第五章
「こちらキリハ。大尉、そちらの状況は?」
「こちらネリーナ。今探しとるけど、少し時間がかかるみたいや。もう少し耐えられるか?」
「あたしの方は大丈夫です。アスタは?」
「私も、なんとか」
キリハとアスタの回答を聞いたネリーナは、不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「了解。こっちもすぐに終わらせるから、頼んだで」
ネリーナは通信を切り、自分の任務に専念した。
彼女達は現在、ドイツのベルリンにある、連邦軍研究施設を攻略している。この作戦が実行に移されたのは、東南アジア基地に残されていた記録を解析した結果だった。
『ベルリンの研究施設で、人体実験が行われている』――。
そのような記述があったのだ。
どんな実験かは知らないが、人体実験を見過ごすわけにはいかない。マリーはそう思い、今回の作戦を上層部に進言した。
この作戦は承認され、現在、キリハ達が戦闘しているのだ。
今回の作戦は、キリハとアスタ、そしてキュリオテテスで防衛部隊を牽制し、その間にネリーナのサリエルで敵の戦闘指揮所、いわゆる『CIC』を破壊するというものだった。
「アスタ、そっちの方は?」
「まだ余裕はあるわ。……ん?」
アスタは、何かを発見した。
「どうしたの?」
「子供……子供が、歩いてる?」
そこには、幼い女の子が歩いていた。逃げ遅れたのだろうか?
「あ、危ない!」
その時、敵の放った流れ弾が、女の子に向かって突き進んできた。
しかし、これを見たアスタが素早く反応。盾で流れ弾を防いだ。
「大丈夫? ここは危ないから、早く逃げて!」
アスタはそうスピーカーで呼びかけた。女の子は、降臨した天使を見るような目で見上げた後、建物の陰へと消えていった。
ちょうどその頃、この戦闘も決着がつきそうになっていた。
「マリー、こちらネリーナ。敵CICを発見、及び破壊に成功したで」
〈ありがとう、ネリーナ。オペレーター、全チャンネル、及びスピーカーオープン。降伏勧告を流します〉
マリーが降伏を促すと、研究所側はこれを受諾。ベルリン研究所は、アンゲルスによって接収された。
「どう、解読できそう?」
研究所接収後、マリーは施設にあったデータを解読しようと、電子系技官を集めて試みようとしていた。
「八割方は何とかなりそうですが、肝心の部分はちょっと……」
どうやら、重要なデータを開けるには、まだまだ時間がかかりそうだった。
「失礼します」
マリーと技官が話している最中、アスタが入室してきた。
「アスタ、どうしたの?」
「はい、実は相談が……」
複雑そうな表情で、そう言った。
「相談?」
「はい。この子の事なんですけど……」
アスタは、自分の後ろに張り付いていた女の子を紹介した。戦闘中、アスタが助けた子だ。
「名前はスザンナ・ルアルディ。この研究所の被験者らしく、身寄りもないらしいのですが……どうしましょう?」
「…………」
アスタとマリーの会話中、スザンナはずっとアスタにへばりついたままだった。どうやら、極度の人見知りの様だ。
「どうしましょうって言われても……、とりあえず、調べてみて」
マリーは技官に指示し、スザンナの情報を調べさせた。
「出たわね。……なるほど、確かに身寄りはないわね。でも、参加していた研究内容については、ブラックボックスになってて不明、か……」
マリーは、正直悩んだ。受けた研究によっては、自軍に害をなすかもしれない。かといって、地上における共和国の勢力域には孤児院なんてないし、連邦領に送り届けるのも難しい。
いろいろ考えた末、結論が出た。
