第十三話 第一王配のお仕置き
最初に呼び出されたのは、第一王配ビステルだった。
場所は、女王が普段使う小会議室である。
長卓の一方にはヴィオレッタと宰相、王室卿、司法卿が座り、反対側にはカドミアとエボニーがいる。
ビステルのために用意された椅子は、その間に一つだけだった。
「ずいぶん大勢だな」
ビステルは席へ着き、卓上の書類を見た。
「私の面会記録ですか」
「その一部です」
宰相が答えた。
記録には、この一月ほどの間にビステルを訪ねた者の名と、その後の動きがまとめられている。
港湾関係の商人、慈善病院の支援者、王都に屋敷を持つ貴族、政府で役職に就く若者と、その父親。
ビステルは十七人と会い、そのうち十一人へカドミアの働きについて話していた。
「私から呼びつけた者ではありません」
「それは聞きました」
ヴィオレッタは記録を一枚めくった。
「訪ねてきた相手へ、カドミアが三年前に書いた港湾整備の意見書を見せましたね」
「話だけでは分かりにくいと思ったので」
「慈善病院の支援者には、会計の誤りをカドミアが見つけた話を」
「事実です」
「ローデン伯爵には、王室財産の整理を任せられるのはカドミアだけだと」
「それも事実だ」
「私にはできませんか」
ヴィオレッタが尋ねた。
「陛下は、すでに多くの仕事を抱えておられるという意味です」
「宰相には?」
「宰相は王室財産を直接扱う立場ではない」
「王室卿は?」
「カドミアほど細かな記録を見る時間はないだろう」
王室卿は、手元の紙へ何かを書き加えた。
「では、カドミアにしかできないと?」
「少なくとも、あれほど早く誤りを見つけられる者は多くない」
ビステルは堂々と答えた。彼は娘の能力については、少しも疑っていないのである。
「父上」
カドミアが呼んだ。
「私と会った方々から、父上のお話を伺いました」
「お前の仕事が正しく評価されたのなら、よいことだろう」
「私が女王になりたがっていないことも、話してくださいました?」
ビステルの返事が止まった。
「それは、お前個人の気持ちだ」
「私について話したのでしょう?」
「能力の話とは別だ」
「候補本人が女王になりたくないという気持ちは、能力より軽いのですか」
「軽いとは言っていない」
「では、なぜ話さなかったの?」
「他人へ話すことではないと思ったからだ」
「私の意見書は、他人へ見せたのに?」
「あれは公務で提出したものだ」
「王宮内で使う資料です。外へ配るために書いたものではありません」
「配ってはいない。見せただけだ」
カドミアは手元の紙へ一行書いた。
「何を書いた?」
「あとでまとめて伺います」
「今ではいけないのか」
「まだ質問が残っています」
ビステルは一度口を閉じた。
娘が怒ると質問が増えることを、近頃ようやく理解し始めている。
「エボニーへ、政府でどの役目に就きたいかという問い合わせが届きました」
今度は宰相が言った。
「ご存じですか」
「若い者が、将来について尋ねただけだろう」
「誰から聞いた将来でしょう」
「私が決めたわけではない」
「ですが、貴方はローデン伯爵へ、エボニー殿なら財務官も務められると話しています」
「能力から見れば当然だ」
エボニーが革鞄から一通の手紙を出した。
「その翌日、伯爵のご子息から、将来は私の下で働きたいと届きました」
「期待されるのは悪いことではない」
「私はまだ、働く場所すら決めておりません」
「いずれ王宮へ入るのだろう」
「カドミア殿下との婚礼後に、二人で相談いたします」
「王配となれば、王家のために働くものだ」
「その役目を、なぜ第一王配殿下が先に決めるのです?」
エボニーの問いへ、ビステルは答えなかった。
自分では、何も決めていないつもりだった。
娘が女王となり、エボニーがそれを支える。カドミアの能力を知れば、誰もが同じ結論へ至る。
そう信じて、その結論へ向かう材料だけを周囲へ渡していたのである。
「ビステル」
ヴィオレッタは、十七人の名が並んだ記録を彼の前へ置いた。
「私は、支持を集めるようなことをしないでほしいと言いましたね」
「支持は求めておりません」
「では、貴方と会った者たちが、なぜカドミアに決まったように話しているのです?」
「彼らが勝手に考えたことです」
「その考えを訂正しましたか」
「まだ何も決まっていないとは話した」
「その直後に、カドミアの功績を教えたのでしょう」
「尋ねられたからだ」
「コーラルとセルリアの功績も話しました?」
ビステルは記録へ目を落とした。
