盤上の駒
「ねぇ…彼は知ってると思う?」
そう言ってルラールはニヤニヤと笑った。
「まさか、予知眼で見たことが『そのとおり』に起きるわけではない、なんて思わないだろうね。くふふふ。ねぇ、聞いてる?」
ルラールの足元で朽ちていた死体をげしげしと蹴りながらルラールはふっとまじめな表情に戻った。
「でもあれだね。これで遊び相手がいなくなるのか…それはそれで考えようだな。まああの方の命令だから手を抜くわけにはいかないけれど…どうしたものかな…」
ルラールは死体の頭と体を足で真っ二つに割りながら、何かを考える素振りをした。
「いいこと考えた!残りの『三体』は明日出そう。そうだそれがいい。スタンピードによって大量の人間の死体が手に入るし、万が一『彼』が死ななくてもあの方の機嫌を損ねることはないだろう。なあ、そうだろう?デューチェ。」
「…は…い…」
デューチェと呼ばれた男が血を吐きながら答えた。体と頭がくっついていないのに言葉を発することができるのは、ひとえに彼が人ならざる者だからだろう。
「切っても切っても死なないゾンビを相手にするなんて、彼も本当に不憫だなぁ。…ねぇ、デューチェ。君はどうしたい?」
デューチェにとって、それは答えの決まっている問いだった。
「半神を…ころ…したい…です。」
「そうだね。そうこなくっちゃ。そのためには君の体をもう少しいじった方がいいな。半神の力で消滅させられても嫌だしね。」
ルーラルがぱちんと指を鳴らすと、デューチェの体と頭がくっついて、何事もなかったかのように元通りになった。
デューチェはゆっくりと立ち上がった。
首にはつい先ほどまで真っ二つに裂けていた痕跡すら残っていない。
ただ、皮膚の色だけが死人のように青白く、目の奥には濁った赤い光が揺れていた。
「ふぅん。やっぱり普通じゃないね、君。」
ルラールはつまらなさそうにそう呟くと、指先でデューチェの頬をぺちぺちと叩いた。
「痛覚は?」
「……あり、ます。」
「感情は?」
「……まだ……少し。」
「へぇ。」
ルラールは心底楽しそうに笑った。
「君、本当に出来がいいねぇ。」
普通、 “鬼者化”した時点で人格なんてほとんど崩壊する。
記憶は摩耗し、感情は抜け落ち、最後には命令に従うだけの肉塊になる。
でもデューチェは違った。
怒りを持っている。
憎悪を持っている。
もちろんそれは、「自我」ではなくて、彫り込まれたものではあるが、『意思のない殺人マシーン』よりかは遥かに有能だった。
だからこそ、ルラールは彼を気に入っていた。
「半神を殺したい、か。」
くすくすと笑いながら、ルラールは床に転がる内臓を靴先で避けた。
「普通なら笑い話にもならないんだけどねぇ。」
半神。
それは人間でありながら、人間の枠から外れた存在。
人ならざる者であればその存在について嫌というほど知っている。
真正面から勝てるような相手ではない、と。
「でも、君なら少しは期待できるかな。」
ルラールはしゃがみ込み、デューチェの胸に指を突き立てた。
ずぶり、と肉が沈む。
しかしデューチェは悲鳴一つ上げない。
「まずは核の位置を変えよう。心臓にあるままだと、さすがに対策されそうだし。」
ルラールの指先から黒い糸のようなものが伸びる。
それは生き物のように蠢きながら、デューチェの体内へと入り込んでいった。
「が……ぁ……ッ……!」
その瞬間、デューチェの全身が痙攣する。
骨が軋み、肉が裂け、何かが無理やり組み替えられていく音が辺りに響いた。
「いいねぇ、その顔。」
ルラールは恍惚とした表情で笑う。
「痛みがあるって素晴らしいよね。壊れてるって実感できる。」
デューチェの背中が盛り上がる。
次の瞬間、肉を突き破るように黒い棘が何本も飛び出した。
腕は異様に長く変形し、爪は剣のように鋭く伸びる。
もはや元の人間の姿などほとんど残っていない。
それでも。
「……ころ、す……。」
その言葉だけは消えなかった。
「うんうん。」
ルラールは満足そうに頷く。
「忘れちゃいけないよ。最後の最後まで何もせず油断させてから殺すんだ。『奥の手』というものは最後の最後で使うからその価値を発揮するんだよ。あー今からでも楽しみだなぁ」
そう言ってルーラルは立ち上がり、薄暗い洞窟の出口へ視線を向けた。
外では夜風が唸り、空気が一段と冷たくなった。
魔物が一匹吠えると、それに共鳴するかのようにたくさんの魔物の咆哮が飛び交った。
それは、もうすぐ何かが起こることを指し示しているようだった。
ルーラルは、赤く染まり始めた夜空を見上げながら、小さく笑った。
「さて――遊びの時間だ。」
そう呟いた瞬間、何事もなかったかのように、ルーラルの姿が消えたのだった。