「アスタ……、その子、あなたになついてるようだけど、本当なの?」
「たぶん、そうだと思います」
「なら、あなたが責任を持って面倒を見なさい」
「わかりました。……行こう、スザンナ」
そして、二人は手をつなぎ、自分の部屋へと戻っていった。
その頃、ハワイの真珠湾基地で、ラナが報告を聞いていた。
「ふうん……、ベルリンの研究所が落とされたか」
「はい、そうです」
ラナの口元に、怪しさ漂う笑みが作られると、ラナはさらに、部下に確認を取った。
「そういえば、『ヴォラク』の輸送は?」
「手はず通り、すでにこちらへの搬入が完了しています」
それを聞くと、ラナは次の指示を与えた。
「おそらく、あの研究施設防衛のため、守備隊が共和国からやってくるはずよ」
「それを叩くのですね?」
しかし、ラナは指を横に振り、否定した。
「逆よ。無事に降下させてあげるの」
その指示を聞いた部下は、度肝を抜かれて言葉が出なくなった。
「驚くのも無理はないわ。でも大丈夫。あの人達には、あの子を送り届けてもらう必要があるの。そのためには、研究所を留守にしても心配がないようにしてあげなくちゃ」
――数日後――
「……やるわね、スザンナ」
「お姉ちゃんこそ」
アスタとスザンナの二人は、アスタの部屋でゲームに興じていた。この数日で二人は、まるで姉妹のような仲の良さになっていた。
「入るよー」
そこへ、キリハが部屋に入ってきた。
「キリハ……」
「ふーん。お二人とも、仲が大変よろしいようで」
皮肉交じりに、キリハが言った。そのニュアンスを察したのか、スザンナはアスタにしがみつき、敵意をむき出しにしたような目で言い放った。
「お姉ちゃんは、あたしのだから。絶対に渡さないよ」
「あー、はいはい」
キリハが軽くあしらったところで、アスタは尋ねた。
「そういえばキリハ、どうして私の部屋に来たの?」
「いや、アスタ、どうしてるかなと思って。でも、今日は心配ないみたいね」
「ふーん……?」
この時、キリハはなんとなくアスタの事が心配だった。アスタをスザンナに取られて嫉妬している訳ではないが、なんとなくあの子が何かしでかすんじゃないかと思っていた。根拠はないけど。
「じゃ、あたし、戻るね」
「……うん」
キリハが部屋を出ると、ネリーナと鉢合わせした。
「あ……大尉」
「キリハか。ちょうどよかった。あんたを探しとったんや」
「あたしを……?」
「まあな。ちょっとこっち来てくれんか?」
キリハが連れてこられたのは、マリーの部屋だった。
「連れてきたで、マリー」
「ありがとう」
コホンと咳払いをすると、マリーは説明を始めた。
「実は、我々の部隊は現在、情報漏洩させられているわ」
「え……?」
キリハの目は点になったが、マリーは構わず続けた。
「漏洩しているのは、アンゲルスのPP、つまりハニエル、カマエル、サリエルの三機の情報よ」
話の続きを、ネリーナが継いだ。
「この情報漏洩で不思議なんは、妙な電波がこの施設に浴びせられとることなんや」
「妙な、電波……?」
「そうや。しかもその電波、情報を盗み取る性質はないみたいなんや。一体何の目的で浴びせてるんだか……」
続いてマリーが話した。
「この怪電波の発信源は、すでに判明しているわ。ハワイ・真珠湾基地よ」
「そこに、何があるんですか?」
キリハは尋ねた。
「さあ、行ってみないとわからないわ。ただ、もうすぐ宇宙から守備隊が到着する。守備隊が到着し、施設の防衛機能が働くようになった時点で作戦を開始するわよ」
「あ、あの……アスタには、このこと伝えなくていいんですか?」
キリハの疑問も当然だ。こんな大事なこと、アスタにも知らせておくべきだろう。
