今の私は何の色?
今日も暑い日差しの中、学校へと登校する。
きれいな水の音、森のざわめき、町の人々の声。
どれも、はっきりと聞こえている。 ——なのに、見えるのは灰色だけのいつもの風景。
最初はこれでいいと思っていた。色なんて実体のないただの飾りだ。
私の生活に色があろうが無かろうが変化なんて起きないはずだった。
ずっとそう、思っていた。
でも、違った。
常盤さんと出会って私が初めて色を経験したあの時。
触れるもの見るものすべての輪郭が浮き上がり生きていた。すべてが魅力的に見えて世界が息を吹きかけるようだった。
『本当に美しかった』
そんな日を思い出しているとき、華やかな花のにおいとともに一切狂いのない足音が徐々に近づいてくる。
「......」
そう、私の世界は今日も常盤さんに彩られていく。
「おはようございます、茉白。」
彼女の声が広がると、私の世界には分けてもらった色が注がれていく。
鉛色だった空が、透き通るような青に変わっていく。
——それだけで、世界はまるで別物だった。
「あの後はよく眠れましたか?」
「うん、ちゃんと寝れたよ。常盤さんこそ昨日は夜遅くまでいてもらっちゃったけど大丈夫だった?」
「もちろん問題ありませんよ。むしろ夜風にあたりながら海辺を歩くのは気分転換になりました。」
こうして話していると、さっきまで当たり前だった景色が、どこか特別に感じる。
「それで....ですね」
常盤さんは歯切れ悪そうに口を開いた
「突然申し訳ないのですが...ひとつ、伝えなければいけないことがありまして...」
「えぇーー!?」
高い声が通学路に響いた
「本当にごめんなさい、今日は部活が終わった後少し用事が入っていて。だから今日はどうしてもいけないんです。」
彼女が誠心誠意頭を下げているところを見て少し胸が痛んだ。
「ど、どうしよう...」
「落ち着いてください茉白。今日のお詫びといっては何ですが、またいつかお泊りにいかせていただきます。だから今日一日だけ…お願いできませんか?」
その一言に胸がざわめく。常盤さんとずっといられる日。そんなものを期待してしまった。
「うぅぅー、わかった。でもお泊り…約束、ね?」
常盤さんははっと面を上げると茉白の手を優しく握った。
「ええ、必ず」
(用事、か。私より、大切なことなんだ……)
お昼休みになると私と常盤さんはよく裏庭のベンチでお昼を一緒に食べる。
「今日の夜ごはんどうしようかな...」
「そうですねー、茉白はお料理が少々苦手のようでしたからね...」
「一回常盤さんが料理を教えに来てくれたこともあったよね」
「え、えぇそうですね…あれは何と言いますか。いろいろと大変でしたね」
「あの時はごめんね。持ってきてくれた食材全部だめにしちゃったし…」
「い、いえ。全然気にしなくていいんですよ。人にはその、不向きというものがありますから。」
「教わった通りやったつもりだったんだけどな…ずっと眺めててもいつの間にか焦げてたりして」
常盤さんがお弁当作りを教えに来てくれたが、何一つ成果なく終わってしまった。
あれ以来常盤さんは私にお弁当を作ってくれている。
「私と会う前、料理はあまりされてなかったのですか?」
「んー、私はいつもおばあちゃんが料理作ってくれてたからあんまり作る機会がなかったんだよね。」
「普通は親の人が料理を勧めたり一緒にやったりするものなのかとばかり。」
すぐに返事を返せなかった。
「そう、だね。…昔はいつでも一人でいて。おばあちゃんとも全然話せてなくって。唯一話せたお兄ちゃんも2年前家を出たっきりどこか行っちゃって…それもあってかおばあちゃん、相当気遣ってくれてたんだと思う。私も実際無気力で今みたいな感情、知らなかったから」
船酔いしたかのように何にもすがれなかったあの日を思い出すと急に寒気がした。
常盤さんは自分の唇を噛み、悲しげな表情をして後ろから優しく抱きしめた。
「つらかった、ですか...」
彼女は私の胸で手を絡ませた。その手は少し力強く震えていた...
