最後の神眼
エレン視点
痛いっ、叩きつけられた衝撃でどこかしらの骨が折れたのか?
ずきりと刺すような痛みは足から始まって、全身に広がっていっているような気がする。
ぼやける視界からでも感じ取れるほんの小さな光が、自分の体が瓦礫の下敷きにされていることを思い出させた。
はやく行かないと…ユウリが逃げる時間だけでも稼がなければ。
だって俺は、、俺は…
「くそっ…!こんな…こと、してる…場合じゃ…」
狂化を使って瓦礫をどかせるか?
考えている暇はない。やるしかないんだ!
全身に一気に魔力を送り込む。
ケガを無視して思いきり瓦礫を蹴っ飛ばした反動で自分の体も外へ出た。
戦況を確認しようと前に眼を向けると、少し離れた所にユウリがいた。
そしてその隣には見知らぬ『何か』が立っていた。
それはただならぬ気配を全身から発していたが、不思議と嫌な感じはしなかった。
その男がちらりと僕の方を見たとき、一瞬目が合った。
カイと瓜二つのその顔は優しげに微笑んでいた。
◇
第三者視点
ユウリの瞳が金色に光ったそのとき、怪物が『何か』に気づいたように、周りの騎士を振り払いユウリの元へ突っ込んできた。
「…っ!!」
ユウリはとっさに弓を構え、怪物に向けて何度か矢を放った。しかし、怪物は気にも留めず、スピードが遅くなることもなかった。
やられる。
ユウリがそう思ったそのとき、ユウリの周りに突如として大量の水が出現し、怪物の動きを阻害した。それは意志をもっているかのように、怪物だけを執拗に狙っていた。
ユウリがその光景を呆然と見ていると、水の一部がユウリのもとへ近づいてきた。それは、だんだんと姿を変え、最終的に青年の姿となった。
「初めまして、白夜の子孫。『私』の名前はカイ。よろしくね。」
「カイ、、さん?どうして…」
青年はその言葉が聞こえていないかのように言葉を続けた。
「今は時間がない。この状態を維持できるのは、もって後1分というところだろう。だからよく聞いてほしい。君のその力は、幻を作り出し敵を惑わすことができる神の眼、幻想眼というものの力を借りている。それは、念じるままに幻をつくれるけれど、使えば使うほど疲れてしまうから気をつけないといけないよ。…これで、全ての瞳がそろった。君の世代で『アイツ』を必ず倒してほしい。これ以上誰かが犠牲になる前にね。」
その言葉を最後に、青年の姿は崩れ落ち、周りにあった水も跡形もなくなくなっていた。
周囲では魔物の咆哮や剣戟の音が鳴り響いているはずなのに、ユウリには何も聞こえなかった。
「……幻想眼。」
青年が最後に残した言葉を、小さく繰り返す。
その瞬間だった。
見えている世界が文字通り変わった。
巨大猿の周囲に、無数の線が見える。
「これは……」
線ではない。
"相手が認識している世界"だ。
巨大猿は目の前にいるユウリだけを見ている。
ならば、その認識を書き換えればいい。
そう思ってユウリはゆっくりと息を吸った。
できる。
なぜか確信できた。
まるで昔から知っていた力のように。
「……兄さん。」
ユウリは静かに呟き、金色の瞳で巨大猿を見据えた。
――そこに、誰もいない。
そう強く念じた。
途端に、巨大猿の視線がユウリから外れた。
「グルル……?」
困惑したように首を傾げる。
さらにユウリは意識を集中させる。
巨大猿の右。
左。
前。
後ろ。
次々と"ユウリ"を作り出していく。
十人。
二十人。
三十人。
怪物の周りがユウリで埋め尽くされていく。
どれも呼吸をし、弓を構え、本物と全く見分けがつかない。
「ガアアアアアッ!!」
巨大猿は怒り狂い、一人のユウリへ拳を振り下ろす。
だが、その姿は霧のように掻き消えた。
次を殴る。
また消える。
さらに次。
また消える。
怪物は完全に翻弄されていた。
その様子を見ていた騎士たちが思わず息を呑む。
「な、なんだあれは……。」
「分身……? いや、違う……。」
「全部、本物にしか見えない……。」
一方、瓦礫から這い出したエレンは、その光景を見て静かに笑った。
「……さすが俺の弟だ、ユウリ。」
ずっと自分の背中を追いかけてきた弟。
戦うことに自信が持てず、いつも一歩引いていた少年。
そのユウリが今、この戦場の中心に立っていた。
もう、『守られるべき存在』ではなくなったのだ。
そして当のユウリは、自分の力の本当の恐ろしさにまだ気づいていなかった。
幻想眼が見せるのは、ただの幻ではない。
相手に"現実だ"と認識させる幻。
それは、神のみが扱うことを許された奇跡の瞳だった。
巨大猿は狂ったように幻影を追い続ける。
その隙を逃すまいと、周囲の騎士たちが一斉に反撃へ転じた。
誰もまだ知らない。
この戦場で今、新たな神の眼が目覚めたことを。
そしてその力が、これから世界の運命を大きく変えていくことを。