だが、マリーからの返答は意外なものだった。
「あの子には、基地攻略とだけ伝えるわ」
「ど、どうして……」
「考えたくはないけど、もしかしたら、ね……」
「はぁ……」
アスタは、キュリオテテスの格納庫でたそがれていた。そこへ、キリハがやってきた。
「またあの子の事、考えてるの?」
「うん……」
現在、キュリオテテスにスザンナは乗艦していない。当然のことながら、これから戦闘に行く艦に子供を乗せるわけにはいかないからだ。
出撃する時、スザンナは置いていかれるのが嫌で大泣きした。そんなスザンナに、アスタは頭をなでながらこう言った。
「必ず帰ってくるから。お利口さんにして待ってて」
と。
そう言われたスザンナは、一発でおとなしくなり、アスタの帰りを信じたのだった。
一方のアスタは、日に日に心配が増していった。なにせ、本当の妹の様に可愛がってきた子だ。自分が遠くに行って離れてしまえば、その子の事をついつい考えてしまうのは必然だろう。
その頃、キュリオテテスのブリッジでは、攻撃目標が近付いていたため、緊張感が増していた。
「間もなく到着ね……。警戒を怠らないで」
マリーの飛ばす檄にも、気合が入る。と、その時。
「艦長! 攻撃目標方面より、何かが近づいています!」
「解析急いで。同時に迎撃準備!」
「解析、終わりました! 生命反応は無し。RPエンジン反応、有り!」
マリーは困惑した。生命反応が無いということは、自動操縦であるということ。だがRPエンジンの反応があるというのは、エース機であることの証明だ。
エース機はきちんとパイロットを乗せた方がメリットが大きい。だが、今飛んできているのは、パイロットのいない自動操縦。機体のいい点を殺してしまっている。ハッキリ言って、敵の意図がわからない。
「とにかく、迎撃して。近距離用機関砲、起動!」
しかしここで、さらなる展開が待っていた。
「攻撃目標より、例の怪電波が本艦へ送信されています!」
「なんですって……?」
「所属不明機、なおも接近! ……艦左舷の底部に貼り付かれました!」
「くっ……次から次へと……」
同じ頃、格納庫でも動きがあった。なんと、誰もいないはずの機材倉庫から、誰かが飛び出してきたのだ。
「ん……? あれは……」
キリハが人影に気づき、その後に続いてアスタも確認した。だが、それを確認したアスタの顔色が、徐々に青ざめていった。
「まさか……スザンナ?」
一瞬、何かの見間違えとさえ思った。でも違う。間違いなくスザンナだ。
だが、彼女の眼は、いつものような輝きはなく、死んでいるような目だった。
アスタがスザンナを追いかけようとしたその時、スザンナは緊急脱出扉を開けた。その扉は、艦が撃墜されそうな時に、パラシュートを装備して脱出するための物だ。つまり、今そこを開ければ、その先は大空。何の装備もなしで飛び下りれば、地上まで真っ逆さまだ。
ところが、スザンナは何の躊躇なく飛び降りた。
「スザンナ……!」
その光景を見たアスタは、緊急脱出扉に駆けより、下をのぞいた。
「なに、これ……?」
そこにあったのは、見たこともないPPだった。スザンナはその上に着地しており、軽い身のこなしでコクピットに滑り込み、そのまま飛び去ってしまった。
その直後、艦内放送が流れた。
〈攻撃目標より、空戦用ゲレーロ多数とバアルを確認した。パイロットは出撃せよ。繰り返す、パイロットは出撃せよ〉
バアルの名を聞いたキリハの表情が変わった。
「バアル……。ってことは、アズマ大佐もいるのか……。アスタ、早く。出撃だよ」
「う、うん……」
出撃準備中、アスタは思った。
(スザンナ……。一体、何があったの……?)