「尋ねられていません」
「でしょうね」
ヴィオレッタは、宰相から別の紙を受け取った。
「こちらは、貴方と会った方々が、その後に参加した集まりです。十一人がそれぞれ別の場所で、カドミアが次の女王にふさわしいと話しています」
「実際、ふさわしい」
「それを決めるのは貴方ではありません」
ヴィオレッタの言葉で、ようやくビステルの口が閉じた。
「カドミアが優秀であることは、私も閣僚も知っています。知らなければ、候補には入れません」
「ならば、なぜ」
「優秀な王女が一人しかいないわけではないからです」
卓には、三人分の公務記録が置かれている。
カドミアだけではない。コーラルにも、セルリアにも、それぞれ別の長所がある。
「貴方が娘を誇る気持ちは分かります」
「でしたら」
「誇ることと、本人の望みを無視して道を作ることは別です」
ビステルは娘を見た。
カドミアは手元に紙を置き、父の返事を待っている。
「お前は、本当に女王になりたくないのか」
「何度目です?」
「今、もう一度聞いている」
「なりたくありません」
「能力があるのに?」
「能力の使い方は、女王になることだけではないでしょう」
カドミアはすぐに答えた。
「私は書類を読み、制度を調べ、必要なら意見を出します。女王にならなくてもできます。人前に立ち続け、毎日多くの者へ会う役目まで引き受けたいとは思いません」
「慣れるかもしれない」
「慣れなかったら?」
「それは」
「一生、我慢するのですか」
ビステルは返事を探した。
「父上が私を信じてくださることは、うれしく思っています」
カドミアは、書き留めていた紙を閉じた。
「だからこそ、私の言葉も信じてください」
今度は、ビステルもすぐに言い返さなかった。
ヴィオレッタは二人の様子を見てから、宰相へ合図した。
「では、今後についてお伝えします」
宰相は新しい書類を開いた。
「第一王配殿下には、これまで面会した十七名へ、改めて書状を出していただきます」
「書状?」
「次期女王は決まっておらず、三人の王女殿下が同じ条件で検討されていること。第一王配殿下には、誰かを推す権限がないこと。この二点を明記してください」
「それなら、書記に」
「ご自身で文面をお作りください」
「十七通すべてか」
「相手に合わせて内容を変える必要がございますので」
同じ文面を写して終わり、とはならないらしい。
「完成したものは、カドミア殿下にご確認いただきます」
「私が?」
カドミアも初めて聞いたらしく、宰相を見た。
「殿下のお名前と功績について、どのような誤解が生じたか、最もよくご存じですから」
「分かりました」
カドミアは喜んで引き受けた。
その時、ビステルの顔に、さっとわずかな疲れが走った。
娘の確認を受けながら十七通の手紙を書くなど、大声で叱られるより、よほど時間がかかる。
「加えて、今後三月の間、王位継承に関係する面会には、王室卿の指定した者を同席させます」
「私の客にまで?」
「王位の話をしない客なら、これまでどおりです」
「話題が途中で出た場合は?」
「同席者から、まだ決まっていないと説明してもらいます」
「私も同じ説明をしている」
「そのあとにカドミア殿下の功績を話してしまわれますので」
王室卿は、たいへん穏やかに答えた。
「私を見張るということか」
「陛下の命令が守られているか、確認するためです」
言い換えても、だいたい同じである。
ビステルは卓上の記録を見回した。
「私は、カドミアのためを思っただけだ」
「分かっています」
ヴィオレッタが答えた。
「悪意があったとは考えていません。だから、貴方が広めた話を、貴方自身で正してもらうのです」
「……承知しました」
ビステルは、ようやく頭を下げた。
その日の午後、第一王配の部屋では、十七通の書状作りが始まった。
ビステルが最初に書いた文面は、次のようなものだった。
――このたび、私の説明が誤解を招いたのであれば――
「父上」
向かいで読んでいたカドミアが、すぐに止めた。
「何だ」
「『誤解を招いたのであれば』ではありません」
「実際に誤解したのは向こうだろう」
「父上のお話が、その誤解を招いたのです」
「私は事実しか話していない」
「では、最初からやり直してください」
ビステルは新しい紙を取った。
――このたび、私の説明により――
「次は?」
「そこまでは結構です」
まだ一行目である。
書くべき手紙は、あと十七通あった。
第一王配へのお仕置きは、始まったばかりだった。




