スタンピードの前兆
「神々の、箱庭…」
「かつては、この世界のことをそう呼んでいたと聞いたことがあります。」
世界を神々の箱庭と呼ぶなんて、あまりにも苛立たしいが、僕もその呼び方については神話で聞いたことがある。
「それよりアティナさん、いろいろと貴重なものを壊してしまって申し訳ない。」
「構いません。それがこの鏡の定められた運命ということですから。」
運命…か。どちらかというと、神にしくまれた必然に見えるが…
「それじゃあそろそろ本当に帰るとするよ。」
「承知しました。」
帰り際、僕はコウと話しながら歩いていると、ふと気になったことを聞いてみた。
「君のお母さんって君にとても似ていたね。」
「ほんまに?全然似てへんと思うけど。母さんの髪は茶色やし、目だってごく普通の琥珀色やで…」
「えっ…」
僕には黒髪に赤い瞳の女性に見えた。さすがに見間違いというわけではないだろう。
僕だけ見えている景色が違うのはなぜなんだ?
「カイ、どうしたん?」
「え、ああ…なんでもないよ。」
そのときはそう言ってごまかしたが、奥歯になにかが引っかかったような気持ち悪さを覚えたのだった。
♢
数日後
「ねぇ、アイリス。僕らをいつまでとどめておくつもりなの?どうせ最初に言ってた三週間っていうのはなしになったんでしょう?」
「そうですね、最低三週間は引き留めてほしいと陛下に言われたので、その期間は是が非でもここにいてもらいますが、調査次第ではもう少し長くハレールに留まってもらうかもしれません。」
「えーもう少し早くならない?」
「期間中はどこに行くにも陛下が派遣した護衛がつきまとってカイくんを見張っていますから、交渉するなら陛下かその護衛の方がいいと思いますよ。」
そう言ってアイリスは優雅に紅茶を飲んだ。
「それはそうだけど、陛下に会うために王都に戻ったら、今度は王都で監禁されるのがおちだと思うよ。」
「いえ、たぶん王都ではなく途中の街で拉致されて監禁コースですね。」
「だよね…どちらにせよ打つ手なしか…」
そう言ってコップを手に持った時、グラっと視界が揺らいだ。
「これは、予知するときの前触れか…久しぶりだな。」
そう呟く僕の体は炎の中にいた。
「なんだこれ…火事?」
幽霊のように地面に足をつけずとも、移動できるため、僕はふわりと上へと飛んだ。
「ここはフローレス家の屋敷…なんでここまで燃えてるんだろう…」
もう少し上までいくと、どうしてそうなったのかがよくわかった。
街の外には大量の魔物がいて、城壁を壊そうとしていた。空からは飛行系の魔物が街の人を攻撃している。
「あの時のスタンピードとよく似てるな…」
ひとまず、その日がいつなのかを確認するために、エレンを探すことにした。
それはなぜか?
エレンは日にちによって腕輪を変えるからだ。0のときは白、1のときは黄色、2のときは赤色というように、0から9までの数字に違う色の腕輪をあてはめているらしい。ちなみに12日のときは、黄色と赤色の腕輪を一つずつつけている。
エレンいわく信仰のひとつらしい。ユウリは信仰していないそうだが…
そんなどうでもいいことは置いといて、僕は空中からエレンを探した。
こういうことが起こったとき、エレンならどこにいるだろうか。
前線か?でも、この大群の魔物たちを前に、前線で戦うのは無謀だからやめろと僕が止めに入るはず。それなら、民衆を守るために飛行系の魔物の討伐をしている…が一番ありそうだな。
街の中でもっとも人がいて魔物も群がってきそうな場所は避難所一択。ハレールの避難所はたしか…
神殿だ。
神殿前に降り立つと同時に地面が揺れた。
「カイ!どうする?ここで魔物を狩ってもジリ貧だぞ!!」
怒声が聞こえた方へ顔を向けると、そこには血にまみれたエレンたちの姿があった。
あの腕輪…三日後の21日をさしているのか?
日付確認し終えた直後、視界が揺れた。
「カイくん!!」
気づけば、僕は床に倒れていた。
アイリスが慌てた様子で僕の肩を支えている。
「大丈夫ですか!? 顔色が……」
「大丈夫…といっても信じてもらえないか。予知夢を見たんだ。どうやら三日後に大規模なスタンピードが起こるらしい。」
「ここでですか?!」
「うん。至急、紙とペンを持ってきてくれない?周辺の領主に兵の派遣を申し出るから。」
「分かりました。カイくんはここで待っていてください!」
パタンと扉が勢いよく閉められ、僕一人だけだというのに、部屋の中は重苦しい空気が流れた。
「帝国にも知らせておいた方がいいかもしれないな…」
ぽつりとつぶやいた言葉は誰に聞かれるわけもなく消えていく。
窓の外から聞こえてきた子どもも甲高い声が不思議と耳に残り、僕の心をざわつかせた。
この声を守りたい。
そう思った自分自身に、僕は少しばかり驚いたのだった。




