水の残影
その頃、コウとイリアスは大量の汗を流しながら、物影に隠れていた。
「はあ…はあ…アイツ、やばないか?」
息も絶え絶えにコウがぽつりと言葉を零す。その隣でイリアスは敵の様子を伺いつつ、コウと自分自身に治癒魔法をかけていた。
「あの男にまとわりついている炎、なんか変な感じがしないか?」
「ん?そうやな。あれに当たったら魂さえもそぎ落とされそうな禍々しい気配がするな。イリアス、あれどうにかでけへん?接近戦になったら一瞬で俺死ぬで。」
「無茶言わないでくれ。僕の魔力適正は草・風・光で水魔法は使えない。それに、アクアたちもさっきの技で召喚が解除されてしまった。それなのにどうやってあの炎をどうにかするんだよ。」
「光魔法はどうや?『悪しきもの』なら光魔法が最適やろ!」
「ちょっ、コウ!声が大きい!」
「こんなとこにいたのか!俺様の眼を欺きやがって!!今度こそ殺してやるよ!」
イフリートがそう言って空中に数百を超える火の玉を作り出した。
「あれがここに落ちたらさすがに死ぬで!!どうしたらええねん!!」
コウがそう叫んだそのとき、目の前が青くなった。
突如として現れた大量の水の塊は、街を守るようにドーム状に変わる。
そしてその前には青年が立っていた。
「えっ、カイ?」
イリアスがそうぽつりと零す。青年は振り返ってイリアスをじっと見た。そして少し微笑んで頷いた。
「いかにも、私の名前はカイだ。ただ、君たちの知っているカイとは同一人物ではないよ。」
「でも、その顔は…」
コウはその後を続けて言うことができなかった。それは、目の前の青年が口に人差し指を当ててにこりと笑ったからだ。
「いつかは知ることになるだろう。だけど、今はその時じゃない。白夜の子孫の覚醒を手伝ったついでに来てみたが、まさか天使が堕落しているとは。創造神も堕ちたものだよ。」
青年はそう言って右手を上に掲げて手をぎゅっと閉じた。
その瞬間、水がイフリートの元へ襲い掛かり、簡単に閉じ込めてしまった。
「あんた、、いったい何者なんだ」
「君たちの仲間の『カイ』のお兄さん、といったところかな。夏の天使、イフリートは私が殺してあげたから、君たちはなすべきことをなすんだ。…高い壁を乗り越えたとき、それは君たちを守る砦となるだろう。さあ、行くんだ。」
青年の体は徐々に消えていき、最終的には水の塊と一緒に姿を消した。
青年の姿が完全に消えると、辺りは静まり返った。
つい先ほどまで街を覆っていた灼熱の熱気も、まるで最初から存在しなかったかのように消え去っている。
コウとイリアスはしばらくその場から動けなかった。
「……夢、ちゃうよな。」
コウがぽつりと呟く。
「たぶん、夢じゃない。」
イリアスは青年が立っていた場所を見つめたまま答えた。
そこには一滴の水すら残っていなかった。
まるで物語の英雄のように、最初から最後までミステリアスな人だったと、イリアスは思った。
「あの人……カイと同じ名前だったのに、、別人って…。ドッペルゲンガーってやつか?」
「顔も声もそっくりやったで?ドッペルゲンガーにしても似すぎやろ…」
2人は胸の奥に引っ掛かる違和感をどうしても拭えなかった。
初めて会ったはずなのに、どこか懐かしい。
そんな不思議な感覚だった。
「……考えてもしゃあない。」
コウが頬を軽く叩く。
「アイツが最後に言うてたやろ。『なすべきことをなせ』って。」
「……ああ。」
イリアスも小さく頷く。
そうだ。
今は正体を考えている場合じゃない。
まだ街には魔物が溢れ、助けを待っている人がいる。
それに――。
「あの黒い渦がある場所まで、速くいかないと。」
「せやな。あの禍々しいものの中に、きっと元凶がおるはずや。さっさと見つけてこの落とし前つけてもらわんと。」
そう言ってコウは炎の剣を握り直し、街の中心部へ視線を向けた。
「だいぶ離れてしまったな。どれぐらい時間が…」
そのときだった。
ドォォォォンッ!!
2人が見ていた街の中心部から、大地を揺らすほどの轟音が響いた。
空気が震え、離れた場所にいるはずの二人の肌までピリつく。
「……今のはまさか…」
そうイリアスが呟いた瞬間。
ゴォォォォッ!!
突如、街全体を薙ぎ払うような暴風が吹き荒れた。
瓦礫が宙を舞い、木々は大きくしなり、家々の窓ガラスが一斉に割れる。
思わず二人は腕で顔を庇った。
「なんや、この風……!」
ただの強風ではない。
風そのものに魔力が宿っている。
まるで誰かの怒りが街中を駆け巡っているようだった。
「……この魔力。」
「知っとるんか?」
「いや……でも、この風、何かと戦ってる。」
風が一点へ向かって渦を巻いている。
その先は――街の中心部。
コウは迷いなく頷いた。
「カイや。あいつが戦っとる。」
イリアスもその気配を感じ取ったのか、静かに息を呑む。
あれほど膨大な神力。
そして、それに真正面からぶつかる風の魔力。
「急ぐで、イリアス。」
「ああ。」
二人は頷き合い、暴風が吹き荒れる街の中心部へ向かって全力で駆け出した。




