届いた案内、乳母を紹介したいという伯爵夫人の手紙、幼い王族へ音楽を教えるなら、ぜひ自分をという楽師の推薦状。
ヴェルディは席へ着く前に、それらを見回した。
「ずいぶん集まりましたな」
「父上が集めたのよ」
コーラルは、グラファイトと並んで向かい側に座っている。
「私は、ここまで頼んでいないぞ」
「どこまで頼んだの?」
「婚礼後の暮らしに必要なものを、少し調べただけだ」
「祝い着は?」
「服飾組合が気を利かせたのだろう」
「子供用の馬は?」
「牧場主に、どのくらい前から育てればよいか尋ねた」
「乳母は?」
「よい者は急に頼んでも見つからない」
「楽師は?」
「王家の子供なら、音楽も学んだほうがよい」
コーラルは指を折るのをやめた。
「すべて父上ではありませんか……」
「私は調べただけだ。正式な注文はしていない」
「子供の人数については、私たちに任せると約束しましたよね」
「人数は決めていない」
「子供が生まれることは、もう決めているでしょう!」
ヴェルディは、何が違うのか分からない様子で娘を見た。
「二人とも子供を持ちたくないのか?」
「今、それを父上に答えたくありません」
「なぜだ。結婚するなら大切な話だろう」
「だから、グラファイトと私で話すのです」
「王家の将来にも関わる」
「またそれですか」
コーラルは祝い着の入った箱を、父のほうへ押した。
「まだ婚礼の日取りも決まっていません。私が女王になるかも決まっていません。その前から、知らない方々に、私が産む子供の服や乳母や教師を決められたくないの」
「決めてはいない。候補を探しただけだ」
「候補が私のところへ届いているでしょう!」
服も馬も乳母も教師も、ヴェルディの頭の中だけにあるうちは、まだ想像で済んだ。
それを実際に働く者へ話したため、先方は王家から声がかかったと考えたのである。
「グラファイト殿は、どう思っているのだ」
ヴェルディは娘の隣へ座る青年を見た。
「私は、コーラル殿下と家庭を持つことを望んでおります」
「ならば、いずれ子供も」
「その話は、殿下といたします」
「私には話せないのか?」
「話せないのではなく、まず二人で決めることです」
「父親として、心配しているだけだ」
「分かっております」
グラファイトは、祝い着の箱へ目を向けた。
「ですが、この服が必要になるとしても、ずっと先です。今から作れば、しまっている間に布が傷みます」
「作り直せばよい」
「子供用の馬も、先に大人になります」
「よく育った馬なら、乗れるようになるまで待てるだろう」
「子供のほうは、馬よりあとに生まれるのですよ」
「次の子が乗ればよい」
「次の子まで増えたわ!」
コーラルが卓を叩いた。
「ヴェルディ」
ヴィオレッタが呼ぶと、第二王配はようやく口を閉じた。
「貴方が、なぜ王家の子供を増やしたがるのかは分かっています」
「陛下」
「私が一人だったからでしょう?」
先王夫妻の間に生まれた子供は、ヴィオレッタ一人だった。
王家にほかの候補がいないため、幼い頃から女王となることを求められた。病に倒れることも、大きな怪我をすることも許されないような暮らしだった。
ヴェルディは王配として王宮へ入ったあと、その話を何度も聞いている。
「王女が三人いるから、一人に何かあっても王家は続く。三人のうち、最も向いている者を選ぶこともできる。子供が多いほうが安心だと、そう思っているのでしょう」
「はい」
「その気持ちは、ありがたく思います」
ヴェルディの顔が少し明るくなった。
「でしたら――」
「ですが、産む者の気持ちより先に、周囲が安心してはいけません」
明るくなった顔が元へ戻った。
「私は、自分しかいない王家で育ちました。だから、断れないまま多くのことを引き受けました」
ヴィオレッタは、娘の前にある祝い着へ手を置いた。
「コーラルに同じ思いをさせたくないなら、本人が断っていることを押しつけてはなりません」
「押しつけたつもりは」
「そのつもりがなくても、服は届きました」
ヴェルディは箱を見た。
「馬も育て始めるところでした」
「まだ牧場を選んだだけです」
「乳母も探しましたね」
「候補を聞いただけで」
「楽師にも話が伝わっています」
「それは、知人が勝手に」