〈みんな、展開したわね? これから向かってくる敵を叩きつつ、真珠湾の制圧をするわよ。各員、戦闘開始!〉
マリーの号令中、キリハはアスタの様子がいつもと違うことに気付いた。
「アスタ……大丈夫?」
「う、うん……まあ……」
――返事があいまいだ……。やっぱり、スザンナの事――。
「無駄話してる場合とちゃうで! すぐ戦闘開始や!」
「は、はい! それじゃ……」
ネリーナに尻を叩かれ、キリハはビームピストルにガトリングバレルを装着し、発砲した。放たれた無数のビームの弾は、次々と敵のゲレーロに命中した。
「よし、進路は開かれた。行くで、アスタ!」
「りょ、了解……」
続いてアスタとネリーナが、敵の中に突入していった。その時。
「高速移動体が接近中? 避けろ、アスタ!」
「え? きゃあっ!」
突如、何かがアスタ達に向かって突進してきた。幸い二人はかわすことができたが、アスタは信じられない物を目にしていた。
「あ……あれは……」
「アスタ、どうしたの?」
後から追い付いてきたキリハも、その光景が目に焼き付いた。
「あのPP……さっきの……」
そのPPは、両腕が龍の首の様になっていた。しかし、彼女達が驚いているのは、そのPPの異様な姿にではない。
――さっきスザンナが飛び乗ったPPだからだ――。
「喜んでいただけたかしら? あたしからのサプライズプレゼントは」
そこへ、ラナ・アズマの乗るバアルが姿を現し、キリハ達に話しかけた。
「サプライズプレゼント? どういうことか説明しなさい、ラナ・アズマ!」
吠えるように、キリハが問いただした。
「そうさせていただくわ。まず、あなた達が保護したスザンナ・ルアルディ……。彼女は、私達が研究し、作りだした強化人間、『フォルタレヒメント・ウマーノ』よ」
「え……?」
アスタは絶句した。その一方、ラナは説明を続けた。
「フォルタレヒメント・ウマーノは、投薬による肉体強化と暗示で強化しているの」
「あんたらは!」
キリハは激怒した。人間を改造するという非人道的な行為は、絶対に許せなかったのだ。
しかし、ラナはあざ笑うかのように続けた。
「あなたに糾弾される権利はないと思うけど?」
「どういう意味よ!」
「まあいいわ。ところで、フォルタレヒメント・ウマーノには、一つ特徴があるの。ある電波に反応して、命令を遂行するという性質が」
この言葉に、ネリーナはピンときた。
「そうやったんか……。この前からウチらに浴びせよった電波、スザンナを操るためやったんか。っちゅーことは、施設の情報を送りこんだんも、うちらのPPのデータ盗んだんも、キュリオテテスに潜ませたんも、あんたの仕業やな?」
「そうよ。ただ、本来は施設にひそませ続けるはずだったんだけどね。どこかの女になついてくれて、結構やりやすかったわよ」
「くっ……」
アスタは悔しさで歯をかみしめた。あいつらは、最初から自分とスザンナを利用していたのだ!
「まあ、説明はこれくらいかしら。それでは、じっくり楽しみましょ? このあたしと、スザンナの乗るフォルタレヒメント・ウマーノ専用機『ヴォラク』で!」
そして、ラナはスザンナにやさしく、そして恐ろしく声をかけた。
「ねぇスザンナ。あの人たち、あなたを捕まえようとしてるみたい。捕まっちゃったら、恐ろしい拷問にかけられて、痛くて、苦しい思いをして、最後に死んじゃうのよ?」
「痛いのいやだ……苦しいのいやだ……死ぬのいやだ……」
「そうよね。だったら、何をすればいいか……わかるかな?」
「戦う……。それで……あたしの前から消えて!」
恐怖に襲われたスザンナは、龍の頭のような腕から、無数のレーザービームを打ち出した。
「ちょっと、これは……」
「あ……ああ……」
「何ぼさっとしとんねん! 早よ避けんかい!」
ネリーナの叱責のおかげで、三人はなんとか難を逃れた。が、次の瞬間。
「それだけで終わりだと思って?」
突然、横からラナのバアルが、胸部拡散ビーム砲・アラーニャを打ち出した。
「くっ……」
キリハ達は、とりあえず回避できた。しかし、非常にまずいことが起こってしまった。
