騙し討ち
「カイ!!コイツ、意外とすばしっこいから気をつけや!!」
「それ、誰に言ってんのっ!」
そう言いながら、僕はトロールの腕を右に避けながら足に向かってナイフを投げつけた。
しかし、それはトロールが片足を器用にあげたことによって躱される。
「…こいつ、この図体でよくそんな動きできるよね…」
トロールがバレリーナのような動きをするなんて、さすがに奇妙すぎる…
「いけ、バクハ丸7号!!」
懐から取り出した丸い物体をトロールめがけて投げつける。
もちろん、相手は避けようと体を反らすが意味はない。
なぞなら、バクハ丸7号は自分で爆破できる優れものだからだ。
コウが絶妙なタイミングで火球を当てる。
ドカンッという音ともに腐った肉の匂いが辺りに漂った。
白い煙から出てきたのは、お腹が削れたまま何事もなく立っているトロールだった。
「…さすがにさあ、分かりやす過ぎない?」
ふう…っと吐いた息は白くなって消えていく。
体が芯から冷えて、汗は氷になって地面に落ちた。
ピキピキピキと、気づけば足元が凍りついていた。
…ああ、なるほど。僕は今、『怒っているんだ』
「…コウ、こいつはほっとこう。」
「えっ、なんで?!」
「誰かに操られてる魔物を倒したところで、意味はないよ。ほら見て。腹に穴が空いたら普通痛くてのた打ち回ると思わない?でもコイツは普通に立っている。…つまり、もう死んでいるんだよ。」
首あたりをよく見てみれば、不自然な傷跡がある。一度首を飛ばされたんだろう。
「黒魔法は術者を見つけない限り解けない。今はコイツの相手よりも術者を見つけるほうが先だよ。」
「でも、コイツを放っといたら、また誰かが!!」
「うん。分かってる。住民を助けつつ探し出すんだ。僕だってそれなりに探知魔法は使える。」
もし、僕が術者ならばどこに隠れているだろうか。魔法使いならば誰しも『結果』を自分の目で見たがる。このハレールにいると思った方が無難ではあるが、本当にそうだろうか…
「いやぁぁぁ!!!!!」
女性の甲高い悲鳴が聞こえ、僕は反射的に足が動いていた。
ドサッとゴブリンの頭を落とす。
するとゴブリンは一度ピクリと大きく動いた後、動かなくなった。
「大丈夫ですか?」
「あっ、ありがとうございます。あの、厚かましいとは思いますが、子どもたちも助けていただけませんか?」
「子どもたち?」
「はい。あそこの孤児院の子達です。私が買い物に行っている間に…なんでこんなことに…」
「分かりました。ここから真っすぐいったところに、騎士がいます。あなたは彼らに保護してもらってください。」
「ありがとうございます!本当に、ありがとうございます!!」
丁寧にお辞儀をして走っていった女性から目を離し、孤児院周辺を『索敵』する。
魔物の反応がが10匹か…人の気配はあるけど、五体満足である可能性は低いな…
「…コウ、覚悟はしておいたほうがいいかもね。」
「分かってる。カイは裏口から入ってくれ。俺は正面から行って敵を引きつけるから。」
「…分かった。気をつけてね。」
「カイもな!!」
コウと別れた後すぐに孤児院の裏口へ行き蹴り開ける。
建物の中には血の臭いが充満していた。
「……最悪だな。」
床には職員と思われる大人たちが倒れている。
既に息はない。
胸の奥が重くなる。
けれど立ち止まっている暇はなかった。
二階から子どもたちの泣き声が聞こえる。
まだ間に合う。
そう思って僕は階段を駆け上がった。
途中で飛びかかってきたゴブリンを短剣で切り裂く。
コウが正面で暴れているおかげだろう。
魔物の数は思ったより少ない。
二階の一番奥の部屋。
泣き声はそこから聞こえていた。
勢いよく扉を開く。
「みんな無事!?」
部屋の隅には十人ほどの子どもたちが固まっていた。
僕の姿を見るなり、一斉に泣き出す。
「た、助けて……」
「魔物が……」
「先生が死んじゃった……」
「大丈夫。もう安心して。」
そう言いながら部屋の中へ入る。
『索敵』を使うが、近くに魔物の反応はない。
ひとまずここは安全のようだ。
子どもたちの中には怪我をしている者もいた。
応急処置が必要だ。
「歩ける人はいる?」
何人かが頷く。
その中に、一人だけ妙に大人しい子がいた。
七、八歳ほどの見た目。
薄汚れた服。
長い前髪で顔が隠れていてどんな表情をしているのかもわからなかった。
他の子どもたちの陰に隠れるように座っている。
だが、この状況なら珍しくもない。
恐怖で声も出ないのだろう。
「もう大丈夫だからね。」
僕はその子にも声をかけた。
その子は小さく頷く。
それだけだった。
「カイ!!すまん!一体そっちにいった!」
廊下の向こうからコウの声が聞こえた。
「分かった!」
僕は返事をして、短剣を取り出す。
そして子どもたちへ向き直った。
「ここで待ってて。すぐ戻るから。」
そして後ろを向いたその瞬間だった。
ドスッ。
鈍い感触が伝わり、腹の奥へ何かが入り込んだ。生暖かいものがポタリと地面に落ち、視界が歪んだ。
理解が追いつかない。
ゆっくり視線を落とすと、腹部から一本のナイフが突き出ていた。
「……え?」
背後に気配を感じ振り返った。
そこには、さっきまで怯えた様子で座っていた子どもがいた。
ナイフの柄を握ったまま。
その顔には。
先ほどまでの恐怖も涙もなかった。
代わりに浮かんでいたのは。
子どもにはしようがない冷めた笑み。
「嬉しいよ。」
そんな子どもの声に、ぞくりと背筋が震えた。
「君……」
「あんたをやっと殺せる。」
その子はくすりと笑った。
腹から熱が流れ落ちる。
足元に赤い染みが広がっていく。
まずい。
思った以上に傷口が深い。
再生がおいついていない。
「カイ!!」
再びコウの叫び声が聞こえる。
その声を聞いた術者は肩をすくめた。
「…@:\¥$€%#」
次の瞬間、部屋の窓ガラスが砕け散った。
突風が吹き込み、思わず目を閉じる。
そして視界を戻した時には――その子どもの姿は消えていた。
残されたのは泣き叫ぶ孤児たちと、床に膝をつく僕だけだった。
「……こ………う…」
遠ざかる意識の中、赤い瞳がこちらに近づいてきているのを確認し、ゆっくりと目を閉じた。




