第十二話 閣僚、見始める
閣僚たちは、三人の王女を実際に見て確かめることにした。
普段の公務へ同行し、仕事の進め方を見る。必要があれば本人から話を聞き、結婚相手とも会う。
王女たちには、前もって知らせた。
「具体的には、どの公務をご覧になるのですか」
カドミアは、宰相の説明が終わる前から質問を書き留めていた。
「期間は? 同行する方は毎回同じですか? 評価する項目は決まっています? 私たちにも、あとで結果を教えていただけるのでしょうか」
「一つずつお答えいたします」
宰相は、最初から紙を用意してきていた。
カドミアと話すときは、答えを書いて持ってくるほうが早い。
「人の多い催しも見てくださるの?」
コーラルが尋ねた。
「もちろんでございます」
「でしたら、来週の港祭りがよいわ。船乗りたちの踊りもありますし、今年は海軍の楽団も来るの」
「遊びに行くわけではございません」
「公務も楽しまなければ、来てくださる方に失礼でしょう?」
王室卿は返事に困り、手元の予定表へ港祭りと書き込んだ。
「私は何をすればよいのですか」
セルリアも尋ねた。
「いつもどおりにお願いいたします」
「いつもどおり?」
「普段、殿下がなさっている公務を拝見します」
「明日は療養院へ伺いますよ」
「では、司法卿がご同行いたします」
「昼食もいただく約束です」
「司法卿の分もお願いできますか」
「聞いてみます」
三人とも、説明は理解した。
ただし、理解したあとに考えたことは、それぞれ違う。
カドミアは、評価項目が決まっていないことを問題だと思った。
コーラルは、港祭りに着ていく衣装を考えた。
セルリアは、療養院の昼食が一人分増やせるか気にした。
*
まず宰相が同行したのは、カドミアが出席する港湾整備の会議だった。
王宮の会議室には、財務官、港湾官、商人組合の代表、それに二つの港町から来た役人が集まっていた。
議題は、南の港へ建てる新しい倉庫である。
古い倉庫だけでは、輸入した穀物と香辛料を同時に置けない。新しい倉庫を建てれば荷揚げは早くなるが、そのためには岸壁の一部も直さなければならなかった。
カドミアは配られた書類へ目を通し、費用の一覧で手を止めた。
「岸壁の補修費が、こちらとこちらへ二度入っています」
財務官が書類を引き寄せた。
「片方は、倉庫前の荷揚げ場でございます」
「もう片方は?」
「船着き場から荷揚げ場までの通路です」
「同じ石材を使うのに、値段が違うのはなぜです?」
港湾官が別の資料を開いた。
「通路側は、荷車の重さに耐えるよう、厚い石を使います」
「厚さはどこに書いてあります?」
数人が一斉に紙をめくったが、書かれていなかった。
「これでは、同じ工事を二度数えているように見えます。説明を加えてください。それから、荷車が通る幅も必要では?」
「確認いたします」
「確認する相手は?」
「現地の工事官へ」
「いつまでに?」
「五日以内に」
カドミアは余白へ、五日後と書いた。質問が増える。
ただし今日は怒っているのではなく、仕事をしているのである。
会議へ同席していたエボニーは、積まれた資料から昨年の石材価格を探し出した。
「こちらでは、同じ厚さの石がもう少し安くなっています」
「運送費が違うのではないか」
商人組合の代表が答えた。
「でしたら、石材と運送を分けて書いたほうがよいでしょう。来年、別の港と比べるときにも使えます」
宰相は二人のやり取りを聞きながら、手元の記録へ書き加えた。
カドミアは書類を正確に読み、分からない点を残さない。エボニーは必要な資料をすぐに探し、話を先へ進める。
本人たちについては、たいへん高く評価できる。
問題は、会議が終わったあとに起きた。
「殿下、見事なご指摘でした」
廊下へ出るなり、商人組合の代表がカドミアへ近づいた。
「ぜひ今後も、港のことをお導きいただきたい」
「私は以前から意見書を出しています」
「ええ。これからは、さらに大きなお立場で」
カドミアの足が止まった。
「それは、どういう意味でしょう」
