第十五話 消去法ではありません
第一王配ビステルが十七通の訂正を書き終え、第二王配ヴェルディが子供用の馬を育てる話まで取り消したところで、次の会議が開かれた。
女王ヴィオレッタの前には、三人の王女について調べた書類が並んでいる。
カドミアの束には、港湾、財務、法律、外国との取引に関する記録。
コーラルの束には、式典、外国使節の接待、各地への訪問、港祭りでの対応。
セルリアの束には、慈善施設への訪問、療養院の厨房、約束していた本、それに婚礼後の住まいについての書類があった。
最後のものが王位選びに必要かどうかは、少々疑わしい。
「では、父親に問題のなかった第三王女を残すということで」
王室卿が言いかけたところで、ヴィオレッタが止めた。
「消去法ではありません」
「もちろん、それだけで決めるつもりは」
「今の言い方では、そう聞こえました」
王室卿は開いた書類を見下ろした。
「失礼いたしました」
「ビステルとヴェルディが先走ったことは、娘たちの責任ではありません。カドミアとコーラルを、それだけで候補から外してはなりません」
「では、王配殿下方に関する記録は別にいたしましょう」
司法卿が、三人の父親についてまとめた束を長卓の端へ移した。
ビステルの束は厚い。
ヴェルディの束は、部屋割りが大きいため、さらに場所を取る。
エクリオのものは、兄から林檎を贈られたという手紙の写しが一枚あるだけだった。
「こちらは残しますか?」
司法卿が林檎の手紙を持ち上げた。
「一応、調査で集めたものですから」
宰相が答えた。
「では、残しておきます」
次期女王を選ぶ大切な会議で、林檎の手紙は正式な資料として保管されることになった。
「まず、カドミア殿下です」
宰相が最初の報告書を開いた。
「法律、財務、行政については、三人の中で最も深く理解しておられます。提出された数字をそのまま受け取らず、過去の記録と照らし合わせ、不明な費用があれば、その場で確かめることができます」
「エボニー殿も同様ですな」
司法卿が続けた。
「王配となれば、殿下の仕事を十分に助けられるでしょう」
「二人とも、たいへんよく働きます」
ヴィオレッタも認めた。
ただし、よく働く者が二人揃うと、二人でさらに多くの仕事を抱えることがある。
カドミアとエボニーは、他人へ任せる前に、自分たちで書類を読んだほうが早いと考えがちだった。
「カドミアは、人前へ出続ける暮らしを望んでいません」
「しかし、女王となれば避けられません」
「必要な式典には出るでしょう。嫌だからと役目を放り出す娘ではありません」
ヴィオレッタは、カドミアの公務記録を一枚めくった。
「だからこそ、引き受けさせれば、嫌でも続けてしまいます」
王室卿は、港祭りへ出席したコーラルの報告書を開いた。
「では、コーラル殿下はどうでしょう。人前へ立つことを苦にせず、予定が崩れたときにも、その場で対応できます。誰へ声をかければ人が動くかも、よくご存じです」
「グラファイト殿との連携も取れております」
「催しが予定どおりに進んでいると、二人で予定を増やすことがありますが」
宰相が付け加えた。
「それは王宮の係が止めればよいでしょう」
「止めても、踊りを一つ増やしたことがありました」
「皆、喜んだではありませんか」
ヴィオレッタは娘をかばったが、予定を管理していた係は喜ばなかったであろう。
「コーラル殿下には、人を引きつける力があります」
司法卿が言った。
「一方で、女王となれば、婚姻やお子について、今以上に周囲から期待されます」
「本人が最も嫌がっていることですね」
「はい。グラファイト殿は殿下の意思を尊重しておりますが、王宮の外にいる者すべてを止めることはできません」
祝い着を返しても、次の者が別の祝い着を持ってくるかもしれない。
子供用の馬を断っても、今度は揺り籠を作る者が現れる。
王家の婚礼とは、そういうものである。
そしてコーラルは、祝い事は好きだが、生まれてもいない子供の揺り籠まで選ばれるのは嫌だった。
「では、セルリア殿下ですが」
司法卿が、三つ目の束を自分の前へ置いた。
「法律や財務について、カドミア殿下ほど詳しくはありません。公の場で人をまとめる力も、コーラル殿下のほうが上でしょう」
「それでは、やはり残ったから選ぶことになりませんか」
ヴィオレッタが尋ねた。
「いいえ。セルリア殿下は、ご自分が詳しくないことを承知しておられます」
司法卿は、療養院での記録を開いた。
「厨房の増築について尋ねられたとき、院長の説明だけで決めず、実際に厨房を使う者を呼びました。設計は工事官へ、費用は王室卿と財務官へ回しております」
