途切れた悲鳴
風圧を繭のようにまとった場所へコウが突っ込む。
炎が盾の役割をしてコウを守っているのが遠くからでもはっきり分かった。
聖なる炎は邪を払う。コウが君に負けるはずがない。
そう思った次の瞬間、
「――うわああああぁぁぁっ!!」
風を切り裂くような悲鳴が響く。
「……イリアス!?」
聞き間違えるはずがない。
あれはイリアスの声だ。
コウが反射的に声のした方へ視線を向ける。
それにつられて僕も空を見た。
暴風のさらに上。
黒い渦の中心へ向かって、一人の人影が吸い込まれていくのが見えた。
「まずいっ!」
助けに行かなければ。
そう思った瞬間――
「よそ見するほど余裕なわけ?」
ゾクリ、と背筋が粟立つ。
しまった。
そう思った時にはもう遅かった。
ゴォォォォッ!!
暴風が一点へ収束し、巨大な風の槍となってコウへ襲い掛かる。
「コウ!!」
とっさにコウの目の前に水の壁を展開するが、間に合わない。
バキィンッ!!
中途半端に張られた水の壁は紙のように砕け散った。
「ぐっ……!」
風の槍がコウの肩をかすめ、鮮血が宙へ舞う。
その勢いのまま僕とコウの身体は吹き飛ばされ、またお互いの姿を見失ってしまった。
「カイ!!」
コウの声が鼓膜に届き、かろうじてコウの方角が分かった。
しかし、暴風に飲み込まれた僕らはそれぞれ別方向へ流されていたため、合流するのは難しい。
そのとき、風の中から無機質な声が響いた。
「戦いの最中に仲間を気にするなんて……呆れた…バカじゃないの?」
作戦は失敗したか?
いや、そうではない。
まだ『彼女』は気づいていない。自分がコウに何をつけれられたのか。自分が今どういう状態か。
「仲間と離れ離れになったのに、、どうしてそこまで冷静でいられるの?」
そう、彼女が言った。
「だって、君はもう隠れることができないじゃないか。」
僕はそう言って煽るように笑った。
♢
イリアス視点
それは、数分前のこと。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
コウの叫び声が風にかき消され、どんどん遠ざかっていく。
手を伸ばしたところで届く距離ではない。
ほんの数秒前まで隣にいたはずなのに、今では姿さえ見えなくなっていた。
暴風は僕の身体を木の葉のように巻き上げ、上下左右の感覚すら狂わせていく。
「っ……」
体勢を立て直そうとしても意味がない。
風向きは一瞬ごとに変わり、踏ん張る地面すら存在しないのだから。
こんな状況で、一体僕に何ができる?
答えは簡単だった。
何もできやしない。
頼みの精霊たちも今はいない。
そもそも風を操る相手に、風属性のウィンはほとんど意味をなさないし、草の精霊であるリンは足場があってこそ力を発揮する。
アクアも今は…
結局今残っているのは、僕自身の光魔法だけ。
けれど、それでこの暴風をどうにかできるとは思えなかった。
「はは……」
思わず乾いた笑いが漏れる。
下手な冒険者よりも戦闘能力が低いこの僕が、暴風が止んだ瞬間、ちゃんと足から着地できるだろうか。
いや。
頭から落ちて、そのまま即死。
そっちの方が現実的かもしれない。
鳥でもないのに空を飛ぼうなんて、そんな無茶ができるのはエレンやコウぐらいだ。
そんなことを考えていると、不意に違和感を覚えた。
「……?」
暴風とは別に、何かに引っ張られている。
目を凝らすと、上空には巨大な黒い渦が口を開けるように渦巻いていた。
しかも――
少しずつ、確実に近づいている。
「あれ……まずくないか。」
背筋に冷たいものが走る。
あの渦こそ、僕たちが追っていた黒い渦。
吸い込まれたらただでは済まないと、魂が感じ取っていた。
必死にもがいてみるものの、暴風の中では手足を動かすことさえ満足にできない。
そのときだった。
黒い渦の中心から、何かがゆっくりと伸びてきた。
最初は煙かと思った。
だが違う。何かがおかしい。
それはまるで人間の腕。
いや――巨大な"手"だった。
指先がゆっくりと開き、僕を目掛けて一直線に迫ってくる。
「っ……!」
避けられない。
次の瞬間、その黒い手は僕の身体を鷲掴みにした。
「くっ……!」
全身が締め付けられる。
骨が軋み、息が止まりそうになる。
それでも僕は震える手を前へ突き出した。
「……光魔法――《魂の浄化》!」
眩い光が黒い手を包み込む。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、その手の動きが止まった。
「効いた……!」
そう思った。
だが、その希望は数秒と持たなかった。
黒い手は光を握り潰すように力を込め、再び僕を渦の中心へ引きずり始める。
「なんで……!」
《魂の浄化》。
それは、『邪なるもの』には絶大な効果を発揮するはずの高位の浄化魔法。
それが、まるで効いていない。
「なんで高位魔法が効かないんだ!! うわああああぁぁっ!!」
叫び声は闇に飲まれた。
一瞬にして視界は黒く染まり、
音が消え、
意識も、そこで途切れた。