「あかん、分断されとる!」
そう、さっきの攻撃でアスタが分断され、スザンナのヴォラクと一対一で対峙してしまっていたのだ。
「あんな化けもんと一人で戦うなんて……」
「他人の心配より、自分の心配をした方がいいんじゃない?」
すると、ラナはビームライフルを乱射しながら、ネリーナに向かってきた。
「ええい……」
ネリーナは攻撃を避けつつ、距離を取る。
「大尉、お手伝いします」
そこへ、密かに距離を取っていたキリハのハニエルが、ビームスナイパーライフルで狙撃する。
「いい戦法だけど、詰めが甘いわね」
しかし、ラナはキリハの狙撃をことごとく回避してしまう。
「さて……、出来の悪い妹には、少し教育が必要ね」
そう言うと、ラナはアラーニャで反撃した。
「きゃっ!」
ハニエルはビームスナイパーライフルを使用していたので、回避運動はAIが行った。だが、AIではラナの攻撃を回避しきれず、何ヶ所か装甲の表面が溶けてしまった。
「さっきから妹、妹って、あんた、あたしの何なのよ!」
そう叫びながら、キリハはビームガトリングガンで弾幕をまき散らし、突撃した。
「やみくもに撃ったって、無駄なのに」
ラナは、まるで遊んでいるかのように避け続け、ビームライフルで反撃した。
激しい銃撃戦の中、ネリーナは密かにラナの背後へ回っていた。
「敵に簡単に背後を取らせるなんて、あんたもまだまだやな」
「……!」
その直後、ネリーナはカマエルの手首に格納してあるオークルタール・ブレードを突きだした。しかし、間一髪のところで避けられてしまう。
だが、それで黙っているネリーナではない。一発目の攻撃が失敗するや否や、両つま先のオークルタール・ブレードを射出し、蹴りを二発お見舞いしたのだ。
ラナは避けようとしたが、反応が間に合わず、かすり傷を負ってしまった。
「なかなかやるわね……。面白くなってきたじゃない!」
「こっち来ないで……こっち来ないでぇっ!」
錯乱状態のスザンナは、アスタに向けてレーザービームを乱射した。
「もうやめて! 目を覚まして!」
アスタは必死に呼びかけながら、レーザービームを避けた。そして、動きを止めようと二連装ビームガンを連射する。
が、スザンナの乗るヴォラクは、尋常ではないスピードで攻撃を回避した。
「あんなスピード……死んじゃうじゃない……」
アスタの指摘通り、ヴォラクの動きは素早く、機敏すぎる。当然、パイロットに相当の負荷がかかり、常人なら死んでしまうだろう。
だが、スザンナは投薬で肉体強化を受けている。だからこそ、あのようなパイロットを危険にさらす運動性を実現できたのだろう。
「早く消えてよ、怖いやつっ!」
スザンナは回避運動の勢いのまま、アスタのカマエルへ突っ込み、伸縮自在の腕を鞭のように扱い、打撃を与えた。
「うっ……」
アスタは盾を構えて防御の姿勢を取ったが、ヴォラクの圧倒的なパワーの前に吹っ飛ばされてしまった。
「これで……」
スザンナは、ヴォラクの高い敏捷性を生かし、先回りをした。そして左腕でカマエルを撒きつけて拘束し、右腕の龍の口から光の牙、ビームファングを発生させると、カマエルの頭部にかみついた。
「やめて! もうやめてよ!」
アスタの必死な叫びも、今のスザンナには届かない。こうしている間にも、機体は破壊され続けている。
すると、アスタはひらめいた。今のスザンナの状態は、ラナに恐怖をあおられたからだ。だとすれば……。
「スザンナ、何がそんなに怖いの? 私と一緒なら、怖いものなんてないじゃない」
「え……?」
一瞬、ヴォラクの拘束が緩んだ。
「大丈夫。何があっても、お姉ちゃんがスザンナを守るから」
「おねえ……ちゃん……」
「だから、そんなのに乗ってないで、一緒に帰ろう?」
「お姉ちゃん! うん!」
スザンナに恐怖は消えた。アスタのカマエルの拘束を解き、キリハ達と合流しようとした瞬間。
「まさか、フォルタレヒメント・ウマーノの精神制御を解くとはね……。なら、実力行使で!」
キリハ達と戦闘中だったラナのバアルが、突然アスタ達の方を向き、胸部拡散ビーム砲・アラーニャを収束モードで撃ったのだ!
