浄化の炎
コウ視点
シュインっと頬すれすれに黒い何かが通り過ぎた。
当たれば廃人まっしぐら。そんな緊張感が心臓の鼓動を速めていた。
そういやアイツ、『邪なるエネルギー』を具体化して操ってるって言ってたな。『邪なるエネルギー』ってなんや?それがなくなったらアイツは力を使われへんくなるんちゃうか?
「どうした?動きが鈍ってきてるな。」
子どもの姿をした化け物が嗤う。
その足元からは黒い霧のようなものが絶えず湧き出ていた。
まるで生き物みたいに。
「……なあ。」
「ん?」
「お前、その力を使うのに何か条件あるんやろ?」
「ふーん?」
敵の口元が歪む。
図星か。
条件はなんや?いったいなにが…
その時だった。
部屋の隅で泣いていた子どもが大声を上げた。
「うわぁぁぁん!!」
ビクリと肩を震わせる。
その直後、敵の周囲の黒い霧が一瞬だけ濃くなった。
まるで餌を与えられたように。
「……そういうことか。」
小さく呟いたその声は俺の心に響き渡った。
悲鳴。
恐怖。
絶望。
負の感情。
『邪なるもの』はそこから生まれている。
「『邪なるエネルギー』ってのは、人間の負の感情やな。」
敵の笑みが深くなった。
「正解だ。」
やっぱり。
ならば――。
「つまり、お前自身から生み出してるわけやない。」
「……。」
「悲しみも憎しみも恐怖もない場所では、お前は弱くなる。」
敵の目が細まり、初めて表情が動いた。
それだけで十分だった。
少なくとも、完全な見当違いではない。
しかし、
「だからどうした?」
敵は肩をすくめる。
「今この街には絶望が溢れてる。」
黒い霧が膨れ上がる。
「僕にとって最高の餌場だよ。」
そう言った直後、黒い槍が無数に放たれた。
それを剣を振るい軌道を変えながら後退する。
そのときだった。
敵が不意に言った。
「そういえば、アンタは知りたくないのか?」
「何をや。」
「この半神が今どこにいるのかを。」
「…なにを…」
敵はニヤリと笑った。
「安心しなよ。死んではない。」
「……。」
「今頃は幸せな夢を見ている。」
嫌な予感がした。
本能が警鐘を鳴らす。
「どういう意味や。」
「僕の二つ目の能力さ。」
敵が指を立てた。
「相手を理想の世界へ閉じ込める。」
「理想の……世界?」
「ああ。」
少年は愉快そうに笑った。
「本人が最も望む世界。」
「家族がいる世界かもしれない。」
「誰も死なない世界かもしれない。」
「平和な世界かもしれない。」
「そこに閉じ込められた者は、自ら出ようとはしない。半神はケガでは死なないけれど、餓死することは可能だろう?」
背筋が冷たくなった。
カイなら。
悲しい過去を背負ったアイツなら。
そんな世界を望むかもしれない。
「……出す方法は。」
敵はあっさり答えた。
「簡単さ。」
その笑顔に嫌な予感しかしなかった。
「その世界で、最も心を許している人間が死ねばいい。理想の世界は半神にしか入れないから、半神が直接殺す必要があるけどね。」
その瞬間、空気が止まったように感じた。
「……誰や?」
「さあ?」
敵は笑う。
「家族か。」
「恋人か。」
「親友か。」
「それとも――」
そこで言葉を切った。
脳裏に、一人の顔が浮かぶ。
それを知ってか、少年の笑みが深まった。
それが答えだった。
「なるほど。」
そう静かに呟いた俺は、どことなく冷静だった。
「俺か。」
その瞬間。
どこからともなく声が聞こえた。
暖かく、春の日差しみたいな声だった。
『悪を滅する浄化の炎。持って生まれし少年よ。今こそ内なる炎を燃やし、己が使命を果たすとき。』
頭の奥で何かが繋がる。
理想の世界。
そこにいる自分。
そして現実の自分。
「……そういうことか。」
敵が眉をひそめた。
「何?」
剣を構えた自分の胸の奥で炎が灯る音がした。
「カイが俺を殺す必要なんてないな。」
「は?」
「その世界にいる"俺"を俺が殺せばええんやから。」
敵の表情が初めて凍りついた。
「まさか――」
燃え上がる剣を握り締め、俺はカイの身体に直接刺した。
そして燃え上がる炎は、世界を越えて届いたのだった。
♢
同時刻
カイ視点
太陽が『東』に沈みかけ、空がオレンジ色に染まったころ、僕とコウは『いつも』のように橋から見える太陽を眺めながらアイスクリームを食べていた。
「…コウ、僕は長い長い夢を見ていたようなんだ。」
僕がそう言うと、コウは不思議そうに僕を見た。
「どういう夢やったん?」
「日本に生まれて自殺する夢…その後何かあったような気がするんだけど何も覚えてなくて…」
「日本に生まれて自殺?!なんやその夢…現実味がないな。やって、今年の自殺者数って日本は0やろ?」
そうなんだよな…こんな『いい国』に生まれて自殺なんてするわけがない。
「まっ、別に思い出さんくてもええんちゃう?死ぬわけやないしな。」
「僕もそう思うけど、なんか引っかかるんだよね。なにか、『きっかけ』さえあれば思い出すと思うんだけど…」
「『きっかけ』、か。どうしt「あっ、君の声だ!!」えぇ?」
そう言って僕はコウの声が聞こえる方に向かって、何かにとりつかれたように、走った。
「おい!カイ!!」
コウの声は右から左に流れていき、足は止まることなく、一つ目二つ目と交差点を駆け抜けていく。
だんだんと道が細くなり、人通りがなくなったとき、少し離れたところから大きな音が聞こえた。
「あっちだ!!」
「カイ!急に飛び出したら危ないで!!」
「何かがあるはずなんだ!あそこにいけば、なにかが…!!」
夢の答えがあると思った。
「あぁ…あそこだっ!」
光が輝く『なにか』を見つけ手を伸ばしたその時だった。
「危ないっ!!!」
そんな声とともに背中に鈍い衝撃が走った。
気づけば僕は地面に倒れており、隣から車が猛スピードで走り去る音が聞こえた。
痛めた足から目を離し、前方を見るとそこにはコウが血を流して倒れていた。
「コウ!!」
足が痛いことも忘れて僕はコウのもとへ駆け寄った。
「大丈夫?はっ、はやく救急車を…痛っ」
ずきりと痛む頭に、思わず座り込みぼやける視界でコウに手を伸ばした。
なにか、既視感を感じる。
車に轢かれたことなんてないのに…
その瞬間、脳内に柔らかい春のような声が聞こえた。
『悪を滅する浄化の炎、持って生まれし少年よ、今こそ内なる炎を燃やし、己が使命を果たすとき。』
声が途切れたその瞬間、コウの身体が真っ赤な炎に包まれた。
「コウ!!…熱っ…水を、水を持ってこないと!!」
立ち上がって、川がある方に体を向けたその瞬間、地面にヒビが入り『世界』が壊れるのが分かった。
『カイ、はやく戻ってこいや。』
コウの声が聞こえたと思ったら、僕の視界は暗転する。その瞬間全てを思い出した。
あぁ…そうか。この世界から出る条件は…だからコウは…
そこまで考えて僕は意識を手放した。




