第39話 聖女、孤児院に行く。(下)
「あんまり言ってないんだけどね? 実はね、わたしも君と同じで孤児院の出身なんだ」
わたしは『君と同じ』の部分に強くアクセントを入れて言った。
すると――、
「はぁっ? ボクとあんたが同じだって? なに見え透いた嘘ついてんだよ? 子供だからって馬鹿にしてるのか。これだから王侯貴族はイヤなんだ」
少年は本から顔をあげてキッと睨みつけてきた。
ふふん。
案の定、喰いついてきたね。
だって君は、わたしと同じって言われるのは絶対にイヤだもんね。
金持ちや王侯貴族と同じだなんて、絶対に言われたくないもんね。
バカにすんなって思うよね。
よーく分かるよその気持ち。
だってわたしも昔そうだったから。
「良かった、君がお話してくれて」
「チッ――」
ちなみにこれは相手が一番イラっとすることをわざと言って、怒らせて口を開かせるっていう高度な会話テクニックなのだ。
わたしが孤児院で小さな子供たちのお世話をする時に編み出した必殺技だった。
これでたいていの子は口を開いてくれるんだよね。
えへん、すごいでしょ。
特に男の子にはよく効くんだから。
「それにわたしは嘘なんかついてないよ。わたしは捨て子だったから、生まれてから12歳になるまでずっと孤児院で育てられたの。ブリスタニア王国の隣のシェンロン王国にある小さな孤児院だった」
「え? マジで? 聖女さまが孤児院にいたの?」
少年が大いに興味を持った顔を見せた。
よーし、ここで一気にたたみかけるぞ!
「マジだよ、マジマジ! わたしが小さい時はほんと貧乏でね。毎日毎日お腹を空かせてたの。ひどい時なんて朝昼晩、3食全部ふかし芋ってことが1週間も続いたりしたんだから」
「ええっ、さすがにそれは嘘だぁ……」
「ふふん、それが嘘じゃないんだなぁ。だからほら、今でも体は小さいし胸なんて男の子みたいにペタンコでしょ?」
わたしはここで必殺の自虐ネタを披露した。
どうだと見せつけんばかりに胸を張って言ってみせた。
「うん、たしかに男の子みたいにペタンコだ。聖女さまの言ってることはほんとなんだね」
納得するんかーい!
ものの見事に納得しちゃうんかーい!
いやいいんだけどね、うん。
ね、ほら、説得力あったでしょ、これ……。
自分で言ってて悲しくて涙が出そうになるほどに、本当に必殺すぎたよ……ぐすん。
わたしは心の中でそっと涙した。
「まぁそれでね。話は戻るんだけど。当時腹ペコだったわたしは毎日のように世の中を恨んでたの。貴族やお金持ちを見るたびにイライラしてた。ちょうど今のあなたみたいにね」
「ぁ――」
「話しててすぐに分かったよ。君はきっとすごく頭がいい。だから他の子たちよりもずっと世の中の仕組みが見えちゃってるんだ。世の中の格差ってやつが見えちゃってるんだよね」
わたしは優しく語りかける。
「うん……」
「世の中を恨むな、とはわたしも言えないかな。だってわたしも君と同じように世の中を恨んでたから。でも恨んでるだけじゃダメだよって、今のわたしはそう思うんだ」
「クレア様……」
「ライオネルみたいにちゃんと君のことを見て助けてくれる人がいるんだから、そういう人たちのことを君もちゃんと見てくれたらいいなってわたしは思う」
「……」
「まぁその、わたしみたいなアホがなに言ってんだって思うかもなんだけど。説明もヘタっぴだしさ。って自分で言うのもなんなんだけど……」
ううっ、わたしってほんといろいろグダグダでダメだなぁ。
「ううん、そんなことない……あの! 聖女さまのこと、何も知らずにナマイキ言ってごめんなさいでした!」
だけどこの子にはちゃーんと伝わったみたいだった。
「えらいね、ちゃんと謝れて」
私はそう言うと、そっと優しく頭をなでてあげる。
すると少年はくすぐったそうに目を細めた。
しばらく撫でてあげてからわたしは立ちあがった。
そろそろライオネルと合流して帰らないといけない時間だから。
「あの! クレア様!」
「なーに?」
「また、来てくれますか――?」
「もちろん、また見に来るよ」
私の答えに少年の顔が嬉しそうにほころんだ。
「クレア様に約束します! ボクは変わります、変わってみせます。そしていつかクレア様のように、誰かが前を向けるような、誰かの役に立つような仕事をします! だからどうか見ていてください!」
「うん、楽しみにしてるね」
こうして。
孤児院での視察は実に有意義に終了したのだった。
――後に。
この少年は特一級の奨学金を得て王都ブリストで1番の名門大学に進学し、極めて優秀な成績で卒業する。
成人した後はライオネルとクレアに仕え、その右腕として国の発展に大きく貢献することになるのだが。
それはまた別の話である――。




