可能性のその先へ
それは、数百年前のことだった。
「どうして『あの方』は白夜に特別な眼を二つもお与えになったのかしら。」
エルフは、そう言いながら白夜と呼ばれている獣人を見た。
狼の獣人は、楽しそうに人の首を石ころにように蹴っていた。
エルフがその様子を眺めていると、後ろから声がかかった。
「条件を満たしたからだよ。」
エルフが後ろを振り返ると、そこには黒い髪に緑色の瞳をした青年が立っていた。その青年からは、人ではない気配が出ていた。
「カイ、後ろから話しかけるのはやめてって言わなかったけ?」
「あ…ごめんね、忘れていたよ。それで、どうして今さら白夜の瞳について考えているの?」
「だって『真眼』と『幻想眼』よ?神の子であるカイでさえ一つしか持っていないのに、どうして白夜が二つも持っているのよ。」
「『真実眼』は半神が騙されることがないように、『真眼』は本質を見極め優れた者を仲間にするために、『魔力眼』は人間でも悪しきものが見えるように、『服従眼』は半神の進むべき道を塞ぐものを取り除くために、そして『幻想眼』は半神が進む道を見誤らないように。そう言った理由があることは知ってるね?」
「ええ、もちろんよ。」
「『真眼』は嘘を嫌い純粋な心を持っている者にしか与えらないし、『幻想眼』は絶望の中でも希望を見出し諦めず、誰かのために命を賭けることができる者に与えられる。条件はもっと細かいけど、大体はそんな感じ。二つの条件を満たしたから白夜は二つとも与えられたんだ。」
「…たしかに、白夜は嘘が嫌いだわね。」
「ただ、人間の体で二つも祝福を与えられて人の形を保っていられるのは白夜が特別な獣人だからだろうね。」
「瞳は子どもたちに引き継がれていくのよね…」
「心配かな?」
「ええ。その子たちが白夜のように耐えれるか分からないからね。」
「一世代ごとに引き継がれるものではないから、まだ先にはなるけど君の言いたいことは分かった。『そのとき』が来たら、『私』が出よう。」
「えっ?どういうこと?」
「神の祝福を兄弟で分離するんだ。2人の瞳が開花したとき、力は絶大なものとなる。幼い体では耐えれないかもしれないから、『私』が出るのが一番効果があるはずだ。」
「でもそれって、何百年後の可能性があるのよ?私はともかく、あなたは死んでるわよ。」
「私は半神だよ。肉体が朽ち果てようが魂の一部をこの世界に繋ぎ止めておくことなんてそう難しくない。」
そう言って、黒髪の男が不敵に笑ったのだった。
♢
ユウリ視点
「ぐぁ…に…げろ、ユウリ」
瓦礫の中から聞こえてくるうめき声と自分の名前を呼ぶ声に、吹き飛ばされたのは兄さんだったのだと確信する。
「…馬鹿言わないでよ。兄さんを置いて逃げれるわけがないじゃないか。」
僕は何のために訓練してきた?
僕は何のために錬金術を学んだんだ?
誰かを守るためだ。
これ以上、大切な人を失いたくなかったから!
戦う理由なんていくらでもあるだろう?戦え。たとえこの身が朽ち果てようと!!
ポケットに入れていた爆弾を手に取り、弓矢に引っ付けて敵へ飛ばす。
ヒュンッ――。
矢は巨大猿の肩へ突き刺さった。
直後、爆発。
しかし。
「……っ!」
爆炎の中から現れた巨体に、ほとんど傷はなかった。
毛が少し焦げただけだ。
巨大猿は鬱陶しそうに肩を払う。
そして次の瞬間。
ドンッ!!
地面を砕きながらこちらへ駆け出した。
速い。
巨体に似合わない速度だった。
「くっ……!」
震える手で二本目の矢をつがえる。
狙いが定まらない。
怖い。
逃げたい。
足が震える。
それでも。
――勝つことを諦めてはいけないよ。
カイさんの言葉が脳裏をよぎった。
勝てないなら。
倒せないなら。
正面から戦えないなら。
別の方法を考えろ。
僕は弓しか取り柄がない。
剣もない。
強力な魔法もない。
けれど。
「だからどうした……!」
矢を放つ。
今度は魔物ではなく、その後方へ。
さらに一本。
さらに一本。
次々と矢を撃ち込む。
巨大猿は理解できないといった様子で咆哮した。
当然だ。
攻撃ですらないのだから。
だが、その瞬間。
僕の脳裏に奇妙な感覚が走った。
まるで何かが開くような。
ずっと閉じられていた扉が音もなく開くような感覚。
視界がぐらりと揺れる。
そして。
巨大猿の周囲に。
誰もいないはずの場所に。
人影が見えた。
一人。
二人。
三人。
十人。
数え切れないほどの冒険者たち。
あり得ない光景だった。
そこにいるはずがない。
存在しない。
なのに確かに見える。
「……え?」
目を擦る。
消えない。
むしろ鮮明になっていく。
その時だった。
巨大猿が突然足を止めた。
赤黒い瞳が周囲を警戒するように動く。
まるで僕にしか見えていないはずの人影を、本当に見ているかのように。
「なんで……?」
理解できない。
だが。
胸の奥から確信が湧き上がる。
できる。
今なら。
僕にも戦える。
そのとき、瞳の奥で、淡い金色の光が静かに揺らめいた気がした。