「第一王配殿下からも、殿下は王国の財務をよくご理解なさっていると伺いました」
「いつ、お会いになったのです?」
「先週、王宮で」
「何をお話しになりました?」
廊下で質問が始まった。
宰相は記録へ、第一王配ビステルと商人組合代表の面会、と加えた。
どうやら、こちらも詳しく調べる必要がある。
*
数日後、王室卿はコーラルとグラファイトに同行し、港祭りへ出かけた。
朝から空は晴れ、海沿いの広場には色とりどりの旗が並んでいた。
漁師たちは大鍋で魚と貝を煮込み、商人たちは果実酒や焼き菓子を売っている。子供たちは小さな木の船を水路へ浮かべ、どれが早いか競っていた。
コーラルが馬車から降りると、広場のあちこちから声が上がった。
彼女は立ち止まり、手を振り、迎えに出た町長夫婦へ挨拶をする。グラファイトはその隣で、以前会った船主や職人の名を呼んだ。
「お父上の具合はいかが?」
「もう杖で歩いております、殿下」
「それはよかったわ。去年の祭りでは、ずっと椅子に座っていらしたものね」
短い会話でも、相手は自分を覚えていてくれたと分かる。コーラルは、そういうことがたいへん得意だった。
式典が始まる頃、海から強い風が吹いてきた。
飾りの旗が激しく揺れ、卓に並べてあった紙の皿が飛ぶ。続いて細かな雨が落ちてきた。
「天幕へ移りましょう」
町長が慌てて人を呼んだ。
「全員は入りません」
「では、王女殿下とご来賓だけでも」
「先に、子供と年配の方を入れて」
コーラルは近くにいた係へ声をかけた。
「料理の鍋は、屋根のある魚市場へ運べるかしら?」
「市場なら火も使えます」
「では、昼食はそちらにしましょう。楽団も市場の前なら演奏できるでしょう?」
王室卿が、広場と市場の位置を確かめる。
「式典の挨拶はどうなさいますか」
「市場でします。魚の隣でも、話す内容は変わらないわ」
グラファイトは、風にあおられたコーラルの帽子を押さえた。
「今日は持って逃げないでね」
「さすがに叱られます」
「いつも叱っているでしょう」
二人は係の者たちと一緒に広場を歩き、客を魚市場へ案内した。
予定とは違う場所になったが、祭りは続いた。
魚市場の軒下で楽団が演奏し、大鍋の料理が配られる。コーラルは漁師たちと話し、子供たちの船を見て、最後には踊りの輪へ加わった。
グラファイトも隣で踊った。
帰りの馬車で、王室卿は記録をまとめた。
コーラルは人に好かれ、急な出来事にも強い。グラファイトは彼女を支えながら、自分でも周囲へ気を配れる。
こちらも、本人たちについては申し分ない。
「殿下。最後に贈られた木箱は何でございますか」
王室卿が尋ねた。
「祝い着だそうよ」
コーラルは向かいの座席に置かれた箱を見た。
「町の服飾組合が、将来生まれる王家の子供へ、と」
「またでございますか」
「父上が、私たちは港祭りへ行くと話したらしいわ」
「第二王配殿下は、服飾組合ともお知り合いで?」
「昨日からよ」
ヴェルディは、王女が訪問するなら祝い着を見せてはどうかと、わざわざ組合へ勧めたらしい。
王室卿は新しい紙を取り出した。
王女本人と婚約者の評価より、父親についての記録のほうが長くなり始めている。
*
司法卿は、セルリアとともに王都の療養院を訪れた。
療養院には、長く休養が必要な患者と、身寄りのない老人が暮らしている。
セルリアは年に数回ここを訪れ、患者たちと話をし、厨房や寝具に不足がないかを確かめていた。
華やかな催しではない。
出迎えた院長も、働く者たちも、第三王女の訪問にはすでに慣れていた。
「前に頼まれていた本を持ってきました」
セルリアが侍従から木箱を受け取った。
中には、文字の大きな物語の本が入っている。
以前訪れたとき、目の弱くなった老人から、大きな文字なら自分でも読めると聞いていたのである。
「本当に持ってきてくださったのですね」
「約束しましたから」
老人は早速一冊を開き、窓際の椅子へ運んでもらった。
セルリアはほかの患者とも話したあと、院長から厨房を広げる計画について説明を受けた。
