大切な人を守るため
時は、スタンピード発生直後まで遡る。
エレン、ユウリ、イリアスの三人は、街の外から押し寄せる大量の魔物の気配を察知し、状況を確認するため北門へ向かっていた。
しかし道中、不意に足を止めたイリアスが何かを感じ取ったように遠くを見つめる。
そして、
「ごめん。少し気になることがあるんだ。」
そう言い残し、コウを探すため一人別行動を取った。
残されたエレンとユウリは、そのまま北門へ向かう。
既に現場は騎士たちによって慌ただしく動き始めており、城壁の上には弓兵や魔法使いたちが配置されていた。
二人も城壁へ上がり、眼下に広がる光景を見下ろす。
そこには、地平線を埋め尽くすほどの魔物の群れが迫っていた。
「にしてもこの大群を相手にあそこまで立ち回れるとは、さすがAAランク冒険者だな。」
ポツリとエレンが言葉を零した。
目の前では疾風の緑狼のリーダー、ロビンが大剣を振り回しながら魔物を蹴散らしていた。
「兄さん、僕らは街の中で逃げ遅れた人を助けたほうがいいんじゃない?」
「そうだな、ここにいてもお荷物になるだけだから、移動しようか。」
エレンとユウリが城壁の上から降りようとしたそのとき、城外から何かが飛んできて、城壁を崩した。
「ユウリ!!」
崩れた城壁から足をすべらせて落ちていくユウリにエレンは手を伸ばし体を掴んだ。
ドシャンっと地面に落ちるものの、エレンは痛む素振りも見せず、立ち上がりユウリを守るように前に出た。
城壁はおよそ20メール。エレンにそれを飛び越えることができるほどの脚力はなく、前には魔物の大群がいた。
「兄さん…」
ユウリの声が震えた。
周囲を見渡せば、落下の衝撃で立ち上がれない騎士や、魔物に囲まれ助けを求める冒険者たちの姿が見えた。
そして何より――
目の前には数え切れないほどの魔物がいた。
ゴブリン。
オーク。
ウルフ。
エレンですら見たこともない魔物まで混ざっていた。
エレンはグッと唇を噛みながら拳を強く握った。
「大丈夫だ。」
そうして剣を抜くエレンの声に迷いはなかった。
「兄さん…?」
「今度こそ、俺がお前を守る。絶対に死なせない。」
そう言って一歩前へ出る。
直後、先頭を走っていたオークが雄叫びを上げながら突っ込んできた。
エレンは冷静に剣を振るう。
一閃。
オークの首が宙を舞った。
だが、それで終わりではない。
次から次へと魔物が押し寄せる。
「っ!」
剣を振るう。
斬る。
蹴る。
避ける。
それでも数が多すぎた。
一体倒しても二体目来る。
二体倒しても三体目が来る。
次第にエレンの息は荒くなっていった。
それでも後ろにはユウリがいる。
だから下がれない。
「兄さん!」
ユウリがエレンに向かって回復ポーションを投げつける。
エレンの体に当たって砕け、裂けた傷を治していく。
「助かった!!」
「無理しないで!」
「…それは無理だな。無理をしないと、二人とも死んでしまう。」
そう言ってエレンが笑った次の瞬間、
ドォォォンッ!!
巨大な影が空から落ちてきた。
地面が揺れる。
周囲の魔物でさえ距離を取った。
「なんだ…あれは。」
エレンの額を汗が伝う。
5メートルを超える巨体。
全身を黒い毛で覆われた巨大な猿。
その右腕だけが異常なほど発達していた。
そして、
ギロリ。
赤黒い瞳が二人を捉える。
本能が警鐘を鳴らした。
勝てない。
その言葉が脳裏をよぎる。
だが。
「ユウリ。」
「え?」
「俺が足止めする。」
「兄さん!?」
「城壁の崩れた場所から上へ登れ。」
「無理だよ!」
「無理じゃない!!やるんだ!!それでも無理なら、西門の方へ走るんだ!あそこならまだ魔物が少ない!」
そう言ってエレンは剣を握り直した。
巨大な猿が一歩踏み出す。
ドンっと地面が揺れた。
それを見ながらエレンは静かに息を吐く。
「大丈夫。」
そう言って口元を歪めた。
「俺は、昔から土壇場には強いんだ。」
だが、その言葉とは裏腹に背中には冷たい汗が流れていた。
相手は明らかに異常だ。
ただ大きいだけではない。
纏っている気配そのものが、今まで戦ってきた魔物とは別格だった。
「ユウリ、今のうちに行け。」
「でも…!」
「早く!!」
エレンが叫んだ直後、巨大猿が地面を蹴った。
巨体からは想像もできない速度。
一瞬で目の前まで迫ってくる。
「っ!!」
エレンは咄嗟に剣を横へ構えた。
直後、巨大な拳が振り下ろされる。
ガァァンッ!!
凄まじい衝撃。
受け止めたはずなのに、足元の地面が陥没した。
腕が痺れる。
いや、痺れるどころではない。
骨にヒビが入ったかもしれない。
それでもエレンは歯を食いしばった。
「この程度で…!」
剣を振り抜く。
刃が巨大猿の腕を切り裂いた。
確かな手応え。
だが傷は浅い。
巨大猿は痛がる様子もなく、反対の腕を振るった。
「がっ…!」
今度は避けきれない。
エレンの体が吹き飛び、地面を何度も転がった。
口の中に血の味が広がる。
視界が揺れる。
それでも立ち上がった。
後ろにはユウリがいる。
ここで倒れるわけにはいかなかった。




