夏の天使、イフリート
その頃、コウとイリアスは、街の中心部へと走っていた。
「コウ!!なんかここ、暑くないか?」
もわんとした空気が2人を包み込み、それはまるで真夏の昼のようだった。
「さっきは冷たかったのになんで急に…」
その時、崩れた家の影から誰かが顔を出した。
真っ黒の髪に赤黒く濁った瞳をもち、口元を歪ませた青年だった。
「あれぇ?なんでこんなところに*#%#がいるんだ?ちょうどいい、俺が殺してやるよ!」
声を発する暇もなく、青年がイリアスに襲い掛かる。
「…っ、イリアス!!」
ドンっとコウがイリアスを突き飛ばし、男の拳をもろに喰らう。
そのまま後ろに吹き飛び、コウは瓦礫に衝突した。
「グハっ…」
「コウ!!」
イリアスが遠隔で回復魔法を唱え、コウのケガはみるみるうちに治っていた。
「やはり、先に仕留めるべきはお前だな!!」
青年がイリアスに向かって拳を振るう。
「させるわけ、ないやろ!!」
コウが炎魔法を青年に向かって放つものの、青年は気にすることなく赤く燃え上がる炎に突っ込んで、イリアスを殺そうとした。
しかし、炎に体が入ったその瞬間、青年の体は酷い激痛に襲われた。
「っ…なんだこれは!!」
青年は自分にまとわりつく『黒い』炎を消そうと腕をぶんぶん振り回すが、一向に消える気配はなく、枯れ木のように腕が壊死していった。
「くそがっ!!」
そう言って、青年は腕を引きちぎった。
グショッという音が鳴り、体から引き離された腕は一瞬のうちに灰と化し、新たな腕が青年の体に生えた。
「なんやそれ…不死身やん…」
「コウ!諦めるな!!さっきの腕を見ただろう?コウの炎で首なにかを切り取れば、殺せるかもしれない!」
戦意が消失したコウをなんとか励まそうと、イリアスが声をあげる。
「ウィン!」
イリアスが叫ぶと、小さな鳥の姿をした風の精霊が現れた。
『ピィッ!』
ウィンは勢いよく飛び出したものの、青年の姿を見た瞬間に羽を震わせてイリアスの肩へ隠れた。
「……ウィン?」
イリアスが目を見開く。
今まで見たことがない反応だった。
青年はそんな様子を見て口元を歪める。
「ほう。」
その体から黒い靄が溢れ出した。
ウィンはさらに体を縮こまらせる。
「精霊が怯えてる……?」
コウが思わず呟く。
精霊が怯えるなんてこれまで一度もなかったのだ。
しかし、ウィンのその姿は誰がどう見ても怯えていた。
「リン!」
イリアスがそう名前を呼ぶと、緑色の光と共に草の中級精霊リンが現れた。
リンは青年を見るなり眉をひそめるような仕草をした。
「リン、どうにかしてあの男を抑えられるか?」
こくんと頷き、リンは両手を前へ伸ばす。
地面が揺れ、瓦礫の隙間から無数の蔦が飛び出した。
そしてそれは、青年へと襲い掛かる。
「なにっ!?」
青年の両足に蔦が絡みつく。
腕も、首も、胴体も。がんじがらめにされ、青年はイラついたような顔をした。
「チッ、面倒だな。」
「今だコウ!!」
「おん!」
コウが地面を蹴った。
剣に炎を纏わせて、狙うは男の首一つ。
一直線に青年へ迫り、その首に刃を向けようとした。
しかし、
ブチブチブチッ!!
蔦が強引に引きちぎられて、青年はひょいとコウの剣を左に避けた。
「甘い。」
振るわれた拳を剣で受け止めることは叶わず、コウの腹に衝撃が走った。
ドゴォッ!!
衝撃で吹き飛ばされ、コウはまたもや瓦礫に衝突する。
「ぐっ……!」
うめき声をあげるコウを守るため、イリアスはコウの前に躍り出て、三体目の精霊を呼び出した。
「アクア!」
アザラシの姿をした水の精霊が飛び出して、イリアスを守るようにふよふよと空中に浮いていた。
アクアはウィンのように怯えていたものの、イリアスを守る意志は消えていなかった。
「きゅいーん!!」
アクアの姿がアザラシから変わり、人型へと変化する。
「へぇー、下級から中級へと上がったか…。まっ、どちらにせよ俺には勝てねぇがな。」
「それはどうだろうか?こっちにもまだ使ってない手札が残ってる。アクア、頼んだ。」
アクアはリン同様手をかざし、水を創造した。
総勢数百の水球が青年に向かって襲い掛かる。
「なんだぁ、あれは?」
青年はどこか嫌そうな顔をして水球を避け続ける。水には『一切』触れようとしないその姿を見て、アクアはどんどん水球の速度を速くした。
そして、
バシャァァッ!!
ついに、水球が青年の顔面へ叩きつけられるときがきた。
「っ!」
視界が塞がれたその一瞬、
だがそれで十分だった。
「コウ!!」
「分かってる!!」
コウが再び走りだす。
炎を纏った剣が唸りを上げる。
その時。
青年は濡れた顔を拭いながら笑った。
「俺を、本気で怒らせたなぁ?」
空気が震撼し、熱気がコウの体を直撃する。溶けてしまいそうなほど熱い突風が吹き、コウは飛ばされないように剣を地面に突き刺した。
「神技、炎舞」
その瞬間。
空気が変わった。
青年の殺気が一気に膨れ上がる。
ウィンが悲鳴を上げるように飛び回り、
アクアはイリアスを守るようにピッタリとくっついた、
リンは反射的にコウの前へ出る。
まるで三体の精霊が本能で危険を察知したかのように。
青年はそんな精霊たちを見て嗤った。
「たかが精霊ごときが、俺に勝てるわけがないだろう。夏の天使イフリート様になぁ!」
青年はそう言って口を歪ませたのだった。