「茉白は今、私と出会って少しでも変われたって思いますか?」
「それはもちろんだよ。今ではちゃんとおばあちゃんとも話せるようになったし、普段からご飯だって作ってもらってるし。その他だって。逆に私の方がなんもできてなくて…」
「よかったです。ちゃんと私、役に立てているのですね。」
抱き着いていた手をやさしく手放した。
「いいんですよ、頼ってください。私、茉白に頼られるの好きなんですから」
まるで私を逃がさないとでもいうようなまなざしを向けられる。
前方に回って肩に手をのせられる。
なんだか肺の奥がくすぐったい。少しのどが詰まった気がしたのに、心は宙に浮くように軽くなった。
「うん、ありがとう...でも、たまには常盤さんがお願いしたっていいんだからね」
「ふふっ、面白いことを言いますね。そんな時が来たときは、ぜひお願いします。」
やっぱり私の目には常盤さんの色がいつも輝いて見える。
「そういえば…茉白のおばあちゃんは私のこと。知っているのですか」
「えっ、えーっとまだ伝えてないと思う。」
「おばあちゃん私が高校入ってすぐに持病で倒れちゃって今は入院してるんだ...だからあんまり学校とかの話時間もってできてなくて」
「そう、ですか」
「また今度、私にあわせてくださいね。茉白のおばあちゃん」
また彼女の表情が曇った。
笑っているのに、どこか苦しそうで。
彼女はときどき様子がおかしくなることが多かった。
あんなにもきれいな緑がスポイトで色を吸い取られたかのように…
私はそんな彼女が心配だった。心配だったのにそれ以上聞けない。
この先は踏み込んではいけない。そんな気がした。
放課後になり、私の周りにはまた灰色が広がる。
校門、道端の花々すべてが物足りなかった。
同じ風景でありながら、今朝見る景色とは別物かのように映し出された。
広大な海は壮大な音とともに揺れうごき、規則的。
(おかぁーさんただいまー)
(最近シラスがよく取れるんですよ)
(急がねえと置いてくぞぉーー)
行きかう人々の声と同時に、それをかき消すように流れるさざ波の音に耳を奪われていた。
「ただいまー」
暗い部屋にむかってカーテンの隙間から一筋の光が差し込んでいた。
制服を脱いでクローゼットにかけた。
雪のような白い肌。
(服、そろそろ買わないとなぁ...)
時期に合わない長袖の裾に腕を通し、丈の長いスカートをはいた。
「続いては明日の天気予報です。明日は…」
テレビの音が物静かな部屋でなり続けていた。
「明日、雨か...」
晴れの日でも雨の日でも。
私の世界が灰色なのは変わらないはずなのに。
私はそのままテレビを眺め続けているといつの間にか深い海の底へと落ちていった。
「はっ!」
勢いよく目覚めると日差しは消え、暗闇が私の体を包み込んでいた。私の体に暗闇の重みがのしかかってくるようだった。
私は起き上がって暗闇の中をさまよう。
(カチッ)
照明がつくといつも通りの灰色の世界へと戻ってきた気がした。
「もう8時過ぎ…」
(常盤さんいないし夜ご飯どうしようかな...)
ただ静寂に包まれた部屋に時間だけが流れる。
その時。机の上に置いてあったスマホが振動していた。
(だれだろう...)
「はい、稲山です」
「こんばんは、茉白。」
「えっ、あれ、常盤さん?どうしたの?」
いきなりの電話に驚いたとともに、まるで抜かれていた歯車のピースがはまったように私の心は動き出した。
「いえ、茉白ごはんまだ食べてないんじゃないかなと思って。帰りにそちらによれそうなので持っていこうかなと」
「なんでわかって...」
その瞬間頬が赤くなった。じたばたとその場で身悶えする。
「茉白?」
「あの、ありがとう」
「いえいえ気にしないでください。かるい差し入れ程度に思っていただければ」
「そ、れもそうだけど。私のこと、考えてくれて」
「...。いえ、それが私の—ですから」
頭の中に言葉が二度三度跳ね返ってきた。
「えっ?常盤さんそれは」
「それではあと20分ほどでつきますので待っていてくださいね。あ、お詫びのしるしに茉白の好きなミルクココアも買ってきますね。」
「えっ、うん。わかった。まってます」
すぐに電話が切られた。私の心臓はあの海のように規則的に鳴っていた。
「茉白、よろこんでくれますかねー」
ごめんね、茉白...
でもまだ—まだその時じゃないから...
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今回は少し長めでしたが読んでいただきありがとうございました!!