「最近、入院する方が増えました。今の厨房では、一度に作れる食事の量が足りません」
院長が見取り図を広げた。
「こちらの壁を取り払い、隣の物置まで厨房にしたいと考えております」
「工事をすれば、どのくらい広くなるのです?」
「今の倍ほどです」
「では、料理をする方に聞きましょう」
院長は少し驚いたが、すぐに厨房の責任者を呼ぶ。やってきた女性は見取り図を見て、首をひねった。
「広くなるのはありがたいのですが、こちらへ竈を増やしますと、薪を運ぶ入口から遠くなります」
「どのくらい?」
「今の倍は歩くことになります。水場も、こちら側ですので」
セルリアは見取り図を回し、司法卿にも見せた。
「私は厨房のことが分かりません。工事をする方にも来ていただけます?」
療養院の修繕を担当している工事官が呼ばれた。
工事官は壁と水場を調べ、物置側ではなく、中庭側へ小さく増築する案を出した。そこなら薪を運ぶ入口にも近く、新しい水場も作りやすい。
「費用は?」
「最初の案より増えます」
「どのくらい増えるのか、私が決めてよい範囲なのかも分かりません」
セルリアは司法卿を見た。
「王室の慈善費から出す場合は、王室卿と財務官の確認が必要です」
「では、見積もりを出してもらいましょう。院長、それまで工事を始めずに待っていただけます?」
「承知いたしました」
「厨房の方にも、もう一度見てもらってください。毎日使う方が困る形ではいけませんから」
セルリアは見取り図を畳まず、工事官へ渡した。自分で持ち帰っても、詳しいことは分からないのだから。
そのあと、療養院の食堂で昼食を取った。
司法卿の分も無事に用意されていた。豆と野菜を煮たスープに、柔らかなパン、白身魚の焼き物である。
「地味なお食事で、申し訳ございません」
院長が言った。
「いつも皆さんが召し上がっているものをいただきたかったのです」
セルリアはスープを一口飲んだ。
「おいしいですよ。豆が柔らかくて」
「朝から煮ておりますので」
「新しい厨房になっても、同じように作れます?」
「それを先ほど、責任者も心配しておりました」
「では、やはり聞いてよかったですね」
司法卿はパンを切りながら、午前のやり取りを思い返した。
セルリアは厨房の設計も、工事費も、自分では決められない。
その代わり、誰に尋ねればよいかを探し、実際に使う者の話を聞いた。自分の権限で決められない部分は、決められる者へ回した。頼まれていた本も、忘れずに持ってきた。
目立つ働きではない。
しかし国王が、すべての仕事について誰より詳しい必要はない。
詳しい者の話を聞き、必要なところへ任せ、その結果を確かめることも、王の仕事である。
*
王宮へ戻った三人の閣僚は、それぞれの記録を持ち寄った。
「カドミア殿下は、やはり優秀です」
宰相が言った。
「コーラル殿下も、人前へ立つ力では一番でしょう」
王室卿が続けた。
「セルリア殿下も、これまでの記録へ加えるべき点がありました」
司法卿は、新しい報告を卓へ置いた。
最初に王室卿が作ったセルリアの記録には、問題となることは特にない、とだけ書かれていた。
今度はその下に、三つの項目が加えられた。
分からないことを、そのままにしない。専門家と、実際に働く者の話を聞く。一度した約束を忘れない。
「三人とも、別の長所がありますな」
宰相は報告書を並べた。
「王女殿下ご本人だけなら、いずれも候補から外す理由はございません」
「結婚相手にも、大きな問題はありません」
「では、残る問題は」
三人の視線が、父親たちに関する書類へ移った。
第一王配ビステルの面会記録。
第二王配ヴェルディが各所へ持ちかけた、婚礼と子供に関する話。
第三王配エクリオの欄には、兄から林檎を受け取った、とだけ書かれている。
「まず、このお二人を何とかしたほうがよさそうですね」
王室卿が、第一王配と第二王配の書類を指す。宰相と司法卿も頷いた。
王女を選ぶ前に、父親を静かにさせる必要があった。