「すべて、貴方から始まっています」
女王に一つずつ並べられ、ヴェルディも返事が続かなくなった。
彼からしてみれば、王家の繁栄を願っただけである。
娘とグラファイトが結婚し、子供が生まれ、大勢の家族が王宮で暮らす。ヴェルディにとっては、どこにも不幸な者のいない未来だった。
ただし、その未来を作る役目を任された娘は、まだ何も望んでいない。
「分かりました」
ヴェルディは祝い着の箱へ蓋をした。
「今後は、二人に尋ねてからにします」
「今後だけでは足りません」
コーラルが言った。
「父上には、これを全部片づけていただきます」
「片づける?」
「祝い着は服飾組合へお返しください。牧場には、子供用の馬を育てる話はいったん取り消すと。乳母を紹介してくださった夫人と、楽師にも、まだ必要ないと父上から伝えて」
「使うことになるかもしれないのに?」
「父上」
「……分かった」
「東棟の部屋割りも回収してください。写しは何枚あります?」
「王室営繕部と、家具係に一枚ずつ」
「ほかには?」
「私のところに二枚」
「なぜ二枚も?」
「書き込み用と、保存用だ」
「全部です」
「原図くらいは残しても」
「全部!」
ヴェルディは、部屋割りの紙を自分の前へ引き寄せた。カドミアのように質問を重ねなくとも、コーラルは一言で押し切ることがある。
「もう一つあります」
ヴィオレッタが告げた。
「今日から六週間、貴方を婚礼の準備から外します」
「六週間も?」
「その間に、今まで広げた話を片づけてください」
「だが、婚礼衣装や招待客は、そろそろ」
「私とグラファイト、それぞれの家、それに王室の係で進めます」
「父親の意見も必要だろう」
「必要になったら、こちらから尋ねます」
コーラルは、はっきり答えた。
「六週間が過ぎたあとも、私たちから頼んだことだけをしてください」
「一つずつか?」
「はい」
「こちらから提案するのは?」
「まず私たちへ尋ねて」
「参考になる資料を集めるくらいなら」
「六週間、禁止です」
ヴェルディは、王室卿と宰相を見た。二人とも助ける様子はない。
司法卿はすでに、決まった内容を書面へまとめていた。
「祝いたかっただけなのだが……」
ヴェルディが言った。
「私たちの婚礼を祝ってくれるなら、私もうれしいわ」
コーラルは少しだけ声を和らげた。
「でも、その先まで父上が決めないで。私たちが二人で考える時間をください」
「……分かった」
今度の返事は、先ほどより小さかった。
「六週間たったら、一つくらい役目をくれるか?」
「きちんと片づけられたら考えます」
「たとえば、婚礼の音楽を」
「父上が選ぶと、楽師を二十人くらい呼ぶでしょう」
「祝い事なのだから、華やかなほうが」
「七週間にします?」
「六週間でよい」
ヴェルディはすぐに答えた。
*
第二王配へのお仕置きは、婚礼の準備から外され、自分が先走って集めたものを、一つずつ元へ戻すことであった。
祝い事へ参加するのが好きなヴェルディにとって、準備を眺めているだけの六週間は長い。
しかも、その間にもコーラルとグラファイトは、衣装を選び、招待客を決め、料理人と婚礼の献立を相談する。
ヴェルディには、結果だけが知らされた。
「菓子は何に決まったのだ?」
ある日の家族の昼食で、彼はコーラルへ尋ねた。
「まだ候補を三つまで絞ったところよ」
「試食には」
「父上は来なくていいわ」
「食べるだけでも?」
「六週間です」
コーラルは魚料理を取り分けた。
その隣で、グラファイトは笑いをこらえている。
「あと何日だ?」
「三十二日」
「まだ、それほどあるのか」
「自分で始めたことでしょう」
ビステルは十七通の書状を書き、ヴェルディは六週間、婚礼準備から外された。
ようやく、第一王女と第二王女の周りも静かになり始めた。
一方、第三王配エクリオは、お仕置きを受けなかった。
女王の命令を守り、娘の意思を尊重し、何も広げていないので、片づけるものがなかったのである。
これで閣僚たちは、三人の王女を改めて比べることができる。
ただし、第一と第二の父親に問題があったから、残った第三王女を選ぶという話ではない。
そのことは、次の会議で、はっきり確認されることになる。




