無限大の可能性
ユウリ視点
ここにいても足手まといになることは分かっていた。
僕には何もない。
何もできない。
ハルシャ家のお屋敷でたくさんの訓練をさせてもらったけど、僕は兄さんたちのように剣の才能はそこまでなかった。
唯一人並み以上にできたのは弓だけで、戦闘においては不遇職と呼ばれるほどあまり役に立つものではなかった。
カイさんたちは、優しいから何も言わないでパーティーに入れてくれたけど、自分が役立たずであることは自分が一番よく分かっていた。
逃げる言い訳を頭の中で何度も何度も考えた。
必死に城壁を登ろうと壁を掴むけれど、汗で滑ってなかなかうまくつかめない。
5メートルほど登っては落ちて登っては落ちてを繰り返す。周りにいた騎士たちも自分と同じことをしていた。
3度目の挑戦に失敗し、地面にどさりと落ちた。
汗がポタリと手のひらに落ち、僕は思わず歯を食いしばった。
「役に立ちたいのに…どうして僕は…」
錬金術で作った対魔物用の武器を使うにしても、敵に上手く当たる気がしない。
そのとき、
ドンっとすごい衝撃音が鳴り、目の前を何かが通り過ぎた。
城壁にぶつかった何かは、瓦礫に潰され姿が見えなかった。
バッと兄さんがいた方を向くと、そこには兄さんの姿はなく、巨大なサル型の魔物がこちらを見て嗤っていた。
「ひっ…!!」
喉がひくりと震え、叫ぶことすらできなかった。
無理だ
そう思った。
だって、あの兄さんが勝てなかった相手に僕が勝てるわけがないのだから。
◇
あれは、暑い夏の日だった。
「ユウリ、勝てないと思った相手にはどう足掻いたって勝てやしないんだ。勝つ予想もできないのに、どうして勝てる未来があるだろうか。」
そう言ってカイさんは僕の方を見た。
「それじゃあ、どうしても負けれない戦いで勝てないと思ってしまったときはどうしたらいいんですか?」
「状況次第だね。対人か対魔物か、公式的な試合なのかそうでないのか。対魔物であったらとても厄介だね。特に知恵のない魔物は。」
「知恵のある方が厄介だと思うんですが…」
「知恵のある魔物は引き時をわかってる。だから体力がなくなったり、深手を負った場合は逃げることが多いんだ。だけど知恵のない魔物はそれをしない。引きどきを知らないから死ぬその時まで戦う。そうなると持久戦になる。」
「それじゃあどうしたらいいんですか?」
僕がそう言うと、カイさんは少し考える素振りをして口を開いた。
「幻影魔法が一番効く。幻影魔法で自分の体をいくつも見せて撹乱し、そこに触れたら爆発する爆弾を仕掛けて置けば勝手に自滅すると思うよ。」
「でも、それって幻影魔法が使える人だけじゃないですか。」
僕がそう言うと、カイさんはきょとんとした顔をした。
「なんで?」
「なんでって…僕、幻影魔法なんて使えませんし。」
「別に同じことをする必要はないよ。さっきのはただの一例。」
そう言ってカイさんは空を見上げて片手を太陽を掴むように伸ばした。
「戦いにおける『勝利』というのはね、相手を倒すことじゃない。」
「え?」
「相手に負けないこと、つまり戦いの中で命を落とさないことだ。」
その言葉の意味が分からず、僕は首を傾げた。
カイさんは続ける。
「例えば剣士なら剣で戦う。魔法使いなら魔法で戦う。でも、それは手段でしかない。」
「手段…」
「極端な話、剣士が剣を使わず敵を落とし穴に落として逃げても勝ちは勝ちだし、魔法使いが魔法を使わず卑怯な手段で毒を喰らわせて倒しても勝ちは勝ち。重要なのは、自分が一番勝ちやすい方法を選ぶことなんだ。」
そして僕の方を真っ直ぐ見た。
その緑色の瞳が妙に印象に残っている。
「ユウリ。」
「は、はい。」
「君は自分を弱いと思ってるでしょ。」
思わず肩が震えた。図星だったからだ。
緑の瞳がじっと僕を見つめた。
何もかも見透かされているような感じがして僕は目を逸らしてしまった。
「でもね、それは違うよ。」
カイさんは迷いなく言った。
「本当に弱い人間は、自分が弱いことすら理解できない。」
「……」
「自分の弱さを知っている人は、それを補う方法を考えられる。だから強くなれる。」
風が吹き、カイさんは僕の頭にそっと手を置いた。
「剣術や魔法の才能がある人は、その才能で戦う。それが一番効率のいい勝ち方だからだ。」
カイさんは少し笑う。
「だけど戦闘の才能がない人は、ここで戦う。」
そう言ってカイさんは僕の頭を数回ツンツンと叩いた。
「あたま…」
「そしてね、ユウリ。」
その後に告げた言葉は、今でもはっきり覚えている。
「追い詰められた時に一番力を発揮できるのは、なにも才能のある人だけじゃない。」
「ユウリ、どんなことが起こっても勝つことを諦めてはいけないよ。」
その言葉は、説教でも励ましでもなかった。
ただの事実のように、淡々としていた。
「“奇跡”というのはね、思いもよらない条件が重なった結果、起きる現象だ。」
カイさんは空を見上げる。
「つまり、可能性は常にある。無限にね。」
そして僕の方を見て、静かに言った。
「それを拾えるかどうかは、君次第だ。」
その言葉を残したまま、カイさんは静かに立ち上がり、遠くの空へと視線を戻したのだった。




