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異世界で幸せに~運命?そんなものはありません~  作者: 存在証明
断翼のレクイエム

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私が私であるために

同時刻、フローレス家の屋敷はたくさんの住民たちで溢れかえっていた。


その多くはケガ人で、流れ出る血は魔物を呼び寄せていたが、騎士や黒魔法調査会の戦闘メンバーのおかげで、なんとか守られていた。


アイリスを含む優秀な魔法使いたちは屋敷の周りを囲むようにして立っており、『魔力温存』のため、魔物討伐には参加しなかった。


「お嬢さん、準備はよろしいですか?」


「はい、もちろんです。」


アイリスは震える手を隠してそう言った。


「緊張しなくても大丈夫ですよ。たしかにこの魔法が成功するか否かはお嬢さんにかかっていますが、失敗することは天と地がひっくり返ってもないでしょうからな。」


「…どうしてそう言えるのですか?未来のことなど誰にもわかりませんよ。」


「一目見ただけで分かります。お嬢さん、あなたは魔力量を偽っていらっしゃる。」


アイリスの目が少し開いた。


「どうして…」


「魔力量を偽ることができる人は熟練の魔法使いでも滅多にいません。それぐらい難しいものなんですよ。」


男爵がそう言って杖を取り出したその瞬間、街の中心部から爆発音が聞こえ、魔力のようなものが噴き出した。


「…っなにが!!」


アイリスが状況を確認しようと走り出す前に男爵がアイリスの腕を掴む。


「お嬢さん、状況の確認は後です。まずは、防御魔法を展開しましょう。」


「でもっ…!!」


「ご乱心なさるな。今優先すべきことは、民を守るために防御魔法を使うことです。」


男爵の声は静かだった。


しかし有無を言わせない重みがあった。


アイリスは唇を噛み、歯を食いしばった。

手のひらに食い込んだ爪が皮膚を抉り血が滴り落ちる。


街の中心部から溢れ出した異常な気配。


アイリスにはそれが何なのか分からなかった。


押し寄せる不安ともどかしさに耐えながらアイリスはグッと唾を飲み込んだ。


「……分かりました。」


絞り出すように答える。


今ここには数百人もの民がいる。

自分が感情に流されれば、この人たちが危険に晒される。

それだけは駄目だ。


領主として、それだけはしてはならない。


アイリスのそんな葛藤に気づいたのか、男爵は優しそうな顔をして頷いた。


「それでよろしい。お嬢さん、君は本当に立派な人だ。」


男爵はそう言って杖を空へ掲げた。


それに呼応するように周囲にいた魔法使いたちも一斉に詠唱を始めた。


風が集まり光が集まる。


膨大な魔力が空へ昇っていく。


その様子を見てアイリスも深く息を吸った。


そして静かに目を閉じる。


本来ならば、この規模の防御魔法は十数人の上級魔法使いが必要だ。その上、成功率は30%を切ることがほとんど。


だが、


『失敗することは天と地がひっくり返ってもない』


男爵がそう断言した理由を、アイリス自身も少しだけ理解していた。


人は、『自分たちとちがうもの』を恐れて除け者にする。


だから、


隠していたんだ。


ずっと。


誰にも知られないように。


知られてしまえば、『また』気味悪がられてしまうから。


でも、そんな思いはもう必要ない。


守りたいものがある。


大切な人もできた。


隠す意味はもう、ないでしょう?


「――展開。」


小さく呟いたその瞬間、轟音と共に莫大な魔力が放出された。


空に巨大な光の紋様が描かれる。


魔法陣。


いや、それは城壁のようだった。


街を包み込むほど巨大な光の壁。


住民たちから歓声が上がる。


「すごい……」


「なんだあれ……」


「助かった……」


光の結界はゆっくりと空へ広がっていく。


男爵でさえ目を見開いていた。


「ほう……。」


感心したような声が漏れる。


アイリス自身も少し驚いていた。


想定より大きい。


いや、大きすぎる。


それでも、まだ余裕があった。


魔力が尽きる気配すらない。


その時だった。


ドォォォォォンッ!!


遠くで再び爆発音が響く。


結界越しにも伝わるほどの衝撃。


避難民たちが悲鳴を上げる。


アイリスは反射的にその方向を見た。


空が白く染まっていた。


雪。


この季節にあり得ないほどの吹雪。


それが街の一角を飲み込んでいる。


「カイ…くん…」


思わず名前が漏れ出た。


男爵はそんなアイリスを横目で見た。


「…彼は、お嬢さんにとって大切な人ですか?」


「……はい。」


即答だった。


誤魔化す気にもならない。


男爵は小さく笑った。


「ならば信じなさい。」


「え?」


「その者があなたの信じるに値する人間ならば、今は信じるしかない。」


アイリスは吹雪を見つめた。


不安が消えることはない。


胸が苦しくて、今すぐ駆け出したい。


それでも。


結界の中では多くの人々が安堵した表情を浮かべていた。


守れたのだ。


少なくとも今は。


アイリスは再び杖を握り直し、吹雪が舞い散る街の一角を見つめた。


「……絶対に帰ってきてください。」


そう、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いたのだった。

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