金色の残像
しかし、いくら待っても痛みがこない。
おそるおそる目を開けると、僕は空中にいた。
「大丈夫?」
心配そうな声がして、少し上を向くと、僕と同い年ぐらいの少年が、僕のことを抱えながら空を跳んでいた。
「助けてくれて、ありがとうございます。」
僕がそう言うと、その人は少し口角をあげて僕を見た。
「…人として、当然のことをしただけだよ。」
「それでも、お礼は言わせてください。あなたのおかげで僕は死なずにすんだんですから。」
その言葉に驚いたのか、緑の瞳が僕の目をじっと見つめた。
その瞳はとても澄んでいて、まるで天使のようだった。
「…君は…」
そう言いかけて、言葉が止まる。
ヒュっという音が鳴り、『赤い』何かが物凄いスピードで目の前を通った。
「…ここは任せたよ、コウ。」
ぼそっと呟いたかと思うと、僕の身体を担ぎなおし、屋根から屋根へと跳んでいく。
「あっ、あの、どこに向かっているんですか?」
「フローレス家の屋敷だよ。あそこが『今回』の避難場所だからね。あっ、そうだ。まだ名乗っていなかったね。僕の名前はカイ。Cランク冒険者で、今はギルドからの要請を受けて住民を救助しているところなんだ。」
「あっ、僕はエディルって言います。気軽にエディーと呼んでください。」
「うん。覚えておくよ。それじゃあ君とはここでお別れだ。」
そう言って、カイさんは僕を地面に降ろした。
少し離れたところから騎士が数名駆け寄ってくるのを見て肩の力が抜けたのか、僕はペタリと地面に座り込んでしまった。
「ここにも直に魔物が来る。だけど心配することはないよ。君たちのことは『小伯爵』が必ず守ってくれるだろうから。」
小伯爵…?
「何事も恐れることなく突き進め。さすれば道は自ずと開かれる。」
それは、誰かに向けて言っているのではなくて、カイさんが自分自身にかけている言葉のように思えた。
不意に、瞳が緑から金色へと変化した。
「目が…」
そう言いかけたときには、まるでさっきまで見ていたのが幻影だったかのように、カイさんの姿は跡形もなく消えていた。
「えっ…」
「そこの君!!大丈夫かい?!!」
騎士の人達が駆けてくるその様子を僕は呆然と見つめていた。
♢
子どもを置いて、僕は急いで神殿があった場所まで戻った。
さっきの怪物はBランクモンスターのトロール。
トロールとは、巨人族ともいわれている大型の魔物。図体がでかく強靭な体を持っているが、知能は魔物の中でもダントツ最下位と言われるほど。
それを裏付けるように、狩りという狩りに失敗するため、ほとんどのトロールは餓死して死んでしまう。だから、トロールはいつも飢えているのだ。なのにさっきのトロールは人を殺しはするものの、食べている様子は微塵もなかった。
コウといえども、一人であれば負けるとまでは言わないが、ケガを負うことは間違いないだろう。
しかも、俊敏さを武器にしている僕とは相性がいいが、パワーを武器にするコウとの相性は最悪なのである。それでよく自分を囮にして僕を逃がしたのか聞きたいところではあるが、それはトロールを倒してからにしよう。
僕は、しまっていたナイフを取り出して、トロールの目に向けて投げた。
しかし、途中で気づかれ、ナイフはトロールの頬を少し抉っただけだった。
「カイ!!いいとこにきてくれたな!!」
コウが嬉しそうに手をぶんぶん振りながら僕に何かを投げ渡した。
「…っと。なにこれ…」
受け取ったのはぐしゃぐしゃの紙だった。
「スタンピードが起こる数分前に変な子どもに渡されてん!何書かれてる分からへんねんけど、カイなら分かるって言ってたで!!」
…どちらにせよ読んでいる暇はないんだから、今渡す必要あっただろうか?
そんなことを思いながら僕は短剣を構えた。
「ところで、エレンたちは?」
振り下ろされる巨大な腕を避けながら、僕は冷静にトロールを観察した。
実物で見たのは初めてだから、通常のトロールとの違いがあまり分からない。こういうときにエレンがいてくれればよかったのだが…
「エレンはユウリとイリアスを連れて城門のとこまで行ってん。あそこを突破されたらたまったもんじゃないからな。」
さすがにエレンも気づいてたか。ハレールの周りに突如として魔物の軍団が現れてこちらに向かってきていることに。
「分かった。なら、コイツは僕ら2人で倒さないといけないな。コウ、準備はいい?久しぶりの共闘だよ。」
「おん!いつでもええで!」
コウはどこか嬉しそうにそう言った。
おそらく、ハレールにいるAランク以上の冒険者は街にこれ以上魔物を入れないように城門の外で戦っている。つまり、街の中のモンスター倒せるのは、僕らのようなBランク以下の冒険者。
ならば、僕らがやるしかない。
ハレールの命運を懸けた戦いが、今まさに始まろうとしていた。