「何も決めていないようにも見えますな」
王室卿が言った。
「誰へ任せるべきかを決めています」
宰相が答えた。
「王が石材の値段を一つずつ調べ、祭りの天幕を自分で運び、厨房の炉の高さまで決める必要はありません」
「それでは、王は何をするのです?」
「誰の話を聞くかを決めます。誰へ任せるかを決め、任せた仕事がどうなったかを確かめます。意見が分かれれば、それぞれに尋ねます」
宰相は、セルリアの記録へ指を置いた。
「セルリア殿下は、院長だけでなく厨房責任者へも尋ねました。分からないことは工事官へ聞き、ご自分の権限を越える費用については、勝手に約束しませんでした」
「大きな文字の本も持ってきました」
司法卿が付け加えた。
「それは王の仕事に関係がありますか?」
「一度した約束を、相手が催促しなくとも覚えていたということです」
王室卿は、改めてセルリアの報告書を読んだ。
書かれていることは地味である。
大勢の前で演説をしたわけではないし、新しい制度を作ったわけでもない。
ただ、尋ね、任せ、約束を守っていた。
「王が直接すべてを動かす国なら、カドミア殿下が最も適しているかもしれません」
宰相が言った。
「王が民衆の先頭へ立ち続ける国なら、コーラル殿下でしょう。しかしホルルベインでは、法律を作る者も、財務を扱う者も、港や街道を管理する者も、それぞれにおります」
「王の役目は、その者たちが正しく働けるようにすることです」
司法卿が続けた。
「ならば、自分だけで決めず、必要な者へ尋ねるセルリア殿下は、この国の仕組みによく合っています」
ヴィオレッタは、娘たちの書類を順に見た。
「パーシモンとルフラン伯爵家については?」
「問題はございません」
王室卿が別の書類を取り出した。
「ルフラン伯爵家から、王宮での役職や領地についての希望は出ておりません。パーシモン殿本人からも同様です」
「カランダッシュ侯爵家は?」
「エクリオ殿下の兄君から、一度だけ協力を申し出る手紙が届いております。エクリオ殿下が断ったあとは、林檎を送っただけです」
「あのひと、本当に何もしなかったのですね」
「はい。たいへん徹底して」
父親が何もしなかったことまで、長所として数えられ始めている。
もっとも、エクリオ本人へ伝えても、そうか、と答えて林檎を勧めるだけであろう。
「セルリア殿下とパーシモン殿から、王位を利用した要求も出ておりません」
王室卿は、束の下にあった一枚を抜いた。
「婚礼後に住む小宮について、修繕の申請が一件ございます」
「何を直すのです?」
「温室の屋根と、割れたガラスを三枚」
「それだけですか」
「長椅子と小卓も必要だと書かれておりましたが、そちらは二人の私費で購入すると訂正されています。菓子皿についても同様です」
「菓子皿まで申請したのですか?」
「最初の見取り図に書いてあったため、係が確認したようです」
司法卿は、申請書を覗き込んだ。
「苺の苗もありますな」
「庭師が、王宮の苗床にあるものを分けると」
「王位の候補が、自分のために求めたものは苺ですか」
「正確には、春に少し早く収穫できる苺です」
ヴィオレッタは、もう一度申請書を読む。
娘が女王の座より長椅子の布地を気にしていることは知っていた。その上で、王室の費用で直すものと、自分たちで買うものは、きちんと分けている。
とはいえ本人は、それが次期女王の評価につながるなどとは全く考えていないだろう。
「消去法ではない、という意味が分かりました」
王室卿は、セルリアの書類を卓の中央へ移した。
「カドミア殿下とコーラル殿下に問題があるからではありません。セルリア殿下のなさり方が、この国の王に最も合っているということですね」
「はい」
宰相と司法卿も頷いた。
「では、閣僚からは第三王女セルリア殿下を推すことで、意見をまとめます」
この段階では、まだ正式な決定ではない。
現王が候補を示し、王室会議の確認を受けなければならない。カドミアとコーラルにも、なぜ妹を選ぶのか説明する必要がある。
けれど、次の女王として誰の名を挙げるかは、ここで決まった。
「本人には、いつ伝えますか?」
王室卿が尋ねた。
「王室会議へ諮るまでは待ちましょう」
ヴィオレッタは答えた。
「決まる前に知らせても、落ち着かないでしょうから」
実にもっともな判断である。
*
ただし、その頃セルリアは、温室へ置く長椅子の布地をまだ決められずにいた。
青、若草色、生成り、花模様。
父と婚約者へ相談した結果、候補が二つから四つへ増えたのである。
次期女王の候補は一人へ絞られたが、長椅子の布地は一向に絞られていなかった。