「! ……だめぇっ!」
ラナの砲撃に気付いたスザンナが、アスタの前に躍り出た。そして、収束モードのアラーニャをまともに受け、煙を上げながら眼下の海へ落ちていった。
「スザンナ!」
アスタはあわててスザンナのヴォラクを追った。
「ラナ! あんたって人は!」
ラナはスザンナ達を砲撃するため、キリハ達に背を向けていた。その隙を突かれ、キリハのビームランチャーを至近距離で撃たれてしまい、バアルの頭部を破壊された。
「まずいわね……。フォルタレヒメント・ウマーノを失い、あたし自身も傷つけられるなんて……。この辺が潮時のようね」
ラナは残存部隊をまとめ上げると、グアムの方へ撤退していった。
「スザンナ……、スザンナ!」
アスタは、ヴォラクの隣にカマエルを着水させると、コクピットを出て、ヴォラクに飛び移った。そしてヴォラクの外部にあるスイッチを押し、コクピットハッチを開いた。
「スザンナ! しっかりして!」
中にいたのは、血まみれになったスザンナだった。
アスタはスザンナを抱きかかえると、すぐにヴォラクのコクピットを出て、カマエルに移動しようとした。その途中のことだった。
「お……ねえ……ちゃん……」
スザンナは目を半開きにして、アスタに呼びかけたのだ。
「スザンナ! あなた、話せるの?」
だがスザンナは、自分の最期を悟ったような言葉を発した。
「おねえちゃん……大好きだよ……いつまでも……」
そう言うと、スザンナは最後の力を振り絞り、アスタと口づけを交わした。
そして、スザンナは永遠の眠りについてしまった。
「スザンナ……スザンナああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
アスタは、号泣した。今まで妹のように可愛がってきた人が、いきなり亡くなってしまったのだから。
アスタは泣きながら、スザンナの亡骸と共にキュリオテテスへ連れ帰ろうとした。だがコクピットに乗る直前、ある可能性に気づいてしまった。
――スザンナは、地球で研究されていたフォルタレヒメント・ウマーノだ。このまま連れて帰れば、共和国に実験材料としてもてあそばれてしまう。だったら――。
「スザンナ……、戦争と関係のない世界で……安らかに……眠って……。それが……お姉ちゃんとしての……最後の……望みだから……」
そうして、アスタはスザンナを、海の底へと沈めたのだった。
「う……う……」
戦闘後、アスタはキュリオテテスの格納庫で泣いていた。スザンナを水葬したとはいえ、心の傷は、そうそう癒える物ではない。
「アスタ……」
そこへ、キリハがやってきた。
「キリハ……、私……私……」
アスタはキリハに抱きつき、キリハの胸の中で泣き続けた。
「アスタ……、わかるよ、その気持ち」
キリハは東南アジアでの戦闘で、恩人とも言うべきアン・バルフェア大佐とアイラ・スオメラ中佐を自らの手にかけてしまった。それでも戦闘意思を失わなかったのは、アスタのおかげだ。
「アスタ……、あたしは一度、あんたに救われた。だから、今度はあたしから言うね。あの子みたいな人を生み出さない世界を作ろう」
「え……?」
「だって、スザンナは戦争のせいで薬を飲まされて、暗示をかけられて、そして戦争に殺された。あの子は戦争犠牲者だよ。だから、あたし達の手で戦争を終わらせよう。その方が、あの子もきっと喜ぶ」
「うん……」
そうして、二人はより強く抱きしめ合った。
「例の兵器開発は順調?」
グアムの連邦軍基地に到達したラナが、基地司令に尋ねた。
「呉からの報告では、プロトタイプはすでに完成。後はバアルに装着するだけになっています」
「あら、いい流れね」
ところが、ラナのほめ言葉にも関わらず、司令の顔色は優れない。
「ですが……少々まずい事態が……」
「まずい事態?」
「ええ。実は、アムブリエルが二機とも行方不明に……」
「行方不明? 確か、その二機は残りの一機と一緒に、シドニー基地で建造されていたわよね?」
「はい。それが忽然と消えたらしく……。シドニー基地からは全力で行方を追っていると……」
「くっ!」
まさか、こんなところで予想外の事態が起こるとは――。
ラナはしばらく考えた後、自らを落ちつかせるように言い放った。
「まあ、いいわ。その二機はあたしが乗るやつじゃないし。最悪、あたし一人で何とかして見せるわ。司令、バアルの修理が済み次第、あたしは予定通り呉へ向かうわよ」




