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4月 ラブレター 7(終) 終わりと始まり



放課後。


伸二の下駄箱には、一通の手紙が入っていた。


今度は差出人の名前がちゃんと書かれている。



 ”水沢詩織”



それを見たコウは小さく息を吐いた。


ようやく終わる。


ラブレター騒動もこれで決着だ。


「コウ、俺ちょっと行ってくるわ」


伸二を送り出すコウ。


伸二の後ろ姿を見送りながら、コウは最初に視た未来を思い返した。




夕暮れの体育館裏。


頭を下げたまま動かない詩織。


挙動のおかしい伸二。




今なら分かる。


あれは告白ではない。


謝罪だ。


未来視が見せたのは恋の始まりではなく、事件の終わりだった。


残念だったな、伸二。



ーーーーーーーーーーーーーーー



体育館裏。


コウは離れた木陰から様子を見守っていた。


背後に気配を感じる。


振り向くと、いつの間にか美咲が立っていた。


「何しに来た」


「別にいいでしょ」


美咲は真剣な顔で前を見つめる。


「詩織ちゃんの恋の行方を見届けに来たの」


「恋?」


コウは眉をひそめた。


「伸二の失恋じゃないのか?」


美咲は答えなかった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



詩織が深く頭を下げる。


「ごめんなさい」


夕暮れの光が、詩織の横顔を赤く染めている。


「ラブレターを書いたのは私です」


伸二は黙って聞いていた。


「実は、私、文芸部で、


 その・・・ 小説を書いています」


「うん」


「その小説の主人公は、伸二くんをモデルにしていました」


「俺を?」


「はい。


 小説の中で、ヒロインが主人公にラブレターを書く場面があったんです。


 でも、どうしてもヒロインの気持ちがうまく書けなくて・・・」


詩織は指先を握りしめた。


「それで、登場人物の気持ちになれば何か分かるかもしれないと思って、


 実際のレターセットに書いてみました」


そして、深く頭を下げた。


「それを友達が本物のラブレターだと勘違いして、


 伸二くんの下駄箱に入れてしまったんです。本当にごめんなさい」


伸二は黙って聞いていた。


「・・・知ってるよ」


「・・・」


「君の友達が謝りに来た」


美雪のことだ。


伸二は苦笑した。


「事情も聞いた」


詩織は少しだけ安堵した。


けれど。


伸二の中では、まるで違う話になっていた。


美雪は言った。


あれは、本当は自分宛てではなかったと。


そして伸二は知っている。


水沢詩織が好きなのは黒田コウだ。


ならば答えは一つしかない。


(水沢・・・俺に気を遣ってるんだ)


(本当は俺じゃなくて、


 俺の隣の黒田へのラブレターだったなんて言ったら、俺が傷つくと思って・・・)


(だから『小説のために書いた』なんてことにして)


伸二は少し笑った。


「水沢は優しいんだな」


「え?」


「友達のこともかばってるし、俺が傷つかないように、そこまで考えてくれたんだろ?」


「ち、違います。そうじゃなくて、本当に小説のために・・・」


「大丈夫」


伸二は穏やかに笑った。


「俺、本当に気にしてないから」


「・・・えっと?」


詩織には、だんだん会話が噛み合っていないことだけが分かってきた。


そして伸二は、とどめを刺した。


「それに、君が本当に好きな人のことも知ってる」


「えっ?」


「本当にラブレターを届けたかった相手」


「え? え? え?」


伸二は爽やかに笑った。


「コウだろ?」


世界が止まった。


「え?」


詩織は固まった。


「コウはいい奴だよ。俺が保証する」


何を言っているのだろう。


どうして。


どうして黒田くんが出てくるの?


違う。


あれは黒田くんに書いたラブレターじゃない。


小説のために書いた。


物語の中のミサキが、物語の中のシンジに書いた手紙。


ただ、それだけ。


だから。


違う。


「コウは本当にいい奴だ」


伸二はまだ話している。


「頭もいいし、なんだかんだ優しいし」


違う。


「一条と付き合ってるって噂もあるけど、あれ違うから。だから心配しなくても・・・」


違う。


違う。


違う!


黒田くんじゃない。


私は黒田くんのことを、そんなふうに思ったことなんてない。


だから違う。


私の好きな人は・・・


そこで。


詩織の思考が止まった。


・・・好きな人?


私は。


誰かを好きなの?


