届いた凶報
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急ぎの用件につき、書面にて失礼する。
三日以内に、ハレール近郊において大規模なスタンピードが発生する可能性が高い。
現時点で明確な証拠は提示できないが、看過できる危険ではないと判断した。
万一発生した場合、周辺村落および街道地帯に甚大な被害が及ぶ恐れがある。
ついては、騎士および兵の派遣を要請したい。
特に対大型魔物と飛行系魔物の戦闘経験を持つ者を優先してもらえると助かる。
動員に伴う費用については、ハルシャ公爵家または国が負担する。
結果として杞憂で終わるなら、それに越したことはないが、備えず被害を出す事態は避けるべきだと考えている。
以上、本状の趣旨理解されたし。
カイ・ハルシャ
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「ふむ……これはどうしたものか……」
重厚な机に肘をつきながら、老人はゆっくりと手紙を置いた。
「どうされたのですか、旦那様。」
控えていた補佐官が静かに問いかける。
「さっきお前にもらった早便で届いた手紙なんだが、少々厄介でな。」
老人は眉間を揉みながら、深く息を吐いた。
「ああ、先ほどの。どなたからだったのですか?」
「ハルシャ家の公子だ。」
「ハルシャ家の公子というと、ルシアン様のことですか?」
「いや、フィオレーナ様のご子息の方だ。」
その言葉に、補佐官はわずかに目を見開いた。
「たしか、カイ様……でしたか。その方がなんと?」
「ハレールで三日以内にスタンピードが起こる可能性が高いから、腕利きの兵士を送ってくれと書かれてあった。」
そう言って老人は、手紙を補佐官に手渡した。
補佐官は素早く内容に目を通していく。
そして数秒後、困惑したように顔を上げた。
「……スタンピードですか。そのような兆候があれば、我々も気づくと思うのですが……」
「普通ならな。」
老人は椅子にもたれ、ゆっくりと天井を見上げた。
「だが、昔からハルシャ家の一族は変わった能力を持っていたからな。常人では知りえないことを知っていたとしてもおかしくはない。」
「……。」
「特にフィオレーナ様は別格だった。」
懐かしむように老人が目を細める。
彼女を敬わない貴族はいない。それぐらい、王国にとってフィオレーナは特別な人だったのである。
彼女の息子であれば、何か特別な力を持っていたとしても不思議ではない、老人がそう考えるのも不思議ではなかった。
「ただ、状況が状況だからな……。」
老人は窓の外へ視線を向けた。
「先月から赤目の魔物が領地周辺をうろちょろしているし、普通の魔物にいたっても強さがいつもとは違う。」
「騎士団からの報告でも、ゴブリンやウルフ系統の個体能力が上昇しているとありましたね。」
「ああ。Eランク相当だった魔物が、平然とDランク冒険者を負傷させている。」
異常だった。
一つ一つは小さな変化だ。
だが、それが各地で同時に起きている。
偶然で片づけるには、不気味すぎた。
「この状況下で他の領地に兵を送るのはな……。」
老人の言葉に、補佐官も難しい顔をする。
領地を守る兵を減らすということは、そのまま自領の防衛力低下を意味する。
もし本当に何か起きているなら、なおさら軽々しく戦力は動かせない。
しかし。
「ただ、緊急時に兵を送らないのは、公爵家に喧嘩を売るのと同じですよ。」
補佐官のその一言に、老人は苦々しく眉をひそめた。
「分かっている。」
ハルシャ家。
王家に次ぐ権勢を持つ、国内最大の公爵家。
その要請を無視するというのは、政治的に見ても極めて危険だ。
しかも今回は、 “国が費用を負担する”とまで書かれている。
つまりこれは、半ば王家の名を借りた要請でもある。
下手に断れば、後々面倒なことになるのは間違いなかった。
「私が直接ハレールへ行って公子に謝罪してこよう。」
老人はそう言って、ゆっくりと立ち上がった。
長年使い込まれた杖を手に取り、外套へ腕を通す。
「旦那様自らですか?」
「ああ。当主が謝罪したとなれば、そこまで角は立たないだろうからな。」
それに、と老人は小さく笑う。
「彼はフィオレーナ様のご子息。きっと慈悲深い方だろう。」
どこか希望を込めたようなその言葉に、補佐官は静かに頭を下げた。
「道中、お気をつけて。」
「ああ。」
そう言って老人は、頭を下げる補佐官の横を、杖をつきながらゆっくりと通り過ぎていったのだった。
♢
カイ視点
「大丈夫?アイリス?」
「…大丈夫に見えます?」
おそらく酔ったのであろう、顔を青くしながら口元を抑えているアイリスを横目に僕は周辺の様子を確認した。
ここまでは特に異常という異常はなかった。ただ、少しばかり魔物が強くなっている気がする。
例えるなら、Eランクの魔物がE+になったというぐらいだ。
といっても、低ランク冒険者にとっては致命的な変化だが。
「カイくん、何か分かり…うっ」
「アイリス、これ飲む?味は最悪だけど効果は保証するってユウリが言ってたから効くとは思うよ。」
「…ありがとうございます。」
意を決したように、アイリスは一口でポーションを飲んだ。
「…ほんと酷い味ですね。」
「なんの味だったの?」
「よくいって泥水ですね。少なくとも人間が飲んでいい味ではないです。」
そんなに酷かったんだ…でも、効果やっぱりあったみたい。もう顔色がよくなってきている。
「少しはましになった?」
「9割がた回復しましたね。」
「ならよかった。」
「今更なんですけど、私たちはどこに向かっているんですか?」
「南だよ。」
「いえ、それは知っています。ハレール近郊で平原といえば南しかありえませんから。私が知りたいのは大雑把な方角ではなく、目的地です。」
「目的地?そんなものはないよ。目的は向こうからやってくるから。」
僕はそう言って意味ありげに笑った。