そんなこと、考えたこともなかった。


自分には関係のない話だと思っていた。


恋愛なんて、小説の中にあれば十分だった。


だから今回だって。


ただ小説を書いていただけ。


主人公にラブレターをもらわせただけ。


なのに。


どうして。


黒田くんが好き?


どうして。


この人に。


長谷川伸二に。


そう思われることが、こんなにも嫌なのだろう。


「水沢?」


伸二が首を傾げる。


「・・・」


詩織は答えられない。


頭の中に浮かんできたのは、黒田コウではなかった。


一年前の教室。


配らなければならない大量のプリントを、一人で抱えていた自分。


『半分持つよ』


そう言って、頼んでもいないのに手を伸ばしてきた人。


図書委員の仕事が残っていた時も。


『まだ終わんないの? じゃあ手伝う』


面倒そうなことを言いながら、結局最後まで付き合ってくれた。


誰かが失敗すれば、自分がふざけて空気を変える。


誰かが困っていれば、さりげなく手を貸す。


誰にでも同じように優しい。


自分だけが特別だったわけではない。


だから。


あのラブレターに書いた。




 あなたは誠実な人。


 誰にでも分け隔てなく接してくれる。


 でも、他の誰かと私への接し方が平等で同じであればあるほど、


 寂しいと思う自分がいました。




「・・・あ」


詩織の唇から、小さな声が漏れた。


あれは。


創作だった。


物語のヒロインの気持ちを書いたつもりだった。


なのに。


あの言葉は。


どこから出てきたのだろう。


いつだって。


自分より他人を優先して。


誰かのために損な役回りを引き受けて。


周囲が気まずくならないように笑って。


誰にも気づかれないように助けて。


そんなこの人を、ずっと見ていた。


だから主人公にしたかった。


この人の優しさを書きたかった。


この人の良さを誰かに知ってほしかった。


いつも損ばかりしているこの人が、


せめて自分の物語の中では報われてほしかった。


幸せになってほしかった。


それは。


憧れていたから?


主人公にふさわしいと思ったから?


それだけ?


違う。


私は・・・




「私の好きな人はあなたです!」




言葉が飛び出した。


「え?」


伸二が固まる。


「・・・え?」


詩織も固まる。


誰より驚いていたのは。


その言葉を口にした、詩織自身だった。


「わ、私・・・」


心臓がうるさい。


でも。


不思議だった。


驚いているのに。


どこか納得している。


そうか。


私。


この人のこと。


好きだったんだ。


「今、なんて・・・?」


伸二が聞く。


詩織は真っ赤になりながら叫んだ。


「あの!」


「私、伸二くんのこと本当に素敵だと思ってます!」


そこから止まらなかった。


一年生の時のこと。


助けてくれたこと。


気遣いができること。


優しいこと。


誰にも見せない努力。


全部。


全部。


溢れ出してしまった。



「私、伸二くんのことが好きです」



今度は、はっきりと言えた。


「だから、その・・・もっと伸二くんのことを知りたいです」


「俺のことを?」


「はい。それに、もし迷惑でなければ・・・これからも小説の主人公のモデルになってください」


「え?」


伸二はぽかんとしている。


沈黙。


「えっと・・・ その・・・」


伸二が恐る恐る言う。


「俺のこと・・・ 好きってこと?」


詩織はもうこれ以上答えられなかった。


ただ、真っ赤になったまま、


笑顔で、


小さく頷いた。


それで十分だった。


伸二の手から手紙が落ちる。


「よっしゃあああああああああ!!」


体育館裏に歓声が響いた。


遠くから見ていたコウが眉をひそめる。


「な、なんだ?」


「なんで伸二は喜んでるんだ?」


「フラれて喜ぶなんて、とうとう頭がおかしくなったのか?」


隣の美咲は呆れたようにため息を吐いた。


「本当にバカね」


「は?」


「頭がオカシイのはアンタの方よ」


美咲は微笑む。


美咲には分かった。


詩織の中で。


眠っていた恋心が目を覚ました瞬間を。


「たった今」



「恋が始まったのよ」



コウは首を傾げる。


「は?」


遠くでは。


伸二が叫び、


詩織が真っ赤になっている。


告白ではないと思っていた。


未来視が見せたのは、謝罪の場面だと思っていた。


未来は、コウが視た通りにしかならない。


ただし。


視えた未来の意味まで、正しいとは限らなかった。


夕暮れの空の下。


一つの事件が終わり。


一つの恋が、始まった。





 4月編 終わり




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